性同一性障害のタクシー乗務員が化粧をして業務を行ったことを理由とする就労拒否の合理性(淀川交通(仮処分)事件)~大阪地裁令和2年7月20日判決~ニューズレター 2023.2.vol.134

Ⅰ 事案の概要

本件は、性同一性障害の診断を受けたタクシー乗務員であるXが、雇用主であるY社に対して、化粧をして業務を行っていたことを理由として不当な就労拒否がなされたとして、民法536条2項に基づいて、就労できなかった期間について、賃金仮払いの仮処分を求めた事案です。

<前提となる事実関係>

⑴ Y社は、大阪市内を主要営業区域とした一般乗務旅客自動車運送事業を営むタクシー会社です。

⑵ Xは、平成30年11月12日にY社との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、同日以降、タクシー乗務員として勤務してきました。

⑶ Xは、医師により性同一性障害との診断を受けており、生物学的性別は男性であるが、性自認は女性です。そのため、Xは、ホルモン療法の施行を受けつつ、化粧をして、女性的な衣類を着用するなど、社会生活全般を女性として過ごしており、タクシー乗務員として勤務中も、顔に化粧を施していました。

⑷ Y社は、令和2年2月7日に、男性の乗客からXに男性器をなめられそうになったとの苦情(以下、「本件苦情」という。)を受け、同日、Xを呼び出して、面談(以下、「本件面談」という。)を行いました。もっとも、この事実をXは否定しており、本件苦情の内容が真実であると認めるに足る証拠はありません。また、本件面談において、面談担当者は、本件面談以降のXの行動いかんにかかわらず、タクシー乗務させることができないと告げ、退職の示唆まで行いました。

⑸ Xは、令和2年2月7日以降、Y社において業務に従事しませんでした。

⑹ Y社の就業規則には、「身だしなみについては、常に清潔に保つことを基本とし、接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと」という規定(以下、「本件身だしなみ規定」という。)が存在しており、正当な理由なく業務上の指示に従わなかった場合や素行不良で著しく会社内の秩序を乱したとき等に出勤停止等の措置がとれる旨の規定も存在しています。なお、Y社においては、女性乗務員が顔に化粧をして乗務を行うことは、本件身だしなみ規定に反するものとは考えていません。

Ⅱ 争点

Ⅹが化粧をして乗務を行うことを理由とする就労拒否が不当な就労拒否と主張したのに対して、Y社の帰責性が認められるかが問題となりました。

Y社は、男性乗務員が化粧をした場合、不快感や違和感を抱く乗客が多くならざるを得ないことからすると、男性乗務員の化粧を禁止することには十分な合理性があること、また、Xが濃い化粧をして乗務を行うことは、本件身だしなみ規定等に違反する行為であると主張しました。

Ⅲ 判決のポイント

裁判所は、本件身だしなみ規定の規定目的自体は正当性がある(有効である)としつつも、「業務中の従業員の身だしなみに対する制約は、無制限に許容されるものではなく、業務上の必要性に基づく、合理的な内容の限度に止めなければならない」としてその範囲を限定する必要があるとしました。

さらに、「男性乗務員が化粧をして乗務したことをもって、本件身だしなみ規定に違反したものと取り扱うことは、Y社が、女性乗務員に対して化粧を施した上で乗務することを許容している…以上、乗務員の性別に基づいて異なる取扱いをするものであるから、その必要性や合理性は慎重に検討する必要がある」として、合理性の判断を慎重に行う姿勢を示しました。

そのうえで、本件について、「サービス業において、客に不快感を与えないとの観点から、男性のみに対し、業務中に化粧を禁止すること自体、直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない」として、全ての男性に対して化粧を認める必要性や合理性があるとは認めていませんが、「Xは、医師から性同一性障害であるとの診断を受け、…性自認が女性という人格である…ところ、そうした人格にとっては、性同一性障害を抱える者の臨床的特徴…に表れているように、外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ、女性として社会生活を送ることは、自然かつ当然の欲求であ」り、性同一性障害であるXについては、「女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性がある」としました。

そして、「今日の社会において、乗客の多くが、性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、Y社が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に、その結果として、乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、経済的損失などの不利益を被るとも限ら」ず、「会社が、Xに対し、化粧の程度が女性乗務員と同程度であるか否かといった点を問題とすることなく、化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては、必要性も合理性も認めることはできない」と判示して、Y社の帰責性を認めました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

⑴ 性的マイノリティ当事者の差別等の解消措置について

性同一性障害に関しては、平成15年3月7日に性同一性障害特別法が成立しており、同年7月16日に施行されています。性同一性障害の労働問題を具体化した法規制は現時点では存在しないものの、労働契約法5条に定められている職場環境配慮義務等を介して不当な差別がなされないよう調整がされています。具体例としては、性自認の性別に合致したトイレや更衣室の利用を可能にすることや、性自認や性指向を揶揄するハラスメントの防止等が挙げられます。

また、近年では、パートナーシップ宣誓制度等、性的マイノリティに対する差別や偏見の解消措置が活発になっており、性自認や性指向を理由とする差別は、重大な人権問題であるとの意識が社会に浸透しつつあります。

⑵ 本事例及び関連判例を踏まえての留意点

本件に関連して、性同一性障害と診断された国家公務員であるBに対して(性自認は女性)、Bの執務場所の室長であるCが「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」という趣旨の発言をしたこと等について国家賠償法上の違法行為を認め、慰謝料の請求を認容した国・人事院(経産省職員)事件(東京地判令元.12.12労判1223号)が存在します。

また、性同一性障害と診断されたA(性自認は女性)が、女性の服装等をして出社を続けたことを理由に、懲戒解雇された事案について、「女性の容姿をして就労することを認め、これに伴う配慮をしてほしいと求めることは、相応の理由がある」として、会社の業務遂行において、著しく支障を来すと認めるに足りる疎明はないとして、懲戒解雇は相当でないと判示した性同一性障害者解雇事件(東京地決平成14.6.20労判830号)があります。この決定は、性同一性障害者である従業員に対する企業側の職場環境に関する一定の配慮義務を明示的に認めたものと言われています。

本判決及び上記判決等は、性的マイノリティへの理解がより浸透する社会の中で、性同一性障害者への不合理な差別や職場環境の配慮義務違反が認められる場合には、違法性や懲戒等の無効が認められる可能性が高まっていることを示唆しており、使用者は性同一性障害等性的マイノリティについての理解を深める必要があるといえます。

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