定額残業代制(固定残業代)のリスクとは?要件や企業がとるべき対策

弁護士が解説する【定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応】について

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弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

近年、割増賃金をあらかじめ定額として設定して支給するいわゆる「定額残業代」制度をとる例が多く見られ、その適法性が問題となっています。

定額残業代制については、時間外労働に対する割増賃金の固定化が目的である場合が多いですが、「残業代を支払う必要がなく定額でいくらでも働かせることができる賃金」というように誤って理解されているケースもあり、裁判例の中にはその適法性を否定したものも散見します。

ここでは、定額残業代に関する重要判決と時代の変化への対応についてご説明します。

定額残業代制(固定残業代)とは?

定額残業代制とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ一定時間分の残業代を固定額として給与に含めて支払う制度です。固定残業代やみなし残業代とも呼ばれ、労働基準法が定める割増賃金の水準を下回らなければ、適法とされています。

例えば、「月20時間分の固定残業代3万円」を支給している会社で、実際の残業が15時間だった場合で3万円は全額支払われます。一方、実際の残業が25時間だった場合は、固定残業代で足りない5時間分の割増賃金を追加で支払わなければなりません

この制度を導入すれば、企業は残業代計算の手間を減らすことができ、従業員も無駄な残業を控えるようになり、残業時間の削減につながることが期待できます。

定額残業制の仕組みについて詳しく知りたい方は、こちらの解説をご覧ください。

定額残業代制を導入するリスク

定額残業代制を導入すると、一見すると運用が楽になるように思えますが、実際にはいくつかのリスクが発生する可能性があります。例えば、以下のようなものがあげられます。

  • 未払い残業代が発生する可能性がある
  • 労働時間の管理が難しくなる
  • 従業員の長時間労働を助長する
  • 労働者の不満やモチベーション低下
  • 人件費コストが増える
  • 労働基準法違反になりやすい

未払い残業代が発生する可能性がある

定額残業代制は、あらかじめ一定時間分の残業代を支払う制度ですが、その時間を超えて働いた場合には本来追加の残業代が必要です。

ところが、企業が実労働時間の把握を怠ったり、定額に含まれる残業時間を誤解していたりすると、超過分の残業代に気づかず未払いが生じやすくなります。従業員自身も追加の残業代が出ないと誤解して申告しないことがあり、結果として長期間の未払いが発覚し大きなトラブルにつながるリスクが高まります。

労働時間の管理が難しくなる

定額残業代制では、実際に働いた時間と、あらかじめ設定した固定残業時間とのズレを正確に把握しなければならないという負担が生じます。

固定残業時間を超えて働いたときは、追加の割増賃金を支払う必要があり、勤怠管理が甘いと未払い残業代が発生するため注意が必要です。さらに、時間外労働や休日・深夜労働については、定額残業代制でも通常どおり正確な把握が求められます。

適正な残業代を支払うためには、勤怠管理システムなどを活用して実働時間をしっかり記録することが重要です。

従業員の長時間労働を助長する

制度への理解が不十分だと、「固定残業時間までは残業しなければならない」という誤解が生まれ、長時間労働につながるおそれがあります。

本来、定額残業代制は一定時間分の残業代を先払いする仕組みにすぎず、残業を強制するものではありません。しかし、管理職が固定時間に達していないことを理由に残業を指示したり、従業員も残業しないと損すると感じることで、不要な残業が広がる危険があります。

こうしたリスクを避けるには、制度の目的や内容を社内にしっかり周知することが必要です。

労働者の不満やモチベーション低下

残業代が固定で支払われるため、会社側が残業を指示しやすくなり、従業員に長時間労働が続いてしまうことがあります。

こうした状況が続けば、ストレスや疲労が蓄積し、仕事への意欲が低下するおそれがあります。また、残業代が定額であるため、どれだけ頑張っても給与に反映されている実感を得にくく、「努力が報われていない」と感じやすくなる点も問題です。

こうした気持ちが積み重なると仕事への積極性が失われ、業務の質や生産性が落ちるリスクが高まります。

人件費コストが増える

固定残業代は実際の残業時間に関係なく支払われるため、残業が少ない月でも会社は一定額を負担し続けることになります。また、設定した固定残業時間を超えて働いた分には追加の割増賃金を支払う必要があり、運用が不十分だと人件費が想定以上に膨らむおそれがあります。

こうした無駄なコストを防ぐには、平均してどれくらい残業が発生するかを正確に見極め、実際の働き方に合った固定残業時間を設定することが欠かせません。特に残業が少ない企業では、固定残業代を高く設定すると必要以上の人件費が発生してしまうため注意が必要です。

労働基準法違反になりやすい

定額残業制は、運用を誤ると労働基準法違反と判断されるおそれがあります。
固定残業代の金額や対象時間が明確でないなど、要件を満たさないと制度は違法・無効となり、残業代を全く払っていなかった扱いになります。従業員から請求された場合は、本来の残業代を全額支払う必要があります。

例えば、基本給35万円の中に10万円を定額残業代として組み込んでいても、無効となれば、25万円ではなく、35万円を基準に割増賃金を再計算しなければなりません。その結果、残業代の単価は上がり、再計算後の残業代から定額残業代を控除することもできないため、請求額が大幅に膨らむ可能性があります。

制度が無効となれば、行政指導や裁判に発展し、未払い残業代と同額の付加金の支払いを命じられるおそれもあります。制度要件を満たす運用が欠かせません。

定額残業制が違法になるケースについての詳細は、こちらの解説をご覧ください。

定額残業代制が有効となるための要件

定額残業代制が有効となるためには、次の要件を満たす必要があります。

  • ①雇用契約書などで、定額残業代制を採用することが合意されている
  • ②基本給と固定残業代が区別され、金額や残業時間数が明示されている
  • ③定額残業代が、残業の対価として支払われている
  • ④定額残業代を超える残業をした場合、差額を支払う取り決めや運用がなされている
  • ⑤定額残業代でカバーする残業時間が過度に長くない

④と⑤は必須の要件ではありませんが、裁判例では、制度の有効性を判断する際の補助的な要素として扱われることがあります。
なお、実務では次のような誤った対応が原因で、定額残業制が無効とされるケースが多いです。

  • 残業の対価なのか分からないまま支払われている
  • 定額残業代の金額や区分が曖昧で、残業代が支払われているのが判断できない
  • 定額残業代を超えて残業しても、必要な差額の精算をしていない
  • 定額残業代とされている手当額が、常識外れの長時間残業を前提にしている

特に問題なのが、差額の精算をしていないケースです。
これは残業代不払いの隠れ蓑(定額で働かせ放題)として悪用されることが多く、違法と判断される大きな要因になります。

定額残業制の要件についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。

定額残業代に関する判例

事件の概要

【平成21年(受)第1186号 最高裁 平成24年3月8日第一小法廷判決 テックジャパン事件】
人材派遣会社で働く従業員(プログラマー)は、以下の条件で働いていました。

  • 基本給41万円
  • 月間の労働時間が180時間を超えた場合に超過分の残業代を支払う
  • 140時間に満たない場合は不足分の賃金を控除する

従業員は月によって法定時間外労働をしていましたが、会社は「180時間以内は固定給の範囲内」として追加の残業代を支払いませんでした。そこで、従業員は「基本給41万円の中に残業代が含まれているという扱いは不当であり、法定時間外労働分の割増賃金は別途支払われるべきだ」と主張し、未払い残業代の支払いを求めた事案です。

裁判所の判断

本件の主な争点は、定額残業代の扱いについてです。裁判所は、当該雇用契約における以下の点を踏まえ、「使用者は月間総労働時間が180時間以内の時間外労働に対しても割増賃金を支払う義務を負うものというべきである」と判示しました。
  • 基本給は月額41万円である。
  • 月間総労働時間が180時間を超えた場合には、その超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払うものとする。
  • 月間総労働時間が180時間以内の労働時間中の時間外労働がなされても、基本給自体の金額が増額されることはない。
  • 基本給は、“通常の労働時間の賃金に当たる部分”と“労働基準法37条1項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分”とを判別することはできない。

【賃金の構成】や【割増賃金】に関して詳しくはこちらも併せてご覧ください。

ポイントと解説

裁判所は、「どこまでが通常の賃金で、どこからが割増賃金なのか」が契約上はっきり区別されていなければ、労基法37条1項が定める時間外割増賃金を支払ったとは認められないと判断しました。定額残業代を導入する場合には、基本給と割増賃金の内訳を明確に示すことが不可欠であると示した重要な裁判例です。

重要視されていた補足意見とその後の判例の推移

テックジャパン事件(最高裁 平成24年3月8日第一小法廷判決)では、裁判官の補足意見が注目を集めました。補足意見では、定額残業代を有効にするために企業が守るべきポイントとして、以下の2点があげられました。

  • 給与明細などで、実際に残業した時間数と、その時間に対応する残業代の金額を示すこと
  • 想定していた残業時間を超えて働いた場合は、その超過分を別途支払うことを、あらかじめ明示しておくこと

この考え方は実務にも影響を与え、その後のアクティリンク事件(東京地方裁判所 平成24年8月28日判決)でも、残業時間と金額の明示が重視されました。

ところが、その後の日本ケミカル事件(最高裁 平成30年7月19日第一小法廷判決)では、定額残業代制が有効かどうかについて、最高裁は以下の2点から総合的に判断すべきと示しています。

  • 契約書の内容や会社の説明を通じて、その手当が残業代として支払われることに合意できているか
  • 実際の働き方と比べて、その手当の金額・内容が社会常識的に妥当か

つまり、形式的に金額や時間数を示すかどうかだけでなく、従業員が納得できているか、金額が働き方と合っているかという、より実質的な判断が重視されるようになったといえます。

定額残業代制のリスクを回避するための対策

定額残業代制のリスクを避けるには、以下の対策を講じることが必要です。

  • 定額残業代の仕組みを明記する
    定額残業代の名称や金額、時間数、超過分は別途支払うこと、深夜・休日の割増分を含むときの扱いなどを、就業規則や雇用契約書に記載しましょう。
  • 残業代として支払うことを明確にする
    「定額残業代」といった明確な名称を使い、時間外労働への対価であることを示します。
  • 通常賃金と割増賃金を分けて記載
    「基本給30万円、定額残業代5万円(時間外労働25時間分相当)」など内訳を明示し、誤解を防ぎましょう。
  • 固定残業時間を超えた場合は差額を支給する
    実際の残業が固定残業時間を超えた場合は、超過分の残業代を追加で支払う必要があります。
  • 労働時間管理の徹底
    勤怠システムで労働時間を管理し、毎月の残業時間を集計して固定残業時間を超えていないか確認しましょう。

定額残業代制に関するQ&A

定額残業代が有効と判断されるために、就業規則にはどのように定めるべきでしょうか?

定額残業代制を有効にするには、就業規則や雇用契約書で制度を導入していることを明示し、基本給と固定残業代の内訳を分かりやすく区別して記載することが重要です。また、固定残業代が時間外労働の対価として支払われる手当であることもはっきり明記する必要があります。

さらに、実際の残業が定額残業代の対象時間を超えた場合には、不足分の残業代を追加で支払うことを定め、実際の運用でも確実に支給することが不可欠です。加えて、対象時間を過大に設定すると無効と判断された裁判例もあるため、適切な時間数を設定することも求められます。

定額残業代制の残業時間の上限について、法律上の規定はありますか?

定額残業代制は労基法で定められた制度ではないため、それに含める残業時間の上限についても法的なルールがあるわけではありません。

しかし、定額残業代が想定する残業時間が極端に長すぎる場合は、長時間労働を助長するとして、公序良俗に反し無効と判断される可能性があります。

実際に裁判では、月80時間を超える場合や、月45時間を超える部分を無効と判断した例もあるため注意が必要です。

また、働き方改革により時間外労働の上限が原則月45時間となったことから、これを大きく超える固定残業代の設定は、今後さらに無効と判断されやすくなると考えられます。

給与明細書で定額残業代の金額を明記することは、残業代の支払として有効となりますか?

過去の裁判例において、労働契約締結時に明確区分性が確保されていなければ、事後的に作成される給与明細書等で定額残業代の金額を明記しただけでは、残業代の支払いとして有効とはならないと判断されています(京都地方裁判所 平成28年9月30日判決)。

したがって、定額残業代導入時に優先すべきであるのは、採用時の求人広告への記載、労働条件通知書(または雇用契約書)に、定額残業代に関する内容を明記することです。給与明細書等への記載は、有効性を維持するための補助的な要素と考えるのが妥当でしょう。

定額残業代制に関するリスクや労使トラブルを避けるためには弁護士にご相談ください

定額残業代制は誤った運用をすると、残業代未払いが発生し、大きなトラブルにつながる危険があります。本来この制度のメリットは、残業代計算の簡素化や残業抑制による業務効率化といった限定的なものです。しかし、「どれだけ働かせてもよい」と誤解されるケースも少なくありません。

さらに、定額残業代制には明確な法律の規定がなく、その有効性は裁判例に基づいて判断されます。近年も新しい判例が続出しているため、最新の基準を踏まえた制度設計が求められます。

制度を安全に導入・運用するためには、法律の専門家である弁護士への相談が有効です。定額残業代制についてお悩みの方は、労働法務に詳しい弁護士法人ALGへぜひご相談ください。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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