Ⅰ 事案の概要
1 当事者等
被告(会社)は、情報処理、情報通信サービス、ソフトウェア開発・販売等を目的とする株式会社であり、自動車関連事業を営んでいました。原告(労働者)は、平成21年9月1日、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結しました。原告は平成22年10月に脳梗塞に罹患して左半身片麻痺となりましたが勤務を継続し、平成31年2月より別勤務地へ異動後、令和元年11月に左足骨折により一時休職・復職していました。
2 休職命令に至る経緯
原告は令和2年6月1日に左足の手術のため入院し、同年7月30日に退院しました。被告は原告の欠勤に対し年次有給休暇を充当しましたが不足したため傷病欠勤とし、欠勤が40日を超えたことから、就業規則に基づき、令和2年8月22日付けで休職命令を発しました。原告の勤続年数に基づく休職期間は24か月でした。
3 復職申請と申出内容
原告は令和2年11月5日に身体障害者2種6級の認定を受け、同月26日に主治医より「患部は改善傾向にあるが長時間の歩行や満員電車での通勤は困難。受傷前は通勤できたため回復時間をもうければ通勤できる見込みが高い。数百メートルは歩けるため復職の可否は職場の判断」という旨の診断書(本件診断書)の交付を受けました。原告は令和2年12月7日、本件診断書を提出して復職を申し出ました。原告は、コロナ禍において以前実施していたリモートワーク(在宅勤務)を主体としてオフィスへの出勤時には自動車による通勤を認めてもらうよう求めました。
4 原告の請求内容
被告が原告の求めた時期に復職を認めず、令和3年9月14日になってから電車通勤を前提として復職を認めたため、原告は在宅勤務および自動車通勤を認めていれば「令和2年12月7日時点で従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復しており、休職事由は消滅していた」と主張しました。その上で、復職が遅れた令和2年12月7日から令和3年9月13日までの期間について、民法536条2項に基づき、未払賃金相当額384万3535円および遅延損害金の支払を求めて提訴しました。
Ⅱ 争点
本件の主要な争点は、令和2年12月7日時点で、原告の休職事由が消滅していたか否か(原告が労働契約の本旨に従った履行の提供をできる状態にあったか否か)です。具体的には以下の点に集約されます。
1 在宅勤務規程の適用要件充足性
原告は在宅勤務規程3条1項に定める「自己管理、時間管理ができる者」(2号)および「上司が認めた在宅勤務可能な業務が実施できる者」(3号)の要件を満たし、在宅勤務での労務提供が可能であったといえるか。
2 合理的配慮と通勤方法(出社可能性)の判断
在宅勤務対象者に該当しない場合において、休職事由消滅の判断基準として「出社可能であること」が必要か。また、被告が自動車通勤を禁止していること、および電車通勤不可の状態で出社を求めることが、障害者に対する合理的配慮の観点から不合理といえるか。
Ⅲ 判決のポイント
裁判所は、原告の請求を全面的に棄却しました。判断の骨子は以下のとおりです。
1 休職事由消滅の一般的判断基準
職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合、休職事由の消滅が認められるためには、労働者が労働契約の本旨に従った履行の提供ができる状態になる必要があり、原則として従前の職務を通常程度に行える健康状態になるか、当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常程度に行える健康状態になることが必要となります(最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
2 在宅勤務規程の要件不充足
裁判所は、原告の過去の勤務態度や業務遂行能力を詳細に検討しました。
- 異動前にクライアント会議で急に声を上げ机を叩くトラブルを起こしていたこと
- 異動後のIPアドレス払出し業務において数か月間で15件のミスを発生させていたこと
- 同僚とトラブルを起こしていたこと
- 指示を受けていない業務(改善報告書)を作成し上司のレビューを経ずに役員に送信したこと
- 人事評価が一番低い「E」評価であったこと
以上の事実から、裁判所は、原告が「自己管理や時間管理ができる者」および「上司が認めた在宅勤務可能な業務が実施できる者」との規程要件を満たしていなかったと認定しました。過去の緊急事態宣言下でのリモートワークは「緊急事態時」の例外措置に過ぎず、復職後の在宅勤務継続も障害者への合理的配慮として特例的に実施されたものに過ぎないとされました。
3 出社可能性および自動車通勤禁止の合理性
在宅勤務対象者に該当しない以上、休職事由消滅には「出社できる状態」にあることが必要です。本件診断書上、公共交通機関(電車)での通勤は困難とされており、令和2年12月7日時点で電車通勤は困難でした。また、被告が自動車関連事業を営み、過労や事故防止のため全社的に自動車通勤を禁止している方針は不合理とはいえず、原告が足に傷病を抱えていることから事故リスクを慮ることも不合理とはいえないとされ、被告側が通勤ラッシュの時間帯を避けた時短勤務の許可等の配慮する姿勢を示していたことも踏まえれば、障害者に対する合理的配慮の観点からみても、被告の対応や自動車通勤禁止措置は不合理とはいえないと判断されました。
4 結論
原告は配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができるとはいえず、令和2年12月7日時点で休職事由が消滅していたとは認められないと判断されました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
1 在宅勤務規程の要件整備と運用明確化
近年、在宅勤務が普及していますが、「在宅勤務ができること」と「傷病休職からの復職(休職事由消滅)」の関係が問題となるケースが増加しています。本判決は、在宅勤務規程において「自己管理能力」や「上司の承認」といった客観的・主観的要件を明確に定めておくことの重要性を示しています。単にコロナ禍等で一時的に在宅勤務を行っていた事実があっても、それが制度上の原則的な要件を満たしていることにはならないと整理された点は、使用者側実務において極めて有用です。
2 人事評価・勤務態度の記録・証拠化
会社側が「在宅勤務の要件を満たさない」あるいは「職務遂行能力が不十分である」と主張する際、過去の日常的な業務ミス、トラブル、指示違反、人事評価結果(本件では最低評価E)などの具体的な記録が裁判所の判断を大きく左右しました。本判決を参考に、会社としては、問題社員やメンタル・傷病休職者に対する日頃の指導履歴や評価記録を客観的な記録に残しておくべきでしょう。
3 障害者配慮と安全配慮義務(通勤手段)の調和
障害や傷病を有する従業員から「自動車通勤」や「完全在宅勤務」の合理的配慮を求められた場合、会社は無条件に応じる義務までは負いません。障害者雇用促進法に基づく合理的配慮についても、過重な負担が生じる場合については適用が除外されています。
全社的な安全管理方針(自動車通勤禁止)や事業特性、通勤事故リスクの評価に合理的理由があり、かつ会社側が時差出勤等の代替的な配慮案を提案して協議を行っているプロセスが存在すれば、会社の対応の正当性が認められやすくなります。復職に関する協議においては、労働者の要求を単に拒絶するのではなく、可能な配慮案を提示し対話した実績を残すことが要となります。
4 復職判断における主治医・産業医連携と協議プロセス
本件では、主治医診断書において「復職の可否は職場の判断」と曖昧な記載がなされていました。会社は産業医面談やメールでの意思確認(時差出勤の提案、原告が用意した電動車椅子による通勤の検討等)を段階的に重ねて復職を模索しており、こうした丁寧なプロセスの存在が、会社側に不利な判断を回避できた要因といえます。
以上より、復職申出があった際に即座に拒絶するのではなく、産業医を活用した事実確認と段階的な環境調整プロセスを設計することが実務上肝要です。
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