精神疾患を有している労働者に対する転勤命令の際に注意すべき点~東京地裁平成27年7月15日判決~ニューズレター 2018.2.vol.74

Ⅰ 事案の概要

本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXが精神疾患(反応性抑うつ状態、不眠症)に罹患し、その後転勤命令を受け転勤が原因となってXがなした退職の意思表示について、Xに対する転勤命令が無効であることを前提に、 Y社に対し、①上記労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、②労働契約が有効であることを前提とした賃金の支払を求め、さらに、③Y社がXに対して行った配転命令等が安全配慮義務違反に当たるとして、債務不履行責任に基づき、慰謝料の支払を求めた事案である。

Ⅱ  判決のポイント

1.配転命令の有効性

(1)本件は、Xから Y社に対する退職を争う前提として、Y社のXに対する転勤命令の有効性について判断することとなった。

(2)配転命令の有効性の判断枠組み

配転命令の有効性の判断をするにあたっては、①当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存するか、②当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであること、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるかによって、判断される(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁)。

(3)精神疾患を有する労働者の場合の特殊性 精神疾患を有する者に対する転勤命令は、主治医等の専門医の意見を踏まえた上で、当該精神疾患を増悪させるおそれが低いといえる場合のほか、増悪させないために現部署から異動させるべき必要があるとか、環境変化による増悪のおそれを踏まえてもなお異動させるべき業務上の理由があるなど、健常者の異動と比較して高い必要性が求められ、また、労働者が受ける不利益の程度を評価するに当たっても上記のおそれや意見等を踏まえて一層慎重な配慮を要すると判断された。

(4)本件配転によって被る労働者の不利益及び配転命令をする業務上の必要性

  • ①賃金等の雇用条件が変動するわけではない

  • ②従来通勤時間が片道約1時間であったところ、片道2時間半程度と通勤時間が増えてしまった。そして、健常者であっても片道2時間以上の通勤を続けることは一定以上の大きな負担を受けるものであるところ、Xは精神疾患等による欠勤から明けたばかりで心身の状態も芳しいものではなかったのであるから、長時間通勤を経て就労させることは酷な面があり、その疾患等に与える影響も軽視できないため、不利益は大きい。

  • ③当該労働者の有する精神疾患との関係では、転勤を要すべき状況にはなかった。

(5)結論

以上より、本件配転命令は、精神疾患に罹患していた原告との関係では、業務上の必要性が認められないか、あったとしても非常に弱いものであり、環境変化や通勤時間の大幅な長時間化等がXの心身や疾患に悪影響を与えるおそれも否定できないものであって、その負担・不利益も大きい。

2.安全配慮義務違反

(1)本件は、Xの事情を考慮しない配転命令をしたこと自体をもって、安全配慮義務に反するかが争点となった。

(2)判断枠組み

一般に、転勤は、勤務場所のほか、仕事の内容や対人関係等あらゆる面で変化を伴うものであり、転勤を命じられた者に一定の心理的負荷を生じさせるものであるから、転勤を命ずる使用者としては、これを踏まえた上で労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべきである。 とりわけ、精神疾患による欠勤ないし休職から復帰した労働者を転勤させるに当たっては、環境変化それ自体が当該疾患を悪化、再発させるおそれもあることから、たとえ転勤を命ずべき業務上の必要性が一定程度ある場合でも、当該労働者の意向のほか、主治医等の専門医の意見も踏まえて当該転勤の適否を一層慎重に検討し、当該労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を前記安全配慮義務ないし保護義務の一内容として負う。

(3)本件における特殊事情とその評価

  • ①Y社は、配転命令の決定にあたり、Xから提出された診断書のみ依拠し、Xの主治医等の専門医の意見やXの意向等も聴取していない。

  • ②精神疾患においては環境変化それ自体が病状を悪化、再発させるおそれがあるものであるから、単に職場を異動させることがXの疾病との関係で医学的に妥当な判断とはいえず、だからこそ主治医等の専門医の意見を聴取する必要がある。

  • ③転勤先の業務内容の方が単純で、ノルマ等もないものであるとしても、従事する業務の内容が変更されること自体が病状悪化の誘因にもなり得るものであり、単に業務内容を単純化、平易化することがストレスを減少させるものではないから、X が罹患した精神疾患の原因がいかなるものであり、業務上の配慮としていかなる措置をとることが有益であるか専門医の意見を聞き、また、転勤に対する労働者本人の意向を聞くことが重要になる。

(4)結論

以上から、Y社がXから提出された診断書のみ依拠し、主治医等の専門医の意見やXの意向等も聴取せず配転命令をなし たことは、安全配慮義務違反となる(慰謝料30万円を認容)。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

一般的に、労働者に対して配転命令をする場合でも、無制限に命じられるわけではなく、業務上の必要性や不当な目的がないことや当該労働者に通常以上の不利益が生じないことなどの制約があります。

これに対して、本判決は、精神的疾患を有する労働者に対する、配転命令等の有効性を判断するにあたっては、精神的疾患を有しない患者と比較して、より慎重な判断が要求されます。

具体的な判断材料として、当該労働者からの事情聴取を十分にし、当該労働者の精神疾患に関する診断書を参考にするのは言うまでもないですが、さらに当該労働者の主治医に対しても意見を聴取することまでするなど相当な判断資料に基づいて慎重に判断する必要があります。

そして、そのような慎重な判断に基づかず配転命令をした場合、当該配転命令が無効と判断されるだけでなく、そのような配転命令をしたこと自体が安全配慮義務違反を構成し債務不履行責任を負うリスクがあります。

したがって、精神的に疾患を有している労働者に配転命令をする場合には、上記のようなリスクを踏まえて、当該労働者と十分に協議のうえで業務上の判断をする必要があります。

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