福岡県警のカスタマーハラスメント対策についてYouTubeで配信しています。
福岡県警が一般企業に対してカスタマーハラスメント対策例を示したものではなく、警察官に対するカスタマーハラスメントへの対策を示しています。
動画では、福岡県警がどのような行為についてカスタマーハラスメントとして問題視しているかを取り上げた上、行き過ぎたカスタマーハラスメントがどのような刑法犯に該当しうるかを解説しています。
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
近年、カスタマーハラスメント(いわゆる「カスハラ」)の件数が増加しています。カスタマー(消費者)が、商品やサービスを提供している会社の労働者等に対して、ハラスメント(嫌がらせ)をすることが増えているのです。
その原因のひとつとして、SNS等の普及が考えられます。消費者による情報発信の機会が増加して、商品やサービスを提供する会社側は、消費者のSNSにおける発信を恐れ、消費者に過剰とも考えられるような対応をするようになりました。同時に、消費者の権利意識や要求レベルが高まったことにより、カスハラが増加したと考えられます。
ここからは、カスハラ該当性の判断方法や、カスハラを受けたときの会社側の責任、会社側が行うべき対策等について解説していきます。
目次
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは
カスタマーハラスメントとは、客や取引先からのクレームのうち、クレームの要求内容の妥当性に照らして、要求実現の手段が相当でないものであって、これによって労働者の労働環境が害されるものをいいます。
ハラスメントの一種とされ、カスハラと略されます。
客や取引先の要求内容が著しく妥当性を欠くものであれば、要求実現の手段がどのようなものであってもカスハラに該当する(①)一方で、要求内容が妥当であっても、要求実現のための手段が暴言や暴力を含むなど悪質性が高い場合にもカスハラに該当します(②)。
①の例としては、店員が客の洋服を汚損してしまった場合に、洋服のクリーニング費用等を超えて、慰謝料を1000万円請求することが挙げられます。
②の例としては、店員の話し方がなっていないことを理由に、土下座して謝罪するよう求めることや、コーヒーが熱すぎて舌を痛めたことを理由に、「誠意を見せろ」等と言って、明らかに不相当な多額の金銭を要求すること等が挙げられます。
カスハラは、場合によっては強要罪や恐喝罪、脅迫罪などの犯罪に該当する可能性があります。
近年では、国のみならず自治体においてもカスハラが社会問題として捉えられており、秋田県が定めている「秋田県多様性に満ちた社会づくり基本条例」では、「他人に対して、優越的な関係を背景として、不当な要求をすること」等を禁止しており、カスハラも禁止されている行為に含まれています。
カスハラの判断方法
客の言動がカスハラに該当するかを判断するときに代表的な基準として、以下のようなものが挙げられます。
【要求の内容が妥当性を欠いていること】
- 会社が提供している商品やサービスに瑕疵・過失がないのに謝罪等を要求する
- 会社が提供している商品やサービスの内容とは関係がない事柄について対応を求める
【要求を実現するための手段や態様が社会通念上相応でないこと】
- 身体的な攻撃(暴行、傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
- 威圧的な言動
- 土下座の要求
- 執拗に要求を繰り返す言動
- 長時間の拘束
- 差別的な言動
- 性的な言動
- 従業員個人への攻撃、要求
カスハラの事例
カスハラは、暴言や権威型の説教等、言葉によるものが多いですが、脅迫を伴うものや暴力を伴うものもあります。
例えば、店員2人を土下座させて撮影し、その画像をSNSに投稿した人物のケースでは、その人物は強要罪で逮捕されています。また、ICカードの使い方が分からなかった客に、駅員が使い方を説明したところ、客が激高して駅員を殴ったケースでは、身の危険を感じた駅員が警察に通報しています。
カスハラとクレームの違い
カスハラとクレームは、完全に区別するのが難しいケースもあります。
しかし、比較的区別しやすいケースについては、主に以下のような違いがあります。
カスハラ | クレーム | |
---|---|---|
目的 | 嫌がらせが主な目的である | 会社に改善を求めるのが主な目的である |
内容 | 不当な要求が含まれる場合が多い | 不満の理由が合理的である |
結果 | 会社にとってプラスになることが少ない | 会社が参考にするとプラスになる可能性がある |
企業にはカスタマーハラスメントから社員を守る義務がある
会社には、労働契約に付随する義務として「安全配慮義務」があります。安全配慮義務とは、会社が労働者の健康や安全に配慮する義務のことです。
この義務があるので、労働者が顧客や取引先等から悪質なハラスメントを受けた場合、事業主は、労働者の心身の健康に配慮して行動しなければなりません。
カスハラを放置すると、主に以下のようなリスクが生じます。
- 労働者が多くの時間を浪費して生産性が下がるリスク
- 労働者の休職や退職が増加するリスク
- 労働者から損害賠償請求を受けるリスク
また、厚生労働省は、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」を作成しており、その中で「顧客等からの著しい迷惑行為」への取組を行うことを求めています。
厚生労働省のカスハラに対する指針
厚生労働省のカスハラに対する指針では、事業主が顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)に関して、以下の措置や取組を行うことが望ましいとされています。
(1)被害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
①相談先(上司や職場内の担当者等)を予め定め、労働者に周知すること
②①の相談を受けた者が、相談に対し、その内容や状況に応じ、適切に対応できるようにしておくこと
(2)被害者である労働者の心身への配慮のための取組
事業主が、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させないこと
(3)顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組
マニュアルの作成や研修の実施等、業種・業態等における被害の実態や業務の特性等を踏まえて、それぞれの状況に応じた必要な取組を進めること
企業が講ずるべきカスタマーハラスメント対策
会社が講ずるべきカスタマーハラスメント対策として、主に以下のようなものが挙げられます。
- ①基本方針の明確化と労働者への周知・啓発
- ②相談窓口の設置
- ③マニュアル・対応フローの作成
- ④カスハラ対策に関する研修
これらの対策について、次項より解説します。
基本方針の明確化と労働者への周知・啓発
会社として、カスハラに対する取組の基本方針や、取組姿勢を明確に示す必要があります。
基本方針では、主に以下のような事項について示しましょう。
- カスハラの内容
- カスハラを放置せず、労働者を守ること
- カスハラには毅然として対応するべきであること
- カスハラと思われる言動について、会社や周囲に相談してほしいこと
基本方針は、定めるだけでなく、労働者に周知して徹底する必要があります。
相談窓口の設置
労働者がカスハラに直面したとき、必ずしも上手く対処できるとは限りませんし、その労働者が、「自分のカスハラ対応が正しいのか…」と不安に思うこともあるでしょう。
そういった場合に備えて、事業主は相談窓口を設置しておくことが有用です。相談窓口に連絡して、職員からアドバイスを受けることができれば、そもそも自分が客等からされていることがカスハラに該当するのか判断でき、迅速な対応をとって、労働者の心理的負担の緩和も期待できるからです。
相談窓口があることは、労働者に周知しましょう。また、社内の関係部署だけでなく、弁護士等の外部関係機関と連携できる体制を構築しておくことが望ましいです。
マニュアル・対応フローの作成
顧客等によるカスハラのパターンをいくつも想定して、それぞれの場面で、労働者がどのように行動すれば良いのかをシミュレートしておく必要があります。
そして、その結果を言語化したもの(マニュアルや対応フロー)を作成のうえ、これを労働者に対して周知しておくようにしましょう。
そのときに、カスハラを行う顧客等への対応は1人ではなく複数で行うことや、深刻なカスハラについては上司などの責任者が対応する等、労働者の安全に配慮したマニュアルを構築しましょう。
また、夜間等の助けを求めにくい状況では、対応可能な日時を提示して対応を打ち切ることや、責任者に連絡をとることのできる体制を構築すること、状況に応じて警察に通報すること等、労働者の抱えるリスクを抑えるために基本的な対応フローの定着を図りましょう。
なお、厚生労働省がカスタマーハラスメント対策のマニュアルを公表しているので参考にしてください。
カスハラ対策に関する研修
事業主がカスハラ対応マニュアルを作って労働者に周知しても、十分な効果が期待できないおそれがあります。その理由としては、労働者がマニュアルを読まない、頭ではマニュアルに従わなければいけないことは分かるけれども、現場で事態を収めようとして、実際の行動に移せないことが起こり得るためです。
マニュアルが機能し、労働者がカスハラを適切に処理できるようにするためには、事業主が対応マニュアルを説明し、実際の場面を想定した研修を定期的に実施しておく必要があります。
研修は管理職等に限定せず、可能な限り全員に受講させましょう。1人でカスハラに対応せざるを得ない状況も想定できるからです。
研修の内容として、主に以下のようなものがあると良いでしょう。
- カスハラの判断方法
- ケーススタディ
- 苦情対応の基本的な流れ
- パターン別の対応方法
- 記録の作成方法
カスタマーハラスメントに対して企業が取るべき対応
労働者からカスハラを受けたと相談された場合には、会社は主に以下のような対応をする必要があります。
- ①事実関係の確認
- ②労働者への配慮
- ③再発防止への取組
- ④法的措置の検討
これらの対応について、次項より解説します。
事実関係の確認
相手方の主張が正当なものか、カスハラなのかを判断するために証拠を確認しなければなりません。
証拠となり得るものとして、以下のようなものが挙げられます。
- 電話等の録音
- 防犯カメラ等による録画
- 当事者や周囲にいた人等の証言
相手方の言い分や態度などについて、カスハラか否かの判断は1人で行わず、上司に相談する等、必ず複数で判断しましょう。
基本的に即断は望ましくないため、その場では結論を出さず、対応は落ち着いてから検討する必要があります。
検討した結果として、相手方の主張が正当だと判断されれば、社会通念上相当な範囲で適切な対応を行います。
カスハラに該当すると判断した場合には、会社が作成したカスハラ対応のマニュアルに沿って行動しましょう。
労働者への配慮
カスハラを受けた労働者への対応として、身の安全を確保することや、精神面に配慮することが必要です。
労働者の身の安全を守るために、相手方と労働者をなるべく引き離すようにしましょう。また、状況によっては、顧問弁護士や警察等に連絡しましょう。
再発防止への取組
カスハラの再発を防止するために、以下のような取組が有効です。
- トラブルについての情報を社内で共有する
- トラブルを題材にして勉強会を行う
- 個人情報を隠した状態でトラブルを類型化し、ガイドラインにまとめる
- マニュアル等の不十分だった部分を見直して、より有効なものにする
法的措置の検討
カスハラが犯罪に該当すると考えられる場合には、警察への通報を検討する必要があります。警察への連絡の判断等については、マニュアルに含めるようにしましょう。
カスハラが激しくなると、主に以下のような犯罪に該当する可能性があります。
- 脅迫罪:生命・身体・自由・名誉・財産に対し、害を加える旨を告知して人を脅迫する
- 強要罪:生命・身体・自由・名誉・財産に害を加える旨を告知した上で、脅迫や暴行を用いて、相手に義務のないことをさせる
- 恐喝罪:脅迫・暴行を行って相手から金品を取る
- 侮辱罪:他人の人格を蔑視するような暴言を吐く
- 暴行罪:暴行を加えること(人の身体に直接接触しない有形力の行使も含む)
- 傷害罪:暴行を加えられて怪我をした
- 威力業務妨害罪:威力を用いて業務を妨害する
- 不退去罪:社屋や店舗などの私有地に居座り続けて、何度も警告しても退去しない
カスタマーハラスメントに関する裁判例
事件の概要
本件は、医療機器等を販売する会社Aに勤めていた原告ら2名(以下、それぞれ「X1」・「X2」と呼称します。)が、自社の売り上げの約60%を占める顧客であった病院の企画課課長であったY2から、カッターナイフの刃を出したり引っ込めたりしながら商品の値引きを求められた事案です。原告らは、Y2及びY2を雇用する法人に対して、損害賠償を請求しました。
具体的な事実経過として、原告らは、値引きには応じなかったものの、X2が商談をまとめるためにサンプルを1個提供する旨をメモ用紙に書こうとしました。そのときに、X1は、X2が値引き額を書いてしまうと思って止めようとしたところ、Y2は苛立ち、X1の手の甲をカッターナイフで傷つけ、さらにX1の首をネックストラップで5秒から10秒ほど締めました。
なお、X1に対する暴行について、Y2は罰金15万円の有罪判決を受けており、同判決は確定しています。
裁判所の判断(令和2(ワ)第76号 長野地方裁判所飯田支部 令和4年8月30日判決)
裁判所は、Y2がX1に暴行を加えたことに疑いの余地はないとしました。さらに、Y2が以前にもX1に対してハンマーを振りかぶる素振りを見せており、X1がY2から日常的に暴行や脅迫などを受けていた旨を供述している等、原告らに対して暴行・脅迫等を日常的に繰り返していたと容易に推認できるとしました。
そして、Y2によるX1への暴行態様は、生命を脅かしかねない危険かつ悪質なものであり、X1の恐怖感や屈辱感は相当に大きかったと想像できること、Y2は有罪判決が確定してからも何ら慰謝の措置を講じていないこと等から、X1への慰謝料額は40万円が相当としました。
また、X1が傷つけられる状況を目の当たりにしたX2の恐怖感や屈辱感も相当に大きかったと容易に想像できるものの、X2はY2の暴行によって傷害を負ったことはないので慰謝料額は20万円が相当としました。
ポイントと解説
本件は、カスハラが刑事事件として立件され、有罪判決が下された事案に関連して生じた民事紛争であり、カスハラをした本人とその使用者に対する労働者の請求が一部認容されています。
本件は、カスハラが刑事事件として立件され得る悪質な行為であることを明確に示した事案であるといえます。
カスハラ対策は会社の責務であるという認識が浸透してきているため、労働者がカスハラを受けたら毅然と対応する必要があります。
加えて、採用が難しくなってきている現状においては、退職者が発生することを防止する必要性も高まってきています。
カスハラに関するよくある質問
カスハラ問題で裁判に発展した場合、カスハラの事実を裏付ける証拠にはどのようなものがありますか?
-
裁判になった場合、裁判官に対して、カスハラがあったことを伝える必要があります。カスハラ被害を受けた労働者が、過去の記憶を証言する方法が考えられます。
また、監視カメラの録画記録、電話の通話記録及びカスハラ加害者とのやりとりを記録したメモ等を提出する方法が考えられます。
カスハラにより従業員がメンタルヘルス不調となった場合、会社はどのような措置を取るべきでしょうか?
-
上司等が労働者に声をかけ、その心身の状況等を把握し、業務量の調整等で対応できないかを検討し、上司等で対応することが難しい場合は、人事部の専門スタッフや産業医等に対応を引き継ぐ等の措置が考えられます。
カスタマーハラスメント問題は弁護士にご相談ください
消費者のどういった言動が犯罪になるのかを知らなければ、カスハラに対して毅然と立ち向かうことは難しいと思います。
加えて、近年の厚生労働省の考えを把握しておかなければ、カスハラに対する有効なマニュアルを策定することも困難を極めるでしょう。
弁護士は、刑法の知識や労働法制の知識を有しておりますので、カスハラ消費者との交渉やカスハラに対応できる制度設計にお力添えすることが可能です。カスハラをはじめ、ハラスメント問題でお悩みでしたら、ぜひお気軽にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士榊原 誠史(東京弁護士会)
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所プロフェッショナルパートナー 弁護士田中 真純(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある