口外禁止条項付き労働審判の違法性(口外禁止条項を定めた労働審判の違法性の判断基準)~長崎地裁令和2年12月1日判決~ニューズレター2023.12.vol.144

Ⅰ 事案の概要

本件は、運送会社Aに雇用されていた原告(以下、「X」といいます。)が、Aを相手方として申し立てた労働審判手続において、労働審判委員会が口外禁止条項を含む労働審判(以下、「本件労働審判」といいます。)を行ったことに対して、当該労働審判は労働審判法20条1項及び2項に違反し、Xの表現の自由等を侵害したとして、Xが国(被告)に対して損害賠償請求をしたという事案です。

なお、当該労働審判は双方から異議の申し立てはなされず確定しています。労働審判で定められた口外禁止条項(以下、「本件口外禁止条項」といいます。)は以下の通りであり、ただし書き記載の事項を除けば、広く用いられている内容といえます。

「申立人と相手方は、本件に関し、正当な理由のない限り、第三者に対して口外しないことを約束する。ただし、申立人は、申立人が本件に関する相談を行ったB(諫早市の市議会議員)及びC(長崎県労連の担当者)に限り、本件が審判により終了したことのみを、口外することができる。」

Ⅱ 争点

本件では、①本件労働審判が国家賠償法1条1項にいう違法な行為といえるか、②本件労働審判が労働審判法20条1項及び2項に違反しているのか、③損害の発生及び数額が争われました。本件の判決では、②の口外禁止条項を設けることが労働審判法20条1項及び2項に違反するのかという点が最も重要な点ですので、以下では、この点に絞って解説していきます。

ここで争点となっている、労働審判法20条1項は、「労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて、労働審判を行う」という定めであり、同条2項は「労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる」という内容です。労働審判では、これらの規定を根拠として、労使双方が合意に至らなかった場合であっても、裁判所が相当と認める内容で労働審判という結論を両当事者に示すことができる制度となっています。

Ⅲ 判決のポイント(争点②について)

1 労働審判が労働審判法20条1項及び2項に反するか否かの判断基準

⑴ 本判決は、まず、「労働審判は、…(中略)…事案の解決のために相当なものでなければならないという相当性の要件を満たす必要がある」として、労働審判には相当性の要件が必要であることが確認されました。

⑵ そして、「申立ての対象である労働関係に係る権利関係と合理的関連性があるか、手続の経過において、当事者にとって、受容可能性及び予測可能性があるかといった観点によるのが相当である。」と判示し、「合理的関連性」、「受容可能性」、「予測可能性」という観点から相当性の要件を判断すべきという判断基準を示しました。

2 本件労働審判は相当性の要件を具備するか

⑴ 合理的関連性について

雇用関係の終了の確認と解決金を支払うとの内容の労働審判をすることに加えて、口外禁止条項を設けることは、労働審判の「経過及び結果について、本件会社関係者等の第三者に口外されることで、例えば不正確な情報が伝わることにより、原告及び本件会社双方が無用な紛争等に巻き込まれることがあり得る」ため、このような事態に陥ることの未然防止という側面があることから、紛争の実情に即した解決に資するといえるから、これに一定の合理性を見出すことができる旨判示し、合理的関連性を肯定しました。

⑵ 予測可能性について

本件口外禁止条項と同旨の調停条項は、手続において少なくとも議論がなされていたことから、本件口外禁止条項は当事者にとって不意打ちであったと評価することは困難であるため、裁判所は予測可能性を肯定しました。

⑶ 受容可能性について

ア 一方で、Xは労働審判手続の中で、口外禁止条項を含んだ本件労働審判と同旨の調停案を明確に拒絶しています。このように、調停案を明確に拒絶していたとしても、「審判の内容によっては、当事者において、調停による解決はできないとしても、労働審判委員会による労働審判に対して異議申立てまではしないという意味での消極的合意に至る可能性もあり得る」とし、拒絶した調停案と同趣旨の労働審判をすることが一概に否定されるものではないとしました。

イ 「もっとも、当事者に過大な負担となるなど、消極的な合意さえも期待できないような場合には、…(中略)…受容可能性はないというべきであるから、手続の経過を踏まえた労働審判とは認められないもの」は、相当性の要件を欠くと判断基準を整理しています。

ウ 本件でXは、「裁判への協力を約束してくれた同僚には、和解が成立したことを報告したいとの思い」を有しており、労働審判委員会から口外禁止条項を設けることを説得されたところ、涙を流しながら同僚が精神的な支えであって、せめて解決したことは伝えたいという思いを明らかにしていたという特殊な経過がありました。

① このような原告の思いは、「ごく自然な感情によるものであって尊重されるべきであるし、本件労働審判委員会も原告の心情を十分に認識し」ており、②本件口外禁止条項はB及びCを除けば、「審判で終了したことさえも第三者に口外できない内容であること」、③「将来にわたって本件口外禁止条項に基づく義務を負い続ける」負担を踏まえ、Xの心情を考慮すると、Xが消極的な合意に至ることは期待できなかったと結論づけました。また、正当な理由の内容も一義的に明確でないことに言及し、この点をもってXの負担が軽減されることはないとも明言しています。

3 争点②に対する結論

本件口外禁止条項には、Xの受容可能性はなく、相当性の要件を欠くため、労働審判法20条1項及び2項に反するとされました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は地裁判決ではあるものの、口外禁止条項は、労働審判だけでなく、民事調停や労働委員会、紛争調整委員会における個別労働紛争のあっせんなどでも広く用いられており、口外禁止条項を設けて解決を目指すことを躊躇させるおそれがあるものであり、実務的な影響を無視できないものでした。

しかしながら、本判決によって、今後口外禁止条項を設ける解決が全面的に許されなくなったわけではありません。あくまでも、口外禁止条項を設けることに関して、涙を流すほど強い抵抗を示していたという前提事情を背景として、相当性を欠くとした点に留意すべきであると思われます。

ただし、口外禁止を含む合意の有効性を維持しようと考える場合にも、口外禁止条項を設けることに対する当事者の意思や手続の経過には留意しておく必要があることを示唆しているというべきでしょう。

口外禁止条項には、本判決の通り、無用な紛争を防止する機能があるという一方で、労働者の権利の観点からみると、審判の経過・結果、労働条件問題等を同僚労働者と話し合うことは、団結権(憲法28条)行使の第一歩であることも指摘されることも踏まえて、口外禁止条項を設けることに抵抗された場合には、口外禁止条項を設けることについて慎重を期する必要があります。

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