有給休暇に対する時季変更権の行使時期(東海旅客鉄道事件)~東京高等裁判所令和6年2月28日判決~ニューズレター2025.02.vol.158

Ⅰ 事案の概要

原告らは、東海道新幹線の乗務員としてJR東海に勤務していたところ、JR東海は需要に応じた列車の運行を行うため、1か月単位の変形労働時間制を採用していました。乗務員は、行路が事前に指定されている担当月において、勤務日の5日前にならないと勤務予定日及び年休日が確定しないという制度になっていました。

原告らは、事前に年休取得を申請していたにもかかわらず、JR東海が勤務日直前に、年休の時季変更権を行使したことが債務不履行に当たるとし、損害賠償請求を行いました。

Ⅱ 争点

主な争点は、以下の二つでした。

  1. 勤務日の5日前に行われた時季指定変更権の行使が債務不履行に当たるか
  2. 時季指定に対して使用者はどの程度配慮する必要があるのか

Ⅲ 判決のポイント

1 ①時季変更権の行使時期について

⑴ 本件の特徴

これまでも年休の時季変更権の適法性を巡って争われた裁判例は存在しますが、そのほとんどは、労働者が勤務日直前に年休を請求したことや、連続した日数の有給を取得したことに対する時季変更権が有効か否かというものでした。これに対して、本件では、使用者が勤務割を作成するのに先立ち、使用者により定められた期間内に労働者が勤務割確定よりも前に年休を請求したにもかかわらず、年休の時期を変更されたという状況です。このような勤務割確定前の請求に対する「事前調整型」ともいうべき事案において、使用者側がどのような配慮をすべきなのかを示した点が特徴的です。

⑵ 合理的期間を超えて不当に遅延して行われた時季変更権の適法性

本判決では、「合理的期間を超えて不当に遅延して行われた時季変更権」は債務不履行に当たる可能性があることを認めました。どのような状況が合理的な期間を超えた不当な遅延であるかが問題となりますが、需要に応じた東海道新幹線の列車の運行を確保することが強く期待されていたこと、列車の需要には変動があり、事前にその需要を予測するのは困難なこと、乗務員の業務内容は専門性が高く養成に時間を要し、柔軟・迅速な人員の補充は容易ではなかったこと、さらに年休使用日が勤務指定表で公休等に指定された(有給消化なく休日となった)ことも相当程度あったこと等を考慮して、勤務日5日前に時季変更権を行使したというJR東海の対応は、これらの事情を踏まえれば、合理的期間を超えているとは言えないと判断しました。

2 ②時季変更権行使に求められる配慮義務について

⑴ 本判決の判断枠組み

本判決は、時季指定に対する使用者が行うべき配慮については、勤務割の変更が客観的に可能であるか、また代替勤務者が配置可能かどうかを基準として、「通常の配慮」をしなかったときには、時季変更権の行使が違法となるとしました。このような判断枠組みは、勤務割の確定後に有給取得を申請したことに対して、時季変更権を行使できるかが争われた事案、「事後調整型」における最高裁の判断枠組みと同様のものとなっています(最判昭和62・7・10判時1249号33頁、最判平成元・7・4(LEX/DB27804525)等)。

また、本判決は、「恒常的な要員不足に陥り常時、代替要員の確保が困難な場合は時季変更権の行使は許されない」という従来の判例(上記最判昭和62・7・10判時1249号33頁等)と同様の内容で判断しています。

⑵ 本判決の結論

本判決は、まず恒常的な要員不足はなかったと認めました。そのうえで、確かにJR東海は、時季変更権行使の有無を検討するに当たり、当該日に就労義務のない乗務員に対して出勤可否の打診を行うなどして代替要員の確保を試みることはしていなかった点で一定の落ち度が認められると指摘しつつも、乗務員については特別の資格が必要であり、その養成には一定期間を要するため、乗務員の配置人数を列車本数に連動させるように臨機応変に増減させることは困難であったこと、また、需要変動のピーク時に必要とされる乗務員数に合わせて乗務員の配置を行おうとすれば要員過多となることは避けられなかったこと等から、使用者として勤務割の変更が客観的に可能な状況であったとはいえず、「通常の配慮」のために何らかの具体的な行為がなかったとしても時季変更権の行使は違法ではなく、労働基準法39条5項ただし書きにいう「事業の正常な運営を妨げる場合」にあたり、JR東海の時季変更権の行使を有効なものと判断しました。

なお、第1審の地裁判決は、高裁判決と異なり、乗務員の各年度の年休取得実績などを検討の上、基準人員を下回っている期間に列車本数の調整をするといった適切な方策がとられていないこと等を理由として、恒常的な要員不足に陥ったまま時季変更権を行使したことが債務不履行に当たると解しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本件は、前述のとおり、勤務割が決められる前に年休の取得が申請されたという「事前調整型」の有給取得に対する時季変更権の行使が問題となっています。このような事案の場合、たとえ、判断枠組みが同様であったとしても、勤務割の確定後の有給取得に対する時季変更権の行使である「事後調整型」のケースに比べて、使用者にとっては時季変更権行使のための時間的なゆとりが大きいと考えられます。そのため、通常であれば、①時季変更権の行使が合理的な期間を超えて不当に遅延したと判断されやすくなり、また②使用者として求められる「通常の配慮」についても、勤務割の変更が客観的に可能であったと判断されやすくなると考えられます。

本件は、「事後調整型」と同じ判断枠組みを採用しつつ、結果としてJR東海の具体的な対応も適法として判断していますが、これは具体的な対応を検討するにあたってJR東海の業務の特殊性やその社会的重要性が大きく考慮されたことを無視することはできないと考えられます。本件の判断をもって、「事前調整型」の対応についても、安易に「事後調整型」と同様の判断がなされるとは考えることなく、それぞれ具体的事案に則した判断が必要とされるでしょう。

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