精神障害発病の業務起因性とパワハラの存否~大阪地裁平成30年10月24日判決~ニューズレター 2020.1.vol.97

Ⅰ 事案の概要

本件は、貨物自動車運送業や倉庫業等を目的とするY社の物流事務所に勤務していた従業員Xが、上司Aから受けたパワハラ行為のために精神障害を発病し、休業するに至ったと主張し、労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付の支給を求めた事案です(結論:労災として認定すべきとして、不支給処分取消し)。

Ⅱ 本判決の内容

1 本件の争点

Xの精神障害が、上司Aから怒鳴られるなどのパワハラ行為に起因するものであるか否かという点(精神障害の業務起因性)が、主な争点となりました。

2 裁判所の判断

(1)裁判所は、他の従業員の証人尋問等の証拠調べの結果を踏まえて、上司A(男性、当時45歳前後、身長約180cm、体重約90kg)が、Y社の業務に関して、以下の行為をしたという事実を認定しました。

  • ア X(平成22年7月20日勤務開始、男性、当時24ないし25歳、身長158.1cm、体重47.5kg)に対し、業務上の指導をほとんどしなかったこと。

  • イ Xに対し、ほぼ毎日のように、「こんなこともできないのか。」「やる気がないなら帰れ。」などと怒鳴っていたこと。

  • ウ Xを安全靴で蹴ったり、30cmないし50cmの定規で音が出るほど机を叩いたり、叱責した際に県外へ行くよう命じたりしたことがあったこと。

  • エ Xの胸倉をつかんだため、他の従業員から制止されたことが2回あったこと。

(2)また、裁判所は、Xの精神障害について、平成23年6月頃、胃痛、食欲不振、不眠などの身体症状及び希死念慮などの言動が現れており、適応障害を発病していた上、その症状が寛解することなく6か月以上経過した時点で、うつ病エピソードに移行したものと認定しました。

(3)そして、裁判所は、①精神障害の業務起因性の判断については、厚生労働省が平成23年12月に策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準」を参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考慮して行うのが相当であるところ、②上司Aの言動による心理的負荷は、Xとの年齢差や体格差を考慮すると、客観的に見て、精神障害を発病させるおそれのある程度に強度であったと認めるのが相当であり、③他方で、Xが業務以外の心理的負荷及び個体側要因によって精神障害を発病したとは認められない、と判断しました。

(4)裁判所は、前記⑴ないし⑶を踏まえた結論として、Xの業務と精神障害の発病(発病時は適応障害で、その後うつ病エピソードに移行したもの)との間には、相当因果関係(業務起因性)があると認めるのが相当である、と判断しました。

Ⅲ 本判決のポイント

1 厚生労働省の平成23年12月26日付け「心理的負荷による精神障害の認定基準」は、労働基準監督署の調査において用いられるべき行政通達であり、そもそも裁判所を拘束する法的効力はない上、本件はその策定より前に発生した事案でした。

しかしながら、本判決は、前記Ⅱの2⑶①のとおり、裁判所が精神障害の業務起因性を判断する際にも「心理的負荷による精神障害の認定基準」を参考にする旨を、明確に示しました。

2 さらに、本判決は、個別具体的な事情を総合的に考慮すべきであるとして、前記Ⅱの2⑴⑵のとおり、証拠調べの結果を踏まえて、上司Aの言動及びXの精神障害の発病時期について、詳細な事実認定を行いました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意点

1 一般的に、労働基準監督署は、精神障害の労災認定について、行政通達である「心理的負荷による精神障害の認定基準」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf参照)に基づいて判断を行っており、特に、別表1「業務による心理的負荷評価表」に該当する事実の有無を重視します。

これは、精神障害について、外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)と、そのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病に至るとの考え方(ストレス―脆弱性理論)を背景とした上、仕事によるストレスの具体的類型が、別表1に示されていることによるものです。

2 本件の場合、前記Ⅱの2⑴のとおり、上司Aによるパワハラ行為が認定されており、これが別表1の「29 (ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」に該当するものとして、その心理的負荷が大きかったと評価されました。

なお、一般的には、別表1に該当する出来事のうち、「15 仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」か否か、「16 1か月に80時間以上の時間外労働を行った」か否か、「29 (ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」か否か、「30 上司とのトラブルがあった」か否かなどの類型については、これらの出来事の有無が特に問題とされやすいと考えられます。

3 「心理的負荷による精神障害の認定基準」は、行政通達にすぎず、裁判所を拘束する法的効力を有しませんが、本判決は、「精神医学、心理学及び法律学等の専門家により作成された平成23年報告書に基づき、上記医学的専門的知見を踏まえて策定されたものであって、その作成経緯及び内容等に照らしても合理性を有するものと認められる。」と肯定的に評価しています。

他の労災認定に係る訴訟においても同様の判断は広がっており、今後の訴訟においても、本件と同様に「心理的負荷による精神障害の認定基準」が重視されることが見込まれますので、労災認定の実務上、その重要性は高いといえます。

4 ところで、厚生労働省が開催した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が平成24年3月に取りまとめた「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」には、パワハラ行為の6類型が示されているところ、その1番目が「暴行・傷害(身体的な攻撃)」という類型であり、かかる行為は、業務の遂行に関係するものであっても「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない、と明示されており、同様の見解は、今般制定が予定されている「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針」の素案においても維持されています。

本件の上司Aによるパワハラ行為は、前記Ⅱの2⑴のとおり、Xを安全靴で蹴ったり、胸倉をつかむなどの行為までも含んでおり、「暴行・傷害(身体的な攻撃)」に該当するといわざるを得ませんので、心理的負荷が大きいと評価されやすい事案だったと考えられます。

5 今後、業務上の心理的負荷によって従業員に精神障害が発生することを防止するためには、厚生労働省ウェブサイトに掲載された「心理的負荷による精神障害の認定基準」の別表1を参考にしつつ、適正な職場環境及び労働環境を保持することが望ましいと考えられます。

執筆弁護士
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