変形労働時間制の有効性 (変形労働時間制において就業規則で定めておくべき事項)~名古屋地裁令和4年10月26日判決~ニューズレター2023.11.vol.143

Ⅰ 事案の概要

本件は、日本でマクドナルドを営む被告Yに対して、労働契約を締結していた原告Xが、雇用契約上の権利を有することや時間外労働に基づく割増賃金の支払いを求めた事件です。

本件の争点は、合意退職の有効性等多岐にわたりますが、ここでは、変形労働時間制を採用するにあたって、就業規則にどの程度の定めが必要となるのか、また、その定め方の程度は、事業規模の大きさやシフトの多様性によって左右されるのかという点についての、裁判所の判断内容などをご説明いたします。

Ⅱ 争点

本件事件の争点は、①労働契約の合意解約による終了の有無、②未払割増賃金の有無及び額、③安全配慮義務違反による損害賠償請求の可否、④不法行為の成否及び損害額です。

このうち、変形労働時間制の有効性という論点は、②未払割増賃金の有無及び額という大きな争点の中で、問題となった争点です。

本件事件においては、この変形労働時間制の有効性という争点が最も重要な点ですので、以下、この点に絞って解説します。

Ⅲ 判決のポイント

1 1か月単位の変形労働時間制が有効であるための要件

判決は、まず、1か月単位の変形労働時間制が有効であるための要件として、①就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、②就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけではなく、始業及び終業時刻も定める必要があり、③業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りるとされているとしました。

なお、本件では、この「①就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定める」ということができているかが問題となっています。

2 被告Yの変形労働時間制についての就業規則上での定め方

被告Yは、就業規則において、「原則として」4つの勤務シフトの組合せを規定していましたが、この4つの勤務シフト以外のシフトによる労働を認める余地を残しており、実際に原告Xの勤務する店舗も、その店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されていました。

これは、被告Yとしては、事業の性質等からして就業規則自体における特定が困難であり、かつ労働者にとって不利益がない場合には、就業規則に代わるものにおいて、実際の勤務シフトを特定することで足りると考えていたためです。

被告Yの直営店舗数は864店舗に上り、各店舗の営業時間は様々である上、忙しい時間帯も異なり、労働時間についての制約も各従業員によって異なるから、全店舗に共通する勤務シフトを設定することは事実上不可能であると被告Yは考えていました。

そのため、被告Yは、就業規則が定める勤務シフトは、あくまでも原則として例示したものとし、各店舗においては、就業規則に準じて1日8時間を目安に、実態に応じた勤務シフトを設定し、従業員に対して周知していた上、その中で、原則として週2日、最低でも週1日の休日を付与し、1週の労働時間は40時間程度となるという方法をとっていました。

被告Yとしては、この方法であれば、従業員にとって不利益も生じないから、この被告Yの勤務シフトは就業規則に基づくものといえると考えていたのです。

つまり、被告Yの事業規模が非常に大規模で、店舗ごとの事情も様々であり、就業規則において、全ての店舗における勤務シフトを全て表現することは難しいため、店舗ごとに勤務シフトを定める必要があり、その方法も労働者に不利益ではない方法をとっているのであるから、「①就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定める」との要件を満たしていると考えていたものといえます。

3 裁判所の判断

裁判所は、上記Ⅲの2に記載したような、被告Yの勤務シフトの在り方や考え方を否定しました。

まず、勤務シフトを就業規則以外において定めることができるのは、(労働基準法32条の2第1項にいう「その他これ(※就業規則のこと)に準ずるもの」において勤務シフトを作成することが許されるのは)、就業規則を作成する義務のない事業者のみであるとしました。

よって、就業規則の作成義務のある事業者は、変形労働時間制における勤務シフトを、就業規則において定めることが必要となり、これ以外で定めることが許されないということになります。

次に、被告Yのような大規模事業者では、全店舗に共通する勤務シフトを就業規則上定めることは事実上不可能であるという主張に対しても、労働基準法32条の2は、労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化することを目的として変形労働時間制を認めるものであるとした上で、変形期間を平均し週40時間の範囲内であっても、事業者が業務の都合によって任意に労働時間を変更することは許容していないし、このことは事業者の事業規模によって左右されるものではないとしました。

つまり、仮に被告Yの事業規模が非常に大規模であるために、就業規則に各店舗の勤務シフトを全て網羅して書くことが非常に困難であるとしても、そのことは、被告Yのようなやり方を許容する理由とはならないとしました。

以上のような理由から、裁判所は被告Yにおける変形労働時間制は無効であるとしました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本事件は、地方裁判所における裁判例であり、今後、別の地方裁判所や高等裁判所でこれとは異なる判断がなされることも否定できませんが、本判決に従って考えていくと、少なくとも、就業規則を作成する義務のある事業者においては、変形労働時間制を採用するためには、事業規模や勤務シフトの多様性にかかわらず、用いる可能性のある全ての勤務シフトを就業規則で定めておく必要があることになります。これは昔からある厚労省の考え方を踏襲したものであり、かつて鉄道会社からの「勤務ダイヤを作成するにあたって『始業、終業時刻は、起算日前に示すダイヤによる』とのみ記載することで足りるか」という問い合わせに対して、本裁判例で示された考え方による回答がされた結果、各直勤務の始業終業時刻の記載が必要という結論になっています。

そのため、特に事業規模が大きく、店舗数が多い事業者においては、就業規則上にかなりの数の勤務シフトを定めていく必要があり、非常に大きな労力が必要となるものと思われます。

日本マクドナルドを運営する被告Yは、全国に直営店舗だけで864店舗を有する大規模ハンバーガー店であるにもかかわらず、裁判所は、実際に全店舗で用いられる勤務シフトを就業規則上で網羅することの困難性や被告Yの手間が膨大なものに及ぶことについて、特に検討することなく、このような結論を出しているため、裁判所としては、たとえ大規模事業者であったとしても、その困難性を乗り越えるために膨大な手間をかけてでも就業規則上に全ての勤務シフトを定めるべき(また新たなシフトを設定するときには就業規則を変更して明示すべき)としていることに注意が必要です。

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