監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
近年、過重労働・長時間労働等のストレスにより、うつ病になる従業員が多くみられます。
そのような従業員への対応を誤ると、休職と復職を繰り返されたり、不当解雇であると訴えられたりするおそれが生じてしまうため、企業にとって大きな負担となるリスクが生じてしまいます。無益な紛争が生じるのを防ぐためには、就業規則を整える等の準備が重要となります。
ここでは、うつ病で休職する社員への対応について解説します。
目次
うつ病で休職する従業員への正しい対応方法
うつ病で休職する従業員には、会社が設けている休職制度について説明することや、会社が指定する医師の診断を受けるように指示することが必要です。
会社としては仕事の引継ぎを行ってほしいところであり、それは不可能ではありません。しかし、「すぐに休養する必要がある」等と診断されたケースでは無理をさせることができないため慎重な見極めが必要です。
もしも、セクハラ・パワハラや長時間残業といった会社の労働環境によってうつ病を発症したのであれば、すぐに改善に取り組むべきでしょう。
メンタルヘルス不調による休職について
うつ病等、メンタルヘルス不調による休職は、本来、就業規則に定めて行うものです。
「いつまで休職できるか」「休職期間が満了しても復職できない場合どうするか」などについて、不明確なまま休職を実施するのではなく、まずは就業規則を見直し、正式に休職させることを考えましょう。
例えば、多くの企業では、業務に起因するものでない傷病を理由に、使用者が従業員に対して一時的に就労義務を免除し、又は就労を禁止するという内容の「私傷病休職制度」が採用されています。
なお、メンタルヘルス不調に対するケアの必要性等、メンタルヘルス問題について詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。
休職命令の根拠となる就業規則にまつわる対応
うつ病で社員を休職させるためにルール化しておかなければならない事項は、後で争いにならないように、就業規則に定めておく必要があります。
定めておくべき事項として、具体的には以下のようなものが挙げられます。
- 休職制度を設けること
- 休職する要件
- 休職制度の対象者の範囲
- 休職期間の上限
- 同様の傷病による休職については期間を合算すること
- 医師の診断書を提出することの義務付け
- (なるべく電話で)状況を定期的に報告することの義務付け
- 復職のルール
- 休職期間内に復職できない場合には自然退職となること
なお、そもそも就業規則とはどのようなものであるか、休職規定に定めるべき内容などについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
うつ病に関する就業規則を定める際の注意点
うつ病に関して休業等の規定を就業規則に定めるときには、休職開始事由等の定め方について注意しなければなりません。
例えば、休職開始事由が「傷病による欠勤が1ヶ月を超えたとき」と定められている場合には、欠勤が1ヶ月を超えなければ休職が開始されません。そのため、欠勤の1日目から休職したものとして扱ったときには、休職期間満了による退職が無効になる等の影響が生じてしまうおそれがあります。
就業規則を作成するときには、文言に注意しなければ紛争を悪化させてしまうおそれがあり、既に作成した就業規則に問題があるときには、なるべく早く修正する必要があるでしょう。
うつ病で休職させる際の対応
うつ病の従業員の休職が決まったら、従業員が休職に入る前に、企業側は以下のような対応をすべきと考えられます。
医師の診断書を提出してもらう
従業員から、うつ病により休職したいと申告されたときには、医師の診断書を提出してもらう必要があります。
なぜなら、精神疾患は外見からは判断しづらいため、「本当に働けないのか」「仮病ではないのか」といった疑問を解消する必要があるからです。
診断書には、以下の項目を記載されている必要があります。
- 病名(「うつ病である」等)
- 働くことができない理由(「上記疾患の治療のため」等)
- 働くことができないと判断する期間(「令和〇年〇月〇日から3ヶ月間の加療を要する」等)
なお、診断書の記載内容は医師の判断によるため、従業員や会社から指示することはできません。しかし、通常であれば診断書を何に使うかによって、必要とされる詳細な内容を記載してもらうことができるはずです。
休職制度について十分な説明が必要
うつ病により休職した従業員が療養に専念できるように、休職を開始する前に説明しておくべき事項があります。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- 休職期間:診断書に「3ヶ月の自宅療養を要する」等と記載されていても、それに従う義務はない。基本的には、会社が定めた期間だけ休職させることができる。
- 傷病手当金:休職前の12ヶ月の給料から基準となる金額が算定され、その金額の2/3が最大18ヶ月まで支払われる。
- 税・社会保険料の負担:基本的には会社が立て替え払いを行い、復職後に清算する。
- 復職できないとき:自然退職となる旨。
従業員にとって特に重要なのは経済的な問題であるため、しっかりと説明する必要があります。
他にも、労働者にとって不利になる事項(自然退職の規定等)についても説明を尽くしておくことによって、後でトラブルが発生することを予防できます。
休職者の業務引継ぎにおける注意点
うつ病により休職する従業員に引継ぎを行わせることは、不可能ではありませんが慎重に対応する必要があります。
注意するべきなのは、「出社できる状態ではない」と判断された労働者に出社を無理強いすると、症状が悪化して紛争が発生するおそれがあることです。
また、引継ぎの必要が生じた理由について、本人の許可なく社内で共有してしまうと、プライバシーの侵害になるおそれがあります。本人の意思に反して、うつ病になったという情報を広めないように注意してください。
休職中の従業員への対応
休職中の従業員には、なるべく定期的に連絡するのが望ましいと言えます。
復職に備えるために、当該従業員の現状を把握しておく必要がありますし、従業員にとっても孤独感等が和らぐことが期待できるからです。
しかし、定期的な連絡を義務付けてしまうと、負担がかかってしまうおそれがあるので慎重な運用が望ましいでしょう。また、直接の面談等については、主治医や産業医から意見を聞いてから実施する必要があると考えられます。
なお、休職期間中の症状等の報告義務については、以下のページで詳しく解説しています。
メンタルヘルス不調と職場復帰支援の有効活用
従業員は、主治医と相談のうえ、起床と就寝のリズムを整えるなど、復職前に本人ができる準備をしていることと考えられます。
企業としては、本人と主治医だけではできない部分を支援すると良いでしょう。
例えば、試し出勤やリハビリ出勤制度、復職後の軽減措置を提案することが考えられます。
ただし、このような支援は、場合によっては会社が主体的に実施すると問題となる場合もあり、慎重に対応すべきところです。
復職する従業員に接する際の注意点
休業していた従業員が復職した後についても、企業は従業員のメンタルヘルスケアを継続する必要がありますが、これにはいくつか注意点があります。
復職のタイミング
休職していた労働者を復職させるか否かは、最終的には使用者(人事部等)が判断しますが、その判断で参考にするのは、主に産業医の意見です。
なお、復職が可能かについて主治医と産業医の意見が分かれることがありますが、基本的には産業医の意見を尊重するべきと考えられます。なぜなら、主治医は日常生活が可能であるか等を重視するのに対し、産業医の多くは職場の環境等について把握しており、仕事が可能であるかを重視して判断するからです。
復職時の声かけが重要
うつ病等のメンタルヘルス疾患は、職場、家庭など、さまざまな原因がかかわっていて、一見良くなっているように思えても、その後完治することができるかどうか容易に判断できるものではありません。
そのため、復職後も引き続き経過を観察し、復帰者に対する声かけや配慮を行うことが重要です。
配慮し過ぎると逆効果になることも
うつ病で休職していた人が復職すると、普通の仕事を求められることへの焦りが生じるケースもあるとされています。
本人には、一般の従業員と同じような仕事を求められてもできるだろうかという焦りがあります。しかし企業は、すぐに通常どおりの仕事はできないだろうと考え、気配りから暇になるほど仕事を減らしてしまうことがあります。これに対して復職者は、何か役に立たなければとさらに焦ります。
このように、会社が配慮しすぎることによって、復職者に対して逆効果をもたらす結果となってしまう場合もありますので、注意が必要です。
休職期間が終了しても復職が難しい場合の対応
うつ病で休職した従業員が、休職期間が終了しても治らず復職が難しい場合には、就業規則の規定により自然退職とするのが最も良い方法です。ただし、時間が経てば機械的に処理できるわけではなく、注意しなければ後でトラブルが発生するおそれがあります。
従業員本人が復職できると思っているのに退職させた場合、不当解雇として訴えられるおそれがあります。特に、うつ病を発症した原因が業務にある場合、解雇することができないため、「業務起因性があった」と主張され、争われれば巨額の賠償金を支払わなければならないリスクがあるため、円満に退職してもらう必要があります。
従業員に退職するように勧めること自体は違法ではありません。しかし、退職勧奨を執拗に繰り返すのは不法行為とみなされるおそれがあり、仮に退職することに合意できたとしても、有効性が争われるリスクが生じてしまうことに注意しましょう。
うつ病と休職に関する裁判例
ここで、うつ病における従業員の休職について、実際の事案ではどのような判断がなされるのか、裁判例を用いて説明していきます。
事件の概要
うつ病による休職期間満了時、企業が従業員に対し、健康状態の把握のための協力を要請したところ、従業員が拒否したこと等から、解雇が有効になった事件です。
裁判所の判断
【大阪地方裁判所 平成15年4月16日決定、大建工業事件】
裁判所は、使用者は、労働者に対し、医師の診断あるいは医師の意見を聴取することを指示することができるし、労働者としてもこれに応じる義務があると判断しました。
そして、使用者が数回にわたって診断書提出期限を延期したにもかかわらず、労働者がとくに理由を説明することなく診断書を提出せず、通院先の病院の医師ではない医師の証明書なる書面を提出したのみで、医師への意見聴取をも拒否し続けており、使用者が休職期間満了後も直ちに労働者を休職満了扱いとせずに自宅待機の措置をとっていたとの事情や、労働者自身が未だ体調がすぐれない旨述べていることを合わせ考慮して、普通解雇が認めました。
ポイントと解説
労働者がうつ病で休職したときに、使用者が主治医からの情報提供を求めることに合理的な理由がある場合には、使用者が労働者に対して情報提供についての同意を求めることは可能だと考えられています。これは、就業規則に定めがあるか否かは影響しません。
そして、情報提供についての同意を拒否する労働者については、うつ病の治癒について不利益な判断がなされても不当ではないと考えられます。
ただし、主治医からの情報提供について事前に、「社員は、会社に対して主治医宛の医療情報開示同意書を提出するものとする」といった規定を就業規則に設けておいた方が、無用な争いを避けることができるでしょう。
うつ病による休職者への対応でお困りなら、一度弁護士に相談することをおすすめします
うつ病による休職者への対応では、従業員のメンタルケアという難しいことを求められます。迂闊な対応をすれば、うつ病が悪化した責任を追及される等の新たな紛争を招きかねません。
また、過重労働・長時間労働等の問題があるのであれば、職場環境を改善する必要があります。そして、うつ病の発症に業務起因性があれば解雇することができないため、休職者から退職を申し出てきた場合であっても、後で不当解雇だと訴えられないように記録を残す必要があります。
これらの問題に対応するためには、専門家の力を借りながら、就業規則を整える等の方法によりトラブルを予防できる体制を作っていかなければならないでしょう。ぜひ、従業員のメンタルの問題に詳しい弁護士にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある