労働者との間における賃金減額合意の有効性及び労働者の管理監督者性が否定された事例(阪神協同作業事件)~東京地裁令和4年2月25日判決~ニューズレター2024.11.vol.155

Ⅰ 事案の概要

自動車運送事業を営む被告の元従業員である原告が、被告に対し、未払賃金(職務手当、基本給の減額分、法内残業賃金、時間外労働等の割増賃金、付加金等)の支払いを請求したという事案です。

被告は、原告との間で賃金減額の合意が存在したこと、原告が管理監督者であったこと等を主張し、未払い賃金が存在しないとして争いました。なお、原告は、東京支店長を務めていた時期もあり、月給は50万円以上ある状況でした。

Ⅱ 判決のポイント

1 賃金減額合意の有無

被告は、原告を支店長の地位から解任した際に、原告の賃金を月額30万円から20万円とした点について、原告との間で10万円減額することにつき合意が成立したと主張していました。被告は、合意の成立を裏付ける事情として、原告が減額後の賃金につき異議をとどめずにこれを受領していた事実を指摘しています。

しかしながら、裁判所は、原告と被告との間で賃金減額にかかる明示的な合意が存在しないことや、原告にとって賃金減額に応じる合理的な理由がないこと、原告が減額後の賃金につき異議をとどめずにこれを受領していたとしても、賃金減額の黙示的な合意があったと認定することはできない等の理由により、賃金減額合意の存在を認めませんでした。

その結果、月10万円の未払い賃金が生じていたことになりました。

2 原告の管理監督者性

被告は、原告が、支店長の地位にあることを理由に労働基準法上の管理監督者にあたると主張しています。

しかしながら、裁判所は、労働基準法41条2号が管理監督者について、一般に管理監督者が①経営者と一体的な立場において労働時間等に関する規制の枠を超えた活動が要請される重要な職務、責任及び権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にあること、②他の一般の従業員に比べて賃金等の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置を受けていること、③自己の労働時間管理に裁量を有すること等から、規制の対象外としてもその保護に欠けるところはないことを要するという基準を示しました。

その上で、裁判所は、本件について①ないし③の各要素につき以下の通り整理し、原告の管理監督者性を否定しました。

  1. 原告は支店長という立場にあったものの支店の従業員に係る労務管理に関する実質的な職責や権限がなかった。また、原告が出席していた幹部会議が被告の重要事項に関する意思決定の場であったとは認められず原告が被告の重要方針の決定に参画していたと認めることもできない。さらに、支店長在任中も7割以上の時間を運転業務に費やしていたことからむしろ厳格な労働時間等の規制に服せしめる必要があった。
  2. 原告の待遇は、経験がなかった管理職業務への期待ではなく、原告独自の人脈等を生かしたイベント関連業務の受注への期待からであった。
  3. タイムカード等からすると、原告の出退勤のパターンは基本的に一定であり、休暇や早退もほとんど見受けられないことから原告が所定の始終業時刻に拘束されることなく自由に出退勤していたと認定することはできない。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

1 争点1(賃金減額の合意)について

賃金減額についての明示的な合意が存在しない状況において、従業員が減額後の賃金について異議をとどめることなくこれを受領していたとしても、会社と従業員との間に賃金減額の黙示的な合意があったと認められませんでした。

そもそも、賃金の減額は、原告の労働条件にとって重大な不利益です。賃金といった重要な労働条件の変更については、明示的な合意があるだけでなく、その合意が真に自由な意思によることが求められており、原告が不利益を受け入れるだけの合理的な理由が存在しない場合には、合意の存在が否定される可能性が高くなっています。

2 争点2(管理監督者性)について

名ばかり管理職などと言われることもありますが、形式的に、管理職としての地位が与えられている場合であっても、その実質において労働時間等の規制対象外とすることを、正当化することができるだけの事情が存在しない場合には、労働基準法上の「管理監督者」には該当しないと判断されます。

管理職としての地位にある者であっても、会社の経営判断に参画していないなど経営者に準ずる地位にあるといえず、現実の労務内容が一般の従業員と同様であったり、賃金等の労働条件の優遇がなかったりする場合は、労働基準法上の管理監督者性が否定される可能性が高いでしょう。

本事例では、原告が「幹部会議」という名称の会議に参加していたことや、原告が他の従業員に比べて相対的に厚い待遇を受けていたとの事情はあったものの、「幹部会議」の内容や、原告の厚待遇の趣旨等、各事情について、それぞれ詳細な判断がなされた結果、原告の管理監督者性が否定された点は注目に値します。

本件のように、管理職としての地位を有する労働者に対し、会社側が労働基準法上の管理監督者にあたるとして、時間外労働にかかる割増賃金を支給していない場合であっても、当該労働者が、会社に対して未払いの割増賃金を請求したときには、労働基準法上の管理監督者性が否定され、会社に対して割増賃金の支払いが命じられることがあります。

「管理職」が、労働基準法上の管理職にあたるか否かについては慎重な検討が必要であり、労働基準法上の管理監督者性が否定されてしまった場合には、全社的にも、待遇の見直しを検討しなければならないような事態にもなりかねません。

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