HIV感染不告知を理由とする採用内定取消しの適法性と損害賠償請求(社会福祉法人北海道社会事業協会事件)~札幌地裁令和元年9月17日判決~ニューズレター 2021.3.vol.111

Ⅰ 事案の概要

本件は、HIVに感染している原告(以下「X」といいます。)が、北海道内で病院を経営する被告(以下「Y」といいます。)の求人に応募し、内定したものの、Yから内定を取り消されたことをめぐり、当該内定取消しが違法であり、Yが上記病院の保有していた Xに関する HIVに感染している等の記載がある医療情報を目的外使用したことがプライバシー侵害にあたるとして、損害賠償の支払いを求めた事案です。

前提事実は、以下のとおりです。

①平成22年6月、Xは、Yが経営する病院(以下「Y病院」といいます。)を受診し、HIV感染の事実を問診票に記載しました。
②平成29年12月、Xは、Y病院の求人に応募し、Y病院にて採用面接が行われました。その際、Xは、面接担当者から持病の有無を尋ねられたところ、HIV感染の事実を告げませんでした。
③平成29年12月30日付で、Y病院は、Xに対して、採用内定通知書を交付しました。その後、Y病院担当者は、Xの同意を得ることなく、前提事実①で記載した医療記録を確認しました。すると、Xが HIVに感染していることが判明しました。
④平成30年1月、Y病院担当者は、Xに対して、再度持病の有無を質問しました。しかし、Xは、HIVに感染している旨を否定しました。
そこで、Y病院担当者は、Xに対して、HIVに感染していないことを証明する資料の提出を求めました。
⑤平成30年1月24日、Xは、Y病院担当者に対して、主治医が作成した診断書(以下「本件診断書」といいます。)を提出しました。本件診断書には、HIV感染の記載のほかにも、抗ウイルス薬により免疫機能も良好に維持されており、就労に関して問題はなく、職場での他者への感染の心配はないとの記載がありました。
⑥平成30年2月5日、Y病院は、Xに対して、採用内定取消通知書を送付し、内定を取り消すとの意思表示をしました(以下「本件内定取消し」といいます。)。
なお、採用内定取消通知書には、面接時の健康状態、服用している薬の有無、病気に関する質問に対して正確な回答がなかったため、内定を取り消す旨の記載がありました。

Ⅱ 争点

1 本件内定取消しの適法性について
2 プライバシー侵害による不法行為の成否について

Ⅲ 判決のポイント

1 本件内定取消しの適法性について

(1) 被告の主張(本件内定取消しの理由)
ア 理由1
本件内定取消しの理由は、Xが HIVに感染していたからではなく、重要な事実を告知しなかったこと(以下「本件不告知」といいます。)から、信頼関係を築くことが困難であるため。
イ 理由2
患者との接触がある医療機関であり、職員が患者から暴力をうけることにより出血する可能性も稀ではなく、感染リスクを避けるための対策を講じなければならないため。

(2) 裁判所の判断
ア 理由1について
「HIV感染という情報が極めて秘密性が高くその取扱いに極めて慎重な配慮が必要であり、HIV感染それ自体によって仕事への適性が損なわれないことから、HIV感染者が感染自体によって不利益な処遇を受けることがあってはならない。」、これは「業務上 HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場においても妥当する。」。
また、「Xについても、抗ウイルス薬により、免疫機能も良好に維持されており、主治医も就労に問題なく、他者へ感染する心配はないとの所見を示している。」、「そうすると、Xが Y病院で稼働することにより他者へ HIVが感染する危険性は、無視できるほど小さいものである。」。
そこで、裁判所は、「XがYに対して、HIV感染の事実を告げる義務はない。」と判断しました。
イ 理由2
「医療機関が血液を介した感染予防対策をとるべき病原体は、HIVに限られないのであるから、Y病院においても HIVを含めた感染一般に対する対策を講じる必要があり、かつ、それで足りる。」。「HIV感染について他の感染症とは異なる特別な対応をすべきことが提唱されているわけではなく、そうすると、医療機関といえども、殊更従業員の HIV感染の有無を確認する必要はないばかりか、そのような確認を行うことは、特段の事情のない限り、許されないというべきである。」、「ましてや、Xは、社会福祉士として稼働することが予定されていたのであって、医師や看護師と比較すれば血液を介して他者に HIVが感染する危険性は圧倒的に低いと考えられるし、Xが患者等から暴力を受けたとしても、Xが大量出血しその血液が周囲の者の創傷等を通じて体内に偶然に入り込むなどといった極めて例外的な場合でもない限り、これが原因で他者に HIVが感染することは想定し難いというべきである。」と判断しました。
ウ 結論
裁判所は、「Xが本件不告知に及んだことは事実ではあるものの、これをもって、本件内定取消しについて、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合に当たるということはできず、本件内定取消しは、違法である。」と判断しました。

2 プライバシー侵害による不法行為の成否

(1) 被告の主張
Yは、Xの採用時検診を行う医師に提出するため、Xの医療記録を引き出したにすぎず、HIV感染を把握した以上、使用者として情報拡散防止策及び感染防止策を講じるために、Xに聴取して事実を確認する必要があったにすぎないと主張しました。
そのため、本件利用は、Xの医療情報をみだりに使用したものではないからプライバシー侵害行為には当たらず、逆に情報拡散防止策及び感染防止策を講じるための必要な行為であるから、不法行為は成立しないと主張しました。

(2) 裁判所の判断
「Y病院は、本来Xの診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていたXの医療情報について、その範囲を超えて採用活動に利用したものである。」、「本件利用については、Xの同意を得たものではないし、個人情報保護法16条3項各号所定の除外事由も認められない。」。また、「Yは、XがHIVに感染しているという情報拡散を防止し、感染防止策を講じる必要があったなどと主張するが、こうした主張に理由がないのは、前記1(2)イに述べたとおりである。」と判断しました。
そのため、裁判所は、「本件利用は、個人情報であるXの医療情報の目的外利用として個人情報保護法16条1項に違反する違法行為であるというべきであり、本件利用により本来Xの診察や治療に携わる者のみが知ることのできたXの医療情報が、採用担当者等にも正当な理由なく拡散されたのであるから、これによりXのプライバシーが侵害されたものであって、本件利用はXに対する不法行為を構成するというべきである。」と判断しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

一般的な採用は、①募集(申込みの誘因)→②応募(労働契約の申込み)→③採用内定(申込みに対する承諾)という手順を経ます。そのため、採用内定の法的性質は、始期付解約権留保付労働契約と解されています。このことから、採用内定取消しは、労働契約の解約としての解雇に該当します。従って、使用者からの理由なき一方的な採用内定取消しは認められず、採用内定取消しの適法性は、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できるかで判断します(最二小昭和54年7月20日)。労働者側の事情としては、就労に支障があるような健康状態の悪化や経歴詐称申告等があげられます。

厚生労働省は、公正な採用選考の基本を公表し、採用選考時に配慮されるべき事項において、合理的・客観的に必要性が認められない健康診断を掲げており、採用前の病歴などの把握には、合理的かつ客観的な必要性が要請されています。
本件において裁判所は、労働者にはそもそもHIV感染の事実を告げる義務はないと判断し、HIV感染事実の不告知を理由とする採用内定取消しに合理的理由はないとしました。他方、裁判所は、Xの健康状態や感染リスクの可能性も本判決の根拠にあげており、このことは健康状態確認の必要性を吟味したものと考えられます。仮に、症状(健康状態)と具体的な就労内容等から、就労に支障をきたすような事情が合理的に説明できる場合であれば、病歴の確認の必要性が肯定され、結論が異なる可能性がないわけではありません。なお、その場合においても、病歴は、個人情報保護法上は、要配慮個人情報に該当することから、利用目的を明示したうえで、本人の同意を得て取得しなければなりません。
 新型コロナウイルスが猛威を振るっている昨今、HIV感染者と同様に新型コロナウイルス感染者に対する社会的偏見が生じています。その際、新型コロナウイルスの感染を秘匿したことをもって内定取消しを行った場合、本判決と同様の判断がなされる可能性があります。採用担当者としては、感染の事実のみではなく、実際の症状(健康状態)や就労内容等に照らして、個別具体的な判断が要求されます。

執筆弁護士
検索ワードを入力してください

該当する記事116

労働法務記事検索

労働分野のコラム・ニューズレター・基礎知識について、こちらから検索することができます