残業手当の支払と固定残業代該当性~最高裁判所第一小法廷平成30年7月19日判決~ニューズレター 2019.7.vol.91

Ⅰ 事案の概要

保険調剤薬局の運営を主たる業務とするY社に雇用され、薬局において、薬剤師として勤務していたXが、Y社に対し、時間外労働、休日労働及び深夜労働(以下、「時間外労働等」といいます)に対する賃金並びに付加金等の支払いを求めた事案です。

XとY社との間で、平成24年11月10日に、締結した雇用契約は、就業時間は休憩時間を除き1日8時間または4時間で週40時間、日曜日及び祝日等を休日とし、賃金は基本給46万1500円、業務手当10万1000円とする内容でした。

雇用契約書には、賃金について「月額562、500円(残業手当含む)」「給与明細書表示(月額給与461、500円 業務手当101、000円)」との記載があり、採用条件確認書には、「月額給与 461、500」「業務手当 101、000 みなし時間外手当」「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載がありました。また、Y社の賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載がありました。

その他、Y社とX以外の従業員との間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載があり、また、「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載がありました。

Y社は、タイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していましたが、タイムカードに打刻されるのは出勤時刻と退勤時刻のみでした。Xは、平成25年2月3日以降は、休憩時間に30分間業務に従事していましたが、これについてはタイムカードによる管理がされておらず、Y社がXに交付した毎月の給与支給明細書には、時間外労働時間や時給単価を記載する欄がありましたが、これらの欄はほぼ全ての月において空欄であり、労働時間管理にずさんな点がありました。

Xは、業務手当はみなし時間外手当の要件を満たさず無効であり、業務手当も基礎賃金に含まれると主張し、訴えを起こしました。

本件では、XとY社の間の雇用契約における固定残業代の定めの有無及びその有効性が主な争点となりました。

Ⅱ  判決のポイント

1 二審判決

一審では、業務手当が固定残業代として認められましたが、二審では、「いわゆる定額残業代の仕組みは、定額以上の残業代の不払の原因となり、長時間労働による労働者の健康状態の悪化の要因ともなるのであって、安易にこれを認めることは、労働関係法令の趣旨を損なうこととなり適切でない」ため、①定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその発生の事実を労働者が認識して直ちに支払を請求できる仕組み(発生していない場合には発生していないことを労働者が認識できる仕組み)が備わっており、②これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されており、③基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限り、定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができると解される」という厳格な判断を示しました。

その上で、本件では、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかがXに伝えられていないこと、昼間2時間半の休憩時間の中の時間外労働の有無の管理がないこと、Xの時間外労働の月額合計額等が誠実に伝えられていないため、定額の業務手当を上回る金額の時間外手当が発生しているかどうかをXが認識することができないとして、業務手当の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことはできないと判断しました。

これを受けて、Y社が上告しました。

2 本判決

本判決は、労働基準法37条の趣旨が、時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、割増賃金の支払いにより時間外労働等を抑制し、労働者への補償を行おうとするものであることを確認した上で、同条は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを求めているにとどまると判断しました。

そして、雇用契約においてある手当が、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとして、具体的な判断要素を挙げるとともに、第二審が示したような厳格な判断が必須ではないとして、第二審の判断を覆しました。

本件においては、①雇用契約書及び採用条件確認書並びに賃金規程、X以外の各従業員とY社との間での確認書の記載から、Y社の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたことや、②Xに支払われた業務手当は、1か月の平均所定労働時間数からすると約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、実際の時間外労働等の状況と大きな乖離がないことを指摘して、Y社の業務手当の支払いは、時間外労働等に対する賃金の支払いとみることができるとの結論を導き出しました。

その結果、労働基準法37条の割増賃金が支払われたということはできないとした原審の判断に誤りがあるとして、支払われるべき賃金の額等を認定させるため原審に差し戻しました。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は、Xに支払われていた業務手当が、いわゆるみなし残業手当(定額残業代)として有効か否かが争われた事案です。

このような定額残業代が問題となる紛争は、近年増加していることもあり、その判断枠組みについては、判例が蓄積されています。

従前の裁判所は、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払う方法(定額残業代制や固定残業代制)を、直ちに労働基準法37条違反とする立場ではないものの、①明確区分性の要件(通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別できること)、と、②金額適正性の要件(判別されたところの割増賃金に当たる部分の金額は同条等により算定されるところの金額以上であること)の二つを充足することを求めていました。

第二審判決を下した東京高裁は、使用者の労働時間管理にずさんな点があった点も視野に入れつつ、従前の最高裁が出していた判断基準を超える水準(定額残業代を上回る時間外手当が法律上発生した場合に労働者がその事実を認識して直ちに請求できる仕組みを構築し、それを使用者が誠実に実行していること)を使用者側に求める形で、使用者側を敗訴させました。この東京高裁判決は、従前の最高裁の判断基準よりも、使用者にとって厳しい要件を課したことで注目されていました。

そのような東京高裁の立場を明確に否定したのが本判決の立場であり、従前どおりの判断基準に基づいて判断されるべきことを改めて打ち出したことになります。

また、第二審と本判決においては、本件における業務手当が定額残業代として何時間分の時間外労働に対応したものなのかが、Xに示されていたか、示されていなかったとしてそれをどのように評価するか、という点において、判断が分かれています。

第二審においては、業務手当の相当時間数がXには伝えられていないことを問題視としていましたが、本判決においては、Y社の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということ及び逆算可能であるという程度で固定残業代と認めています。

業務手当の相当時間数が Xに伝えられていなかった場合には、明確区分性の要件(通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別できること)を充足しない可能性もありました。しかしながら、最高裁は、1か月の平均所定労働時間数から約28時間分と逆算可能であり、これがXの行っていた時間外労働と大きな乖離がないことに言及した上で、「業務手当」が時間外労働等に対する対価としての支払いとして有効か否かを判断しています。

本件のように固定残業代制を採用する場合には、手当が、時間外労働に対する対価としての支払いであることを労働者に明らかにした上で、現実の時間外労働等の状況と乖離していない程度であり、かつ、少なくとも相当時間数を逆算可能であるか等について、留意する必要があります。

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