Ⅰ 事案の概要
本事案は、Y社に雇用されている労働者Xが、平成13年3月、福祉用具センターにおいて、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務(以下「本件業務」という。)に係る技術職として勧誘されて雇用され、本件業務に係る技術職として勤務していたところ、Y社が、Xに対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けで総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下「本件配転命令」という。)ため、Xが、XとY社との間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の合意(以下「本件合意」という。)があったとして、本件配転命令は本件合意に反するため、Y社に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償等を求めて訴えを提起した事案です。
第一審(京都地判令和4年4月27日)及び控訴審判決(大阪高判令和4年11月24日)は、契約上限定された職種等に係る業務が廃止される予定である一方で異動先に欠員が生じていたという事実関係も踏まえて、例外的にY社についてXに対して本件合意に反する配置転換を命じる権限を認めるとともに、解雇回避目的にも着目して配転命令権の濫用にも当たらないと判断しました。そのため、Xがこれを不服として上告しました。
Ⅱ 争点
本事案の主たる争点は本件配転命令の有効性、すなわち、本件合意がある場合の本件配転命令の有効性です。
なお、本件合意についてはXとY社との間には書面によるものではありませんが、Xの経歴や勤務状況、職務の特殊性、自治体との協定内容等を考慮して黙示による職種限定合意があったと認定されています。
Ⅲ 判決のポイント
配転命令について定めたリーディングケースである東亜ペイント事件判決は、配転命令権の行使の権利濫用法理による制約について、職種や勤務地を限定する合意がないことを前提として、①配転命令に業務上の必要性が存在しない場合、または、業務上の必要性が存在する場合でも、②他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存在する場合でない限りは、配転命令は権利の濫用になるものではないといった判断枠組みを示していました(最二小判昭和61.7.14労判477号6頁)。第1審は、職種限定合意の成立を認定しつつも、業務内容の廃止に伴う解雇回避という観点を踏まえて、上記東亜ペイント事件判決の判断枠組みに準じた判断をしており、控訴審もその判断を是認し、第1審及び控訴審ともに本件配転命令は有効であると判断していました。
しかし、最高裁では、一転して職種限定合意がある場合の配転命令について、そのような権限を有しないと正面から判断しています。
具体的には、労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解されるとした上で、XとY社との間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Y社は、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかないとして、そもそも職種を限定する合意(本件合意)がある場合には、使用者に配転命令(本件配転命令)をする権限がないと判断しています。
Ⅳ 本事案からみる実務における留意事項
1 本事案の実務への影響
日本企業においては、元来、終身雇用を想定して、職種や勤務地等を特に限定することなく雇用した後に、包括的に就業規則で定めた配転命令権に基づいて、比較的自由に配転を行うことが多かったのではないかと思われます。そのため、裁判所で配転命令の違法性が争われるような場合には、使用者側に配転命令権があることを前提に、その権限濫用といえるか否かが主に判断されてきたといえます。しかしながら、本事案では使用者と労働者との間に職種を限定する合意があると考えられる場合の配転命令の有効性が正面から判断され、上記合意がある場合には使用者に配転命令権の存在が認められないと判断されました。本事案では、Y社の側には、Xが従事している業務の需要が減少していたことや当該業務の廃止に伴う解雇回避といった事情が下級審においては考慮されていましたが、最高裁ではそのような事情に触れることなく配転命令権の有無を判断しているように読むことができます。そのため、今後、使用者と労働者との間で職種を限定する合意があると考えられるが、その職種を継続する必要性が乏しく、当該職種を廃止せざるを得ないような場合に、使用者側としていかなる対応をすべきかについて検討を要するでしょう。
2 基本的な対応
職種限定合意がある場合の配置転換について、賃金等の条件が変更となる場合であれば、労働者の自由な意思による合意が必要となるでしょう(類似の判断として、福岡高判平成27年1月15日)。そこで、使用者側から労働者に対して、一方的に配転命令を出すことができないため、職種廃止の対象となる労働者に対して丁寧に事情を説明した上で、当該職種の事情について労働者に理解を求めることが必要となるでしょう。使用者が打診、説明及び説得を尽くしても、労働者の理解が得られない場合には、退職勧奨や整理解雇といった選択をすることになるでしょう。
また、職種又は勤務地限定合意に関連して、現在、労働条件の明示を強化する傾向があるところです。令和6年4月1日以降に労働契約を締結する際には、使用者側は、就業場所、業務の内容、就業場所及び業務の変更の範囲を明示することが義務付けられています。労働条件通知書により、明示的な職種又は勤務地限定合意が認められやすくなれば、今後は、配転命令を自由に行うことはできなくなります。変更の範囲の記載については、慎重に検討したうえで記載内容を決定することが必要になるでしょう。
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