監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「給与は一度上げたらなかなか下げられない」というのはよく聞くかもしれません。では、賞与についてはどうでしょうか?
「賞与の支給額は会社の判断で自由に決めていいだろう」とお考えかもしれません。しかし、残念ながらこれは半分正解、半分不正解です。賞与の規定内容によっては不正解になる可能性すらあります。
会社の業績や、労働者の勤務態度によって賞与を減額したいと考えることは当然のことです。しかし、その減額が法的に問題とならないようルールの整備はされているでしょうか?不当な査定によって賞与を減額していた場合には、無効となる可能性もあります。不当査定とならないよう賞与の減額や不支給についてのルールを確認していきましょう。
目次
賞与の減額・不支給が違法かどうかは就業規則等の規定による
賞与についてのルールは多くの会社で就業規則に明記されています。会社が減額や不支給とできる内容になっているのか確認しましょう。
もし「毎年6月と12月の年2回支給する。支給額は1回の支給につき基本給1ヶ月分とする。」等と記載されていた場合、賞与額の計算方法が明確に定まっているので会社の裁量を入れる余地がありません。このような規定が定められていた場合に、賞与を減額や不支給にすると違法となるおそれが高いと考えられます。
では、「賞与は会社の業績及び社員の勤務成績等を勘案して支給する。ただし、会社の業績や社員の勤務成績等によっては支給しないことがある」と定められていた場合はどうでしょうか。業績や勤務成績等の結果をどう賞与額に反映させるかは、会社の裁量によって決まるというルールになっています。
この場合であれば、賞与の減額や不支給があっても、それが正しい評価の反映であれば適法となります。
賞与の査定に関する法律上のルール
まず、賞与の支給額について会社が法的に裁量をもつためには、前述のような規定を就業規則に記載することが必要です。また、記載するだけでは足りず、労働者へ規則を周知しなければ法的効力が発生しない点にも注意しましょう。
賞与の査定については「〇〇の方法で行うように」といった法律上の決まりはありません。査定方法は会社が独自で定めることになります。
事情に応じて査定方法や基準を変えることも可能です。ただし、方法や基準を変更する場合は、変更の半年~1年前には労働者へ説明しておくようにしましょう。労働者が達成すべき目標を事前に理解しておく期間がなければ十分な能力の発揮ができず、正しい査定結果とは認められないからです。
また、査定結果の理由を労働者に説明できるようにしておく必要があります。この点は、同一労働同一賃金の観点からも重要といえます。評価者の「なんとなく」で査定することは不当査定に繋がり得ると考えておきましょう。賞与の査定についてのルールを定め、評価者全員がそのルールに則って正しく査定することが重要です。
賞与は恩給的なものなのに、ルールや説明が必要というのは不思議に思うかもしれません。しかし、賞与を支給すると規定した以上は会社と労働者の約束事となりますので、会社が「自由」に決められるのではなく、「裁量」をもつことができるのだと理解しておきましょう。
賞与についての詳細は下記ページをご参照下さい。
賞与の不当査定に該当するケースとは?
賞与について「会社の業績や社員の成績等によって変動することがある」と定めていれば、査定の結果として減額等を行うことは可能です。しかし、あくまで正しく査定を行っていることが前提となりますので、以下のような場合には不当査定であるとして、減額等の対応が違法になる可能性があります。
- 査定の対象となる事実の認識に誤りがある
- 事実の評価を合理的に説明できない
- 会社の査定ルールに則らずに行った評価
賞与の不当査定をした場合の企業リスク
会社は賞与について裁量をもつことができますが、完全に自由に判断できるわけではありません。ルールを遵守した評価をおこなわず、不当査定となった場合には会社の裁量を逸脱・濫用したものとして労働者への不法行為と認定される可能性があります。
不法行為であるとされれば損害賠償の対象となりますので、本来であれば得られたであろう賞与額の未払分など金銭的負担が発生することになります。しかし、支払えば終わりという問題ではありません。
賞与を労働者のモチベーション向上のために導入する会社は多いでしょう。しかし、その賞与を決定する査定システムが正常に機能していないと社内の労働者へ露呈してしまうことになれば、査定結果への信頼は失墜してしまいます。
努力しても正しく評価してもらえないのかとなれば、社内全体のモチベーション低下や離職に繋がる可能性もありますので、不当査定によるリスクは非常に高いと考えておくべきです。
賞与査定と不当査定にならないためのポイント
賞与を一律支給の制度とすれば不当査定の問題は発生しません。しかし、会社の業績は常に安定が保障されているわけではありませんし、頑張っている労働者とさぼりがちな労働者に同じ賞与額を支給するのは抵抗があるといった事情もあるでしょう。賞与は人件費を調整する役割もあるため固定化してしまうと経営面からも不都合があるかもしれません。
では、賞与の支給額を査定によって決定するにあたり、不当査定とならないためにはどのような点に気をつけるべきなのかポイントを解説していきます。
適切な査定方法で賞与額を決定する
査定方法については明確にルールを定めておくべきです。
評価対象とすべき勤務中の態度や能力、貢献度などの査定基準を設け、査定期間を設定するようにしましょう。評価者によって査定結果が変わってしまうような曖昧な要素はできるだけ無くしておくのが望ましいと考えられます。
また、査定期間外に起こした問題行為を反映させると不当査定となる可能性がありますので、査定期間内の行動に限って評価する意識も大切です。
賞与査定における3つの基準とは?
賞与の計算に「基本給×〇ヶ月×評価係数」という計算式を用いている会社も多いと思います。査定においてどのような基準や項目を設けるのかは会社の事情にあわせて行うべきですが、一般的には以下の3つの基準を設定し、それぞれの評価結果から評価係数として反映させる方法が多くなっています。
- ① 業績評価
- ② 能力評価
- ③ 行動評価
①は査定期間中の目標値をどの程度クリアしたのかによって評価します。目標値は本人が決めるのではなく上司と相談して設定することが多く、査定期間中に設定値の変更をすることもあります。目標に対する達成度だけでなく、目標に向けた行動(チーム内での協力体制の構築等)も評価対象とすることがあります。
②は仕事に関連した個人の業務遂行能力やスキルを評価します。また能力向上のための資格取得や外部セミナー参加といった自主性を反映することもあります。
③は勤務態度やコミュニケーション能力など、①、②に反映できない労働者の日頃の業務に取り組む行動を評価します。遅刻欠勤の有無なども自己管理の一貫として評価対象にすることがあります。
会社が定めておくべき賞与の支給基準についての詳細は以下のページよりご確認下さい。
労働者に査定理由を説明できるようにしておく
査定結果を労働者に説明できる体制を作っておくと不当査定となる可能性も低くなるでしょう。もちろん合理的な理由に基づいた査定結果であることが前提です。
好き嫌いで判断しているのではないかと言われないよう、各基準項目でどういった判断を行ったか説明できるよう準備しておきましょう。もし労働者の問題行動が理由で減額をしているのであれば、その事実関係をしっかり調査し、調査内容を書面等で残しておくことも大切です。
賞与面談をルールとして標準化しておくのも有効でしょう。査定理由を説明できるようにしておくことは不当査定を防ぐ手段でもありますが、同時に労働者に現状の良い点・不足している点を明確に伝えられれば社員教育にも繋がります。
賞与査定について就業規則を見直す
賞与査定を行うにはまず就業規則を見直しましょう。
就業規則の規定は、査定によって賞与額を支給するための根拠となる重要なものです。一律支給の規定となっていないか、会社に裁量があるとされているのか、もしくはどちらともとれるような曖昧な表現となっていないかなど、規定内容を確認しましょう。現状の体制と合っていないのであれば改定が必要です。
減額だけでなく不支給についても盛り込むのであれば「賞与を支給しない場合がある」といった文言も必要です。就業規則は法的拘束力をもちますので、見直しは弁護士からのアドバイスを踏まえて行う方が良いでしょう。
【ケース別】賞与を減額・不支給とする際の注意点
就業規則の規定を見直し、査定についてのルールや基準を明確にすれば不当査定となる可能性はかなり低くなるでしょう。ただし、賞与を減額や不支給にする事が多い以下のケースについては、体制作り・運用面以外にも注意点がありますので確認しておきましょう。
賞与の減額については以下のページをご確認下さい。
労働者の能力不足や問題行為を理由とする場合
労働者の能力不足や問題行為を理由として賞与の減額を行う場合は、その問題点について明確にしておくのが有益です。能力不足が理由なのであれば、注意をした上で指導票を作成しましょう。
指導を試みたが改善されなかったことが減額の理由である場合、指導票があれば理由を明確に説明できます。ただし、異動直後の作業効率などを理由にする場合は注意が必要です。
異動から間もない時期は、労働者が仕事に慣れておらず本来の能力を発揮できない状況にあるにもかかわらず、その点を考慮しないで賞与の減額を行うと、不公平であり不当査定だと判断されることがあります(キムラフーズ事件)。
問題行為についても注意の上、顛末書を提出させて指導を行うなどを徹底していれば、減額査定であっても本人の理解も得られやすいでしょう。ただし、問題行為については事実関係について十分調査をしておきましょう。本人だけでなく第三者からも事情を聞いて把握しておくなど事実認定の正確性が担保されていなければ問題行為に対する減額が認められない可能性があります(プロッズ事件)。
産休・育休の取得を理由とする場合
産休・育休取得者の賞与減額については以下の点について理解しておきましょう。
① 賞与支給日に産休・育休に入っていたとしても、査定期間中に出勤している期間があれば、賞与を不支給とすることは違法です。産休・育休期間中は出勤こそしていませんが、在籍しているので賞与支給の対象者となる点について注意しておきましょう。
② 賞与の支給条件に出勤率を導入している場合、産休・育休を欠勤とみなして出勤率を算定し、不支給とすることは違法です。これは産休・育休の取得を実質的に阻害していることになり、育児介護休業法や男女雇用機会均等法に定める不利益な取扱いになり得ます。
③ 査定期間中の産休・育休取得期間を考慮し、実際の出勤日数に応じた減額をすることは問題ありません。この点はノーワーク・ノーペイの原則に基づきます。
退職日予定者の賞与の減額・不支給について
賞与は一定期間についての労務の対価であり、また将来の労務提供を奨励する趣旨が含まれています。退職予定者についてはこの将来についての趣旨がなくなるため、引き続き勤務する他の労働者と比較して減額することには合理性があります。
しかし、不支給や大幅な減額についてはこれまでの労働対価の趣旨が反映されておらず違法となる可能性もあります。退職予定者についての賞与減額は2割が妥当と判断した裁判例もありますので、この割合を目安にしておくと良いでしょう。
ただし、年俸制を導入し、年俸額の一部として支給している賞与の場合は事情が異なります。あらかじめ確定されている金額であるため、退職予定者であっても賞与を減額とすることはできず、決められた金額の賞与を満額支給する必要があります。
また、賞与の支給日に在籍していることを支給条件としている規定もありますが、退職予定者はあくまで退職「予定」です。もし有休消化等で実際に出勤はしていなくても、在籍はしているので支給の対象外とすることはできません。
賞与の支給日在籍要件についての詳細は以下のページからご確認下さい。
賞与査定が不当査定と判断された裁判例
賞与には成果を出した労働者への労いといった趣旨がある反面、問題を起こした労働者に対しては減額によって、他の労働者との査定差を明確にする意味合いもあります。
しかし、減額理由である問題行為についてはどの程度説明できなければならないのでしょうか。減額査定の根拠となった事実を説明できなかったため不当査定とされた裁判例をご紹介します。
事件の概要
商業デザインの企画等を行うY社でグラフィック・デザイナーとして勤務していたXは、Xの担当業務においてパンフレットの誤植ミスを4回発生させ、再印刷という事態を引き起こしたとして冬期賞与・夏期賞与ともに減額の査定を受けました。
Y社は誤植による刷り直しの損害を発生させた事実を減額の根拠として説明しましたが、Xは自身が担当しない業務のミスも含まれており、かつ連日深夜残業が発生し過酷な労働環境であったことからY社の管理体制の不備から発生したミスでもあるとし、減額の査定は人事権の濫用であるとして訴えました。
裁判所の判断
(平成19年(ワ)第11816号・平成24年12月27日・東京地方裁判所・第一審・プロッズ事件)
減額査定の根拠となった誤植ミスが発生したという事実は証明されたものの、裁判所は、Xが具体的にどのように関与し、Y社に生じた損害(再印刷代等)にどの程度影響したのかは不明であると判断し、減額の査定が認定されず不当査定となりました。
結果、減額された賞与額は不適当であり、他の労働者の平均賞与額と同額が支払われるべきであるとして、Y社はXに対し差額の47万円を損害賠償金として支払うよう命じられました。
ポイント・解説
労働者が起こした問題行為を根拠として他の労働者よりも低く査定する場合は、査定の理由を合理的に説明できるようにしておかなければなりません。
発生した問題の結果だけで判断するのはリスクとなる点がこの裁判例からわかります。問題行為の認定については本人や関係者など多方面からヒアリング調査を行い、対象労働者がどのように関与していたのか正確に把握するよう努めましょう。
本事案のように、本人だけでなく会社の管理体制の不備や第三者の影響によって問題が生じる可能性もあります。また、問題行為があったときには上司が口頭で注意するだけでなく、指導票などで行為の内容やどのような指導をしたのか等を記録しておくことも大切です。
賞与も給与と同じく労働者の生活の基盤となるため、減額するという不利益について会社は十分理解しておくべきでしょう。やむを得ず賞与の減額という査定結果であっても、労働者へ丁寧に説明し納得が得られる体制作りをしておくことがトラブル防止に繋がります。
賞与査定に関する労使トラブルを防ぐために弁護士がアドバイスいたします。
不当査定とならないようにするには就業規則の整備やルール作り等の体制面も必要ですが、運用面では評価者である管理職の教育も重要です。
本稿では解説しておりませんが、管理職だから、と評価者に任命してもどのような基準で部下を見る必要があるのか日頃から意識させることは難しいでしょう。評価する基準のポイントや単なる好き嫌いで評価すると不当査定になる可能性があるなど研修を行って、管理職を評価者として教育する必要があります。
弁護士であれば整備から運用面まで様々なアドバイスや研修の対応が可能です。労働者のモチベーション向上のために導入した賞与査定がトラブルの種にならないよう、疑問点等があれば早めに弁護士へご相談下さい。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士谷川 聖治
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある