懲戒解雇で退職金はどうなる?減額・不支給にすると違法なのか?

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

懲戒解雇は最も重い処分のため、退職金を支払うべきか悩むことも多いでしょう。
しかし、仮に懲戒解雇が就業規則の「不支給事由」に該当しても、退職金の不支給は認められないことが多いです。退職金の不支給が認められるのは、労働者が極めて悪質な行為を行ったなど重大なケースに限られるため注意が必要です。

本記事では、退職金の不支給や減額が認められる要件、就業規則の定め方、注意点などを詳しく解説していきます。

懲戒解雇時に退職金を支払う義務はあるのか?

労働者を懲戒解雇した場合も、基本的に退職金の支払いは必要です。これは、退職金には以下3つの性質があるためです。

賃金後払いの性格 一定年数勤続した対価として支払うもの
功労報償的性格 会社に貢献してきた成果に対して支払うもの
生活保障的性格 退職後の生活費を補填するために支払うもの

そのため、懲戒解雇がよほど悪質な行為によるものでない限り、退職金の支払いは必要となるのが一般的です。実際の裁判でも、懲戒解雇した者にも一定の退職金を支払うよう命じられるケースが多くなっています。

なお、退職金を不支給または減額とする場合就業規則でその旨を定めておく必要があります。例えば、「懲戒解雇処分とした者については、退職金を支払わない」などと規定します。
そもそも就業規則にこの規定がない場合、退職金の不支給は認められないため注意が必要です。

懲戒処分の判断基準や注意点などは、以下のページで解説しています。

退職金の減額や不支給は労働基準法上問題ないのか?

退職金を減額または不支給にすること自体は、労働基準法上問題ありません。
この点、退職金も法律上の「賃金」にあたるため、不支給にすることは労基法の「賃金全額払いの原則」に反するのではないかとも考えられます。

【賃金全額払いの原則(24条1項)】
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」

しかし、就業規則の退職金不支給事由”に該当する場合、そもそも退職金が発生しないため、退職金を支払わなくても違法ではないとされています。
また、減額事由に基づき退職金の一部のみ支給する場合も、減額した部分については退職金が発生しないため、賃金全額払いの原則に反するものではありません。

退職金制度の種類や導入方法から知りたい方は、以下のページもご覧ください。

懲戒解雇で退職金の減額や不支給が認められる条件

懲戒解雇で退職金を不支給とするには、以下2つの条件を満たす必要があります。

・就業規則や退職金規程に不支給事由が定められている
「懲戒解雇の場合は退職金が支払われない」旨を、就業規則などで明示する必要があります。
なお、就業規則を変更する際は、労働者の同意を得るなど適切な手続きを踏むことが必要です。

・勤続中の功労を抹消するほどの悪質な行為があった
会社に大きな損害を与えた場合や、会社の社会的信用を失墜させた場合、退職金の不支給が認められる可能性があります。

なお、退職金を減額する場合も、就業規則などで減額事由を定めておく必要があります。具体的な減額幅については、行為の悪質性や会社の損害などを踏まえ事案ごとに判断します。

減額や不支給について定めていない場合は支払いが必要

就業規則に「不支給事由」の定めがない場合懲戒解雇であったとしても退職金を支払う必要があります。
不支給事由がないにもかかわらず、懲戒解雇を理由に退職金を支払わないとすると、労基法上の「賃金全額払いの原則」に反し、違法と判断される可能性があります。

なお、退職金を減額する場合も、就業規則上の「減額事由」が必要です。具体的な減額幅はケースバイケースのため、お困りの際は弁護士に相談することをおすすめします。

懲戒解雇事由だけでは認められない可能性がある

就業規則に退職金の不支給事由の定めがあっても、懲戒事由に該当するだけでは認められない可能性が高いです。

実際の裁判例をみても、退職金の不支給が認められたのは、労働者に「著しい非違行為」があった場合に限られています。一般的には、行為の悪質性や会社へのダメージなどを総合的に判断して、退職金を一部減額して支払うケースが多いです。

退職金の減額や不支給に関する就業規則の定め方

労使トラブルを避けるためにも、退職金の「減額事由」や「不支給事由」は就業規則で定めておく必要があります。具体的な定め方は、厚生労働省が公表する「モデル就業規則」が参考になります。

モデル就業規則
(退職金の支給)第〇〇条

1 労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第〇〇条により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。

参考:厚生労働省モデル就業規則

なお、退職金に関する規定(不支給事由を含む)は就業規則の「相対的必要事項」にあたるため、制度を実施する場合は必ず就業規則に記載する必要があります。

就業規則の記載事項は、以下のページでより詳しく紹介しています。

退職後に懲戒解雇にあたる不正が発覚した場合は?

退職後に懲戒解雇に相当する不正が発覚しても、懲戒解雇に変更することはできません。懲戒解雇は在職中のみ可能な処分であり、退職後に行うことはできないためです。
ただし、就業規則に「退職金返還規定」を定めておくと、すでに支払った退職金でも返還を求めることができます。例えば、以下のような規定が考えられます。

労働者が退職しまたは解雇された後、在職期間中に懲戒事由に該当する行為をしたことが判明した場合、すでに支給した退職金の全部または一部の返還を請求することがある。

返還請求を認めてもらうには、労働者の不正に関する証拠を揃えることが重要です。例えば、帳簿や出入金記録、メールの送受信の履歴などが有効な証拠になり得ます。

競業避止義務を違反した場合の退職金

就業規則の定め方によっては、退職後に競業避止義務違反に違反した者について、退職金を不支給とすることが可能な場合があります。

判例の中にも、退職後に同業他社に転職した場合に退職金を半額とする条項につき、退職金の不支給を認容したものがあります。(昭51(オ)1289号 最高裁 昭和52年8月9日第二小法廷判決)

退職後の労働者の競業避止義務については、以下のページで詳しく解説しています。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められた判例

【事件の概要】
自身が管理していた子会社の口座から4000万円以上を引き出し、自身の借金の返済や、キャバクラでの飲食代、ソープランド代などの遊興費として使い込んだ上、決算書を改ざんするなどして、隠ぺい工作を行ったという事案です。

【裁判所の判断】
裁判所は、労働者の横領行為やその後の隠ぺい行為などは、それまでの勤続の功労を抹消するほど著しく信義に反する背信的行為であるとして、退職金の全額を不支給とすることを認容しました。(平21(ワ)6590号 東京地方裁判所 平成21年9月3日判決)

【ポイント・解説】
この裁判例は、労働者の行為の重大性・悪質性を考慮し、退職金の不支給を認めたものであり、単に懲戒解雇を受けた者であることのみを理由としているわけではないことに注意が必要です。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められなかった判例

【事件の概要】
労働者が配送業者から謝礼をもらい、複数回にわたり会社の車両を使用して、配送を代行したという事案です。

【裁判所の判断】
裁判所は、労働者に問題となる行為があったことは認めつつも、15年間にわたる勤続の功労を全く無に帰させるほどのものとはいえないため、退職金の不支給は認められないと判断しました。(平6(ワ)11815号 東京地方裁判所 平成7年12月12日判決)

【ポイント・解説】
この裁判例は、労働者の問題行為が、長年の勤続の功労をなくすほどには至っていないと判断し、退職金の不支給を認めなかったものです。労働者の勤続年数や、問題行為の内容を考慮している点は、退職金の不支給が許されるかどうかを検討するにあたって参考になると考えられます。

懲戒解雇時の退職金に関しては労働問題に詳しい弁護士法人ALGにご相談下さい

就業規則上、懲戒解雇の場合に退職金を不支給とする旨の規定が存在する場合であっても、退職金の不支給が許されるとは限りません。

退職金を不支給とするかどうかを判断するにあたっては、就業規則の定め方、当該従業員の勤続年数や行為の内容など、さまざまな事情を考慮する必要があり、慎重な判断が求められます。

そのため、退職金を不支給とするか判断に迷った場合には、労務問題を専門とする弁護士にご相談いただくのが確実です。お困りの方は、ぜひ弁護士法人ALGにご相談ください。

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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