Ⅰ 事案の概要
本件事案の背景として、X社は、社内でパワハラ等があったとして謝罪文の交付等を求めた従業員Aに対し、パワハラ等を理由とする損害賠償債務が存在しないことの確認を求め民事調停を申立てています(以下、「別件調停」といいます。)。別件調停の直後に、AはY組合に加入し、Y組合からX社に対してパワハラ等に関する団体交渉の申し入れがなされました。
X社は、Y組合に対し、パワハラを否認し、別件調停を取り下げ、パワハラ等を理由とする損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴訟を提起しました(以下、「別件訴訟」といいます。)。
本件は、X社が、従業員Aに対し、別件訴訟を提起したところ、Aの所属するY組合が、別件訴訟が不当労働行為に該当すると主張してその取下げ等を求める不当労働行為救済を申立て(以下、「本件救済申立て」といいます。)、逆に、X社としては、本件救済申立て自体が不法行為に該当するとして、Y組合に対して損害賠償請求等を求めて提訴したのが本件事案です(以下、「本件訴訟」といいます。)。
Ⅱ 争点
本件事案では、使用者側(X社)から従業員(A)に対する訴訟提起を組合(Y)が不当労働行為に該当すると考え、労働委員会に救済を申し立てること自体が、違法性を帯びるものなのか(本件救済申立ての不法行為該当性)が争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
1 争点に関する本件判決の判断枠組み
- まず、本判決は、労働委員会に救済命令申立てを受けた被申立人(使用者側)は、労働委員会による調査への対応を余儀なくされる等の負担を負うことから、不当な負担を招くような申立ては違法とされること自体はあり得るとしています。
- しかし、労働委員会の救済制度の趣旨につき、最高裁判例(第二鳩タクシー事件:最大判昭52年2月23日)を引用したうえで、「労働組合が不当労働行為に係る救済を労働委員会に対して求め得ることは、正常な集団的労使関係秩序の根幹に関わる重要な事柄であるから、当該申立てをする権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断する本判決は労働組合が不当労働行為にかかる救済を申し立てる権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するに当たっては、不当労働行為救済命令制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされる」としています。
- そして、訴えの提起自体が違法となる場合に関して判断した最高裁判例(最判昭和63年1月26日)を引用したうえで、「労働組合が労働委員会に対し救済命令を申し立てる行為が、使用者に対する違法な行為といえるのは、当該手続きにおいて労働組合の主張した不当労働行為が事実的、法律的根拠を欠くものである上、労働組合が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて申し立てたなど、当該申立てが不当労働行為救済命令制度の目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である」と判断枠組みを示しています。
2 争点に関する本件判決の判断
- 上記判断枠組みを示したうえで本判決は、非公開の手続において当事者の互譲による解決を図る民事調停手続より、公開の手続も必要とされる民事訴訟の方が当事者の負担が重いと考えることは不合理とはいえないため、X社が別件調停を取り下げ、その翌日に別件訴訟を提起したことが不利益な取扱い(労組法7条1号)に該当すると判断することは、必ずしも不合理であるとはいえないこと。
- また、X社は、Y組合からAが組合に加入したことを通知され、Aに対するハラスメントに関する団体交渉を申し入れる旨の書面を受領後まもなく、別件訴訟を提起し、その訴状において、Aが労働組合に加入して団体交渉を申し入れたこと。
これらの事実によると、Y組合において、別件訴訟提起は、AがY組合に加入したこと及びY組合が団体交渉を申し入れたことを理由として(労組法7条1号でいうところの「故をもって」)されたものであり、不当労働行為の意思が存すると判断することも、不合理であるとまではいえないことなどを指摘しています。 - Y組合において、X社による別件訴訟の提起が不当労働行為に該当するとの主張が、事実的、法律的根拠を欠くものである上、Y組合がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて申立てをしたということはできないから、本件救済申立てがX社に対する不法行為に該当するとは認められないとの判断を示しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、救済命令申立てを受けた被申立人(使用者側)は、労働委員会による調査への対応を余儀なくされる等の負担を負うことから、不当な負担を招くような申立ては違法とされることがあり得るとしつつも、訴えの提起自体が違法となる判断基準を示した最高裁判例を参照しながら、上記Ⅲに記載のとおり、本件救済申立て自体が不法行為に該当しないと判断しました。
不当労働行為救済制度の趣旨等に照らせば、労働組合による救済申立てのみをもって違法性を帯びるケースはやはり極めて限定されるものと考えられ、その意味では本判決の結論は当然ともいえます。
他方で、極めて例外的なケースにはなりますが、嫌がらせ若しくは困惑させる目的など明らかに不当な救済申立てに対して、企業としては、救済申立て自体が不法行為に該当するとして、Y組合に対して損害賠償請求を提起する対抗手段自体は否定されておりません。
また、使用者が労働者や労働組合に対して、組合活動などを理由とする訴訟を提起すること自体は、組合による名誉棄損的発言を契機としてしばしばみられ、実際に名誉棄損による労働組合等の不法行為責任を認めた裁判例も存在します。
このような使用者による労働者や労働組合に対する提訴自体が不当労働行為になり得るかについても問題になり得ますが、一般論として、労組法に違反する支配介入となるリスクがあることは否定できません。しかしながら、不当労働行為に関する救済申立てと同様に、訴訟の提起自体は使用者を含む市民の重要な権利ですので、不当労働行為に該当するのは、使用者の主張が事実的・法的根拠を欠くなど、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」場合に限られると考えられます。
もっとも、事案によっては、緊迫した労使関係の中でなされる使用者からの訴え自体が、労働組合活動への威圧的性格を帯びやすい点を重視され、違法性が認められるおそれもありますので、このような訴訟提起を選択するかは、慎重な判断が必要でしょう。
緊迫した労使関係の中でなされる使用者から労働者若しくは組合に対する訴えについては、専門家の判断を仰ぐことをお勧めします。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
該当する記事162件