退職金制度廃止にかかる従業員の同意及び就業規則変更の有効性が争われた事件(東神金商事件)~大阪地裁令和2年10月29日判決~ニューズレター 2022.3.vol.123

Ⅰ 事案の概要

1 本件は、土木建築資材の販売等を目的とするY社(以下、「被告」といいます。)の従業員であったX1及びX2(以下、2人を合わせて「原告ら」といいます。)が被告に対し、退職金の支払い等を求める事案です。

2 被告は、平成4年頃、就業規則を制定し、同年以降、同就業規則に基づいて、被告の従業員に対して退職金を支払っていました。なお、被告は、従業員に対する退職金の支払いのため、適格退職年金に加入し、従業員が退職する際には、同保険から退職一時金等の支給を受け、これを退職する従業員の退職金の支払いに充てていました。
原告X1は、平成12年7月頃、被告との間で労働契約を締結し、就業を開始しました。

3 平成13年頃、被告は、自社ビルを約3億円で購入したことについての負債が膨らんだこと等を理由に、退職金制度を廃止することとしました。被告は、原告X1を含む従業員に対し、退職金制度を廃止すること、退職金の支払いのための適格退職年金を解約し、解約返戻金を分配することを説明しました(以下、「本件説明」といいます。)。
被告は、原告X1を含む従業員との間で、退職金制度の廃止に同意する旨の書面を取り交わしていませんでした。原告X1を含む従業員は、本件説明に対し、特に異議を述べませんでした。
原告X2は、本件説明を行った後の平成16年9月頃、被告と労働契約を締結しました。

4 退職金廃止に関する本件説明後も、被告の就業規則は、平成13年頃から平成26年10月頃まで変更されていませんでした。同月頃、被告は、就業規則を変更し、退職金制度を廃止する旨の内容としました(以下、変更後の就業規則を「変更後就業規則」といいます。)。

5 原告X1は、平成30年2月28日に、原告X2は、平成30年4月20日に、それぞれ被告を退職しました。退職にあたり、原告らは、従前の就業規則に従い退職金が支払われるべきであるとして、被告に対して、退職金の支払いを請求しました。これに対して、被告は、平成13年頃に、従業員全員の同意を得て、退職金制度を廃止したこと等を理由に、原告らの請求を争いました。

6 裁判所は、平成13年頃に退職金制度を廃止することについて従業員全員の同意を得たとは認められない、平成26年10月頃の時点で退職金を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情は見当たらないこと等を理由に、被告は、原告らに対し、退職金制度を含む従前の就業規則に従い、退職金を支払うよう命じました。

Ⅱ 判決のポイント

1 退職金制度廃止についての同意の有効性

原告X1は、本件説明を受けた従業員であることから、退職金制度の廃止に同意をしたのではないかが争点となりました。

裁判所は、従業員に将来の退職金を失わせることの不利益が大きいことを理由に、退職金制度廃止についての同意の有効性を慎重に判断しなければならないとしました。

その上で、裁判所は、被告と従業員との間で退職金制度廃止に同意する旨の書面が交わされていないこと、自社ビルの購入により借金が膨らんだという理由に従業員が同意するとは考え難いこと等から、退職金制度の廃止が、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、従業員の同意があったとは言えないとしました。

2 退職金制度を廃止する就業規則変更の有効性

変更後就業規則においては退職金制度が廃止されていたため、変更後就業規則の有効性が争点となりました。

裁判所は、平成26年10月頃の時点において、被告の退職金を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情が見当たらないこと、退職金の廃止により従業員が受ける不利益が大きいことなどから、変更後就業規則のうちの退職金規定部分は合理的なものとは認められず、原告らと被告との間の労働契約の内容とはならないとしました。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

1 退職金制度廃止についての同意の有効性

労働条件は、労働契約の内容をなすものです。労働契約の当事者である使用者と労働者は、双方の合意により労働条件を変更することができます。しかし、賃金や退職金など重要な労働条件を労働者に不利益に変更する場合においては、労働者の自由な意思に基づかなければ有効とならないと解釈されています。労働者は、会社の雰囲気や使用者による無言の圧力などにより、真意によらずに、重要な労働条件であるにもかかわらず不利益な変更に合意しかねません。そのため、裁判所は、特に労働者にとって重要な労働条件について不利益な変更がなされた場合に、通常であれば同意するであろうという客観的な状況が認められるかという観点から自由な意思があるか否かを判断しています。

本事例においては、退職金制度の廃止による労働者の不利益が極めて大きかったこと、労働者からの書面による明確な同意が存在しなかったこと、自社ビルを約3億円で購入したことにより負債が拡大したという退職金制度廃止の理由について通常であれば労働者が納得する状況とは言えないと考えられたことから、退職金制度の廃止について労働者の自由な意思に基づく同意が存在していないと判断しました。

2 退職金制度を廃止する就業規則変更の有効性

会社は、就業規則を変更することにより、労働条件を不利益に変更することができます。もっとも、労働条件の不利益変更は、労働者に与える影響が極めて大きいことから、就業規則の変更により労働条件の不利益変更を行うためには、変更が合理的なものでなければならないと考えられています。

本事例では、就業規則改定時点においては、退職金制度を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情が見当たらないこと、退職金制度の廃止により労働者が受ける不利益が大きいことを考慮して、退職金制度を廃止する就業規則の変更について、合理性が認められず、有効とはいえないと判断しました。

3 最後に

退職金制度を単に廃止することは、労働者にとって極めて大きな不利益を生じさせるものです。労働者の同意を得る、就業規則を変更する、といった方法により退職金制度を廃止した場合であっても、その不利益の大きさゆえに、代償措置や経過措置など不利益の緩和措置を適切に予定しておかなければ、変更前の就業規則に基づいて会社が退職金の支払いを命じられる可能性が高いといえます。

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