採用内定についての法律問題

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

内定者はまだ入社していないので、「入社前であれば内定を取り消すことは自由だ」と誤った認識をされていらっしゃいませんか?
採用内定制度を設けている企業は多いと思いますが、その制度をきちんと理解できていない企業も少なくないと感じています。

本コラムでは、会社として採用内定者をどのように取り扱えばよいのかについて、考えられるリスクなどを踏まえながら解説していきたいと思います。

採用内定はどのような法的性質を持つのか?

採用内定は、入社前に出すものですが、法的には労働契約の一種と理解されています。
詳しくは以下のページをご覧ください。

採用内定は労働契約の成立と解されるのか?

会社が採用内定を出すと、会社と労働者の間には労働契約が成立します。
労働契約が成立していますので、当該労働者については、たとえ入社前であったとしても労働契約法、労働基準法その他関係法令の適用を受けるようになります。

採用内定は法的には「始期付解約権留保付労働契約」といいます。

内々定の場合は?

一方、内々定は、内定を出すことを約束又は告知するものにすぎませんので、法的な拘束力はありません。

内定と内々定、名称こそ似ていますが、その性質には大きな違いがあります。「内定しか出してないから採用も一方的に取り消せる」といったように、内定をあたかも内々定のような法的拘束力のないものであると誤解することもあり得ますので、両者を混同しないように注意しましょう。

以下のページでは、「内定」と「内々定」の違いについてより詳しく解説していますので、ぜひご一読ください。

「始期付解約権留保付労働契約」の考え方とは

「始期付」とは、始期が定められているという意味であり、“就労始期と解する場合”と“効力始期と解する場合”とがあります。つまり、「労働契約自体は成立しているがまだ労務提供を開始していない」という理解です。

「解約権留保付」とは、社員として本採用しない場合の労働契約の解約権を留保しているという意味です。これは、試用期間中の労働契約にも当てはまることです。つまり、本採用するか否かの決定を留保している労働契約には採用内定と試用期間の2つがあり、「労務提供開始前なら採用内定」、「労務提供開始後なら試用期間」という理解になります。

取消事由に該当する事実があれば内定取消は認められるか?

採用内定には労働契約法が適用されますので、取消事由に該当する事由があるというだけでは内定取消は認められません。
採用内定を取り消したい場合はどうすればよいかなど、以下のページを参考になさってください。

労働契約法における「解雇権濫用法理」の適用

労働契約法は、労働契約の終了に関して次のような規定を置いています。

(解雇)
第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

要するに、解雇は、客観的合理性及び社会的相当性を満たす場合でなければ無効になるということです。これを「解雇権濫用法理」といいます。
採用内定も労働契約ですので、解雇権濫用法理の規律が及びます。

詳しくは以下のページも併せてご覧ください。

内定取消が有効と認められる場合とは?

内定取消は、留保した解約権の行使を意味します。
その可否は、採用内定通知書や内定者が提出する誓約書に記載された取消事由を基準にすべきですが、いかなる取消事由でもよいというわけではありません。

最高裁は、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取(り)消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています(最高裁 昭和54年7月20日第二小法廷判決、大日本印刷事件)。

このような要件を満たす類型としては、以下のようなものが挙げられます。

  • ①内定者が卒業できなくなった場合
  • ②健康状態が悪化し入社日以降の就労が困難な場合
  • ③経歴詐称が発覚した場合
  • ④違法行為により逮捕・起訴された場合

不当な内定取消は損害賠償等の事由になり得る

不当な内定取消は解雇権濫用法理により無効です。
その場合、会社には安全配慮義務違反などを理由とした損害賠償責任が生じる可能性があります。

また、解雇の効力を持ちませんので、解雇された人は引き続き労働者としての地位を持ち続けることになります。そのため、会社としては、その人は解雇によって会社と無関係の第三者になったと認識していても、後で従業員の地位確認の訴えと併せて解雇期間中の賃金支払(バックペイ)の訴えを起こされるリスクがあります。

詳しくは以下のページにて詳細を解説していますので、併せてご一読ください。

内定取消時の解雇予告・解雇予告手当の必要性

解雇予告及び解雇予告手当ついて規定する労働契約法第20条の適用を受けるとすれば、内定者との間で労働契約が成立していることを意味します。

採用通知後に採用を取り消す場合の理解につき、厚生労働省は、次のような通達を出しています。

すなわち、採用通知が「労働契約締結についての承諾の意思表示」としてなされたものであれば、労働契約が成立していると理解し、労働契約法第20条の適用があり、他方、採用通知が「労働契約締結の予約」としてなされたものであれば労働契約は未だ成立していないと理解し、労働契約法第20条の適用はないというものです(昭和27年5月27日基監発15号)。

参考として以下のページもぜひお目通しください。

新卒者(新規学卒者)の内定取消に関する職業安定法上の規制

内定取消に関し、会社は、新卒者(新規学卒者)を雇い入れようとする場合において、次のような場合には、あらかじめハローワーク所長等の施設長にその旨通知しなければなりません(職安法施行規則35条2項)。

  • ①卒業後に労働させ賃金を支払うことを約束し、又は、その旨通知した後、内定期間中にこの約束又は通知を取り消し、又は、撤回するとき
  • ②内定期間を延長しようとするとき

また、ハローワークの所長は、①の通知の内容を厚生労働大臣に報告しなければならなりません(同条3項)。

内定期間中の内定者の義務について

内定期間中の法律関係は、始期付解約権留保付労働契約でありますが、就労始期なのか効力始期なのかによって内定者の義務も異なってきます。

入社前研修の実施は法律上問題ないか?

効力始期と解した場合、入社前は労働契約の効力が未だ発生していないことになりますので、社内研修を命じることはできません。

内定者に就業規則を適用できるか?

効力始期と解した場合、労働契約の効力は未だ発生していないので、労働者の地位にない内定者に対して就業規則を適用することはできません。他方、就労始期と解した場合、労働契約の効力は発生していますので、就業規則の適用が可能となります。

より詳しい解説は以下のページに譲りますので、ぜひご覧ください。

内定者からの内定辞退は法的に認められる?

会社は、内定者を強制的に就労させることはできません(労基法5条)。

また、期間の定めのない労働契約によって現実に就労している労働者であっても、2週間以上の予告期間を置けば自由に労働契約を解約することができます(民法627条1項)。

これらの規律を前提とすると、未だ労働提供をしていない内定者は、自由に採用内定を取り消すことができると考えられます。

なお、2週間の予告期間の趣旨は、突然労務提供がなくなることによる会社の不利益に配慮した点にありますので、労務提供のない内定者については2週間の予告期間を待たずして即時に解約できると考えられます。

参考として、詳しく解説している以下のページも併せてご覧ください。

内定辞退に対して損害賠償を請求できるか?

たしかに、会社は、その内定者の採用活動のために種々の費用を支出しており、内定辞退によりそれらの支出が無駄となってしまいます。
しかし、上記のような解釈を前提とすると、原則、内定を辞退した者に対して損害賠償請求することはできないでしょう。

もっとも、内定辞退の時期、理由いかんによっては解約権濫用として損害賠償請求ができる可能性もあります。

採用内定に関する裁判例

ここで、入社日前の研修への不参加を理由とする内定取消の効力が争われた裁判例をご紹介します。

事件の概要

会社と内定者との間で入社日前の研修への参加を一旦合意したものの、その後、学業への支障等を理由に参加しなかったことから内定を取り消されたという事案です。

裁判所の判断

上記事案に関し、裁判所は、以下のとおり判示し、研修の不参加を理由とする内定取消は違法と判断しました。

入社日前の研修等について同意しなかった内定者に対して、内定取消しはもちろん、不利益な取扱いをすることは許されず、また、一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当である。

引用元:東京地方裁判所 平成15年(ワ)第21892号 宣伝会議事件 平成17年1月28日

ポイント・解説

この裁判例は、入社日前である以上研修への参加を強制できないというのが大前提であり、一旦参加に同意したとしても合理的な理由で不参加を申し出た場合には免除すべき独自の義務を負うと判示しました。

信義則という法原理を用いてまで会社に免除させる義務を課したという点が非常に特徴的な裁判例といえます。

採用内定に関して不明点があれば、法律の専門家である弁護士にご相談ください

採用内定は、一般に労働契約を成立させる行為です。我が国の法律では、一度採用した労働者を辞めさせることは非常にハードルが高いです。そのため、内定取消なども見据えた運用を確保しておく必要性は高いと考えます。

採用内定についてお困りのことがあれば、労務に詳しい弁護士に相談しましょう。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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