Ⅰ 事案の概要
1.
本件は、居宅介護事業等を主な業務とするY社の従業員であったXが、Y社からの配転命令に応じなかったとして解雇(普通解雇)されたが、同解雇は無効であるとして、①労働契約上の地位を有する地位にあることを仮に定めること、②賃金の仮払い、③配転命令先に勤務する労働契約上の義務がないことを仮に定めることを求めた事案です。
2. 前提となる事実関係
⑴ Y社は、平成28年にA株式会社から会社分割により設立された居宅介護事業等を主な業務とする株式会社であり、医療法人や特定非営利活動法人等が所属するBグループの関連会社です。同社は、大阪市内に4か所、大阪府堺市内に3か所、兵庫県尼崎市に2か所、大阪府摂津市、大東市、河内長野市、八尾市及び岡山県倉敷市に各1か所の事業所を有しています。
⑵ Xは、平成30年9月16日にA社との間で、期間の定めのない正社員として雇用契約を締結した後、令和元年10月11日にY社へと転籍し、以降、大阪府堺市の事業所(以下、「本件施設」といいます。)において事務員として勤務してきました。
⑶ Y社は、令和2年5月1日付で、従業員らに対し、同年7月1日から就業規則を変更する旨を通知しましたが、同通知に係る変更内容は、休日が従前は土曜、日曜及び祝日であったが、変更後は4週8休制となること、所定労働時間が、従前は7.5時間であったものが、変更後は8時間になることが含まれていました。
⑷ Xは、令和2年5月21日及び同月28日、Y社に対し、上記就業規則の変更に係る通知に対して異議を述べる旨のメールを、本件施設「スタッフ一同」の名義で送信しました。
⑸ Xは、本件施設のスタッフ一同の代表として就業規則の変更に係る通知に疑義を申し立てているが、Y社が本件施設職員に確認したところ、Ⅹを代表として疑義を申し立てる旨の委任をした事実を確認できなかったため、Y社は、令和2年6月22日、Ⅹに対して、虚偽の申立てであったとして、「職務等改善指導書(通知)」を読み上げ、Ⅹは同書面に署名しました。
⑹ Y社は、令和2年6月22日、Ⅹに対し、岡山県倉敷市所在の事業所(以下、「本件配転先事業所」といいます。)に配転する旨の配転命令(以下、「本件配転命令」といいます。)を行い、同月24日までに返事をするよう求めました。
⑺ Y社は、令和2年6月24日、Ⅹに対し、同月30日までの自宅待機を命じたところ、Ⅹは、同月29日にC労働組合に加入し、同組合は、同月30日、Y社に対して、団体交渉の開催を要求しました。
⑻ Y社は、令和2年7月1日、Ⅹに対し、同日から同月10日までの自宅謹慎命令を行い、その後、同自宅謹慎命令を2回延長し、最終的にⅩに対する自宅謹慎命令の期間は同月30日までとなりました。
⑼ Y社は、令和2年7月30日、Ⅹに対して、配転命令の拒否を理由に、同月31日付けで普通解雇しました(以下、「本件解雇」といいます。)。
Ⅱ 争点
本件においては、Ⅹが本件配転命令に応じなかったことを理由として本件解雇が行われていることから、本件配転命令の有効性が問題となりました。
Ⅲ 判決のポイント
⑴ Y社の主張
Y社は、本件配転先事業所において、印鑑の不正所持という問題や、ケアマネージャーが、多数にわたって介護保険に定められたルールを逸脱して居宅サービス計画書の作成等を行っていたという重大な不正行為が発覚したことから、人員配置について見直すことを含めて対応策を検討していたもので、本件配転命令は同対応策として発令されたものであるとして、本件配転命令には業務上の必要性があったと主張しました。
⑵ 裁判所の判断
これに対して、本判決は、①確かに、Bグループにおいて、印鑑の使用に関する注意喚起が行われたことが認められるが、同注意喚起は、京都府八幡市社会福祉協議会職員のケアマネージャーによる行為についての新聞報道がなされたことを受けてのものであって、本件配転先事業所においての問題が発覚したことを受けてのものではなく、ほかに、本件配転先事業所おいてY社が主張するような問題が発覚したことを客観的に裏付ける疎明資料もないこと、②仮に、Y社が主張するような問題が発生したため、Y社内部あるいはBグループ内部において検討がなされたり、行政への対応を行ったり、対応策の検討が行われたのでれば、そこには何らかの痕跡が残ることが想定されるが、本件において、Y社が、そのような検討、対応等を行ったことを客観的に裏付けるに足りる疎明資料はないこと、③Y社あるいはBグループ内において、一般的な人事異動として、本件配転先事業所とその余の施設の間において、定期的に人事異動が行われていたことを一応認めるに足りる疎明資料もないこと、④Xが、Y社に対し、就業規則の変更について問題視する内容のメールを送信した約1か月後に本件配転命令が発令されたことを総合考慮すれば、本件配転命令は、業務上の必要性を理由として発令されたものと評価することはできず、配転命令権の濫用として無効となる旨判示しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
⑴ 配転命令の有効性
どのような場合に配転命令が無効となるのかについて法令上の規定はありませんが、リーディングケースである東亜ペイント事件(最二小判昭61・7・14集民148号281頁、労判477号6頁)は、「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存在する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」としており、本判決もこの基準を踏襲して本件配転命令の有効性について判断しました。
⑵ 本事例を踏まえての留意点
上記の基準によれば、①業務上の必要性が無い場合、②業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的をもってなされた場合又は③業務上の必要性があっても、労働者が著しい不利益を受ける場合に配転命令は権利濫用として無効となります。
そして、業務上の必要性の判断につき、上記東亜ペイント事件は、「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に代え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」としており、業務上の必要性の認定に関しては、比較的緩やかに理解されています。
しかし、本事例においては、前記Ⅲ⑵のとおり、裏付けとなる客観的な疎明資料が存在しないことを再三にわたって指摘した上で、配転命令の業務上の必要性が否定されました。このように、緩やかに解されている業務上の必要性であっても、その裏付け資料がない状況での突発的な配転命令に関しては、無効となる余地があります。また、本件が仮処分手続きであったことから書面等の客観的な疎明資料が重視されたという側面もあるように思われます。
本事例は、配転命令の効力を争う労働者側にとっては、使用者側に業務上の必要性を裏付ける資料の開示を求めたり、その不存在を指摘したりすることの重要性を示唆するものといえます。他方、使用者側としては、業務上の必要性の立証責任が使用者側にあることから、業務上の必要性についての主張のみならず、その根拠がなければ、不当な動機・目的の有無や労働者の不利益などを検討するまでもなく、業務上の必要性が否定されて配転命令が無効となってしまうおそれがあるという点に留意する必要があるでしょう。
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