フレックス導入の注意点と時間外労働(残業)について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

近年、時間に縛られない働き方を実現する制度として、フレックスタイム制が注目されており、既に多くの企業が導入しています。
しかしながら、フレックスタイム制を導入しても、会社として従業員の労働時間を管理する義務がなくなることはありません。また、フレックスタイム制における残業代の計算は、通常の残業代計算とは異なったルールによって行わなければなりません。

そして、フレックスタイム制について正確に理解しないまま導入すると、誤った運用等によって労使トラブルを招くおそれがあるため注意が必要です。
本記事では、フレックスタイム制の導入からその運用についての留意点を説明していきます。

目次

フレックスタイム制における留意点

フレックスタイム制における留意点として、以下が挙げられます。

  • 各労働者の勤務時間が異なるために、各々の労働時間を把握して管理することの重要性が高まる。
  • 他の労働者と同じ時間帯に働くことや、深夜又は早朝に出勤することが重要な職種及び業界については、フレックスタイム制は不向きである。
  • フレックスタイム制のルールは就業規則及び労使協定で明確に定めて周知する必要がある。

これらのことを考慮して、フレックスタイム制を導入するか否かを決めるようにしましょう。

フレックスタイム制のメリット・デメリット

フレックスタイム制を導入することには、以下のようなメリットとデメリットがあります。

【メリット】

  • 生産性を向上させられる
    労働時間を短くしようという意識が働き、仕事に集中して取り組めるようになります。
  • ワークライフバランスを実現しやすくなる
    仕事と家庭の調和を図りやすくなります。
  • 優秀な人材を確保できる可能性が高まる
    遠方に住んでいる人が通いやすくなる等、雇える人材の幅が広がります。

【デメリット】

  • 労働者同士のコミュニケーションが取りづらくなる
    労働者が顔を合わせる機会が減るため、相談する時間も減ってしまいます。
  • 急な業務に対応できないおそれがある
    突発的な事態があったときに、対応する能力が高い労働者が社内にいない状況が発生しやすくなります。
  • 勤怠管理が難しくなる
    労働時間が長すぎる労働者や短すぎる労働者には、早い時点で声をかける必要が生じる等、各労働者の状況を把握しなければなりません。

フレックスタイム制を導入するメリットとデメリットについて、さらに詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。

フレックスタイム制の導入にあたっての留意点

フレックスタイム制を導入するときには、以下の点に留意する必要があります。

①就業規則等に規定し、従業員に周知しなければならない
②労使協定で所定の事項を定めなければならない

これらの留意点について、以下で解説します。

就業規則の規定と従業員への周知

フレックスタイム制を導入するには、就業規則に、「始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねる」旨を定める必要があります。
さらに、フレックスタイム制の定めをした就業規則は、労働者に周知する必要があります。たとえ詳細な規定を設けたとしても、そのことを労働者が知り得る状況になければ効力を生じないので注意しましょう。

以下に、就業規則の規定例を掲載します。

就業規則(規定例)
(適⽤労働者の範囲)第○条
商品開発部及び経理課に所属する従業員にはフレックスタイム制を適⽤する。

(清算期間及び総労働時間)第○条
1 清算期間は1ヶ月間とし、毎⽉1⽇を起算⽇とする。
2 清算期間中に労働すべき総労働時間は、160時間とする。

(標準労働時間)第○条
標準となる1⽇の労働時間は、8時間とする。

(フレキシブルタイム及びコアタイム)第○条
1 フレックスタイム制が適用される従業員の始業及び終業の時刻は、従業員に委ねる。ただし、始業時刻にできる時間帯は午前7時から午前11時まで、終業時刻にできる時間帯は、午後4時から午後8時までの間とする。
2 午前11時から午後4時までの間(午後1時から午後2時までの休憩時間を除く)については、所属⻑の承認のないかぎり、所定の労働に従事しなければならない。

フレックスタイム制を導入するときに、就業規則にどのような事項を記載すれば良いかを知りたい方は、以下のページも併せてご覧ください。

労使協定の締結

フレックスタイム制の具体的内容となる以下の事項を、労使協定に定めましょう。

  • ①対象となる労働者の範囲
  • ②清算期間
  • ③清算期間における総労働時間
  • ④標準となる1日の労働時間
  • ⑤コアタイム
  • ⑥フレキシブルタイム

フレックスタイム制を導入するときの、労使協定の具体的な定め方については、以下のページをご覧ください。

フレックスタイム制の労働時間に関する留意点

フレックスタイム制は始業・終業時刻を労働者が自分で決められる制度なので、どちらかを会社が決めた時間に固定することはできません。
例えば、「毎朝9時に行われる始業時の朝礼には必ず参加するように」といった命令は、始業時間を固定してしまうため、できないと考えられます。

ただし、やむを得ない理由(取引先との打ち合わせ等)により、特定の時間についての勤務を命じることは可能だと考えられており、労働者はフレックスタイム制の対象であることを理由として勤務を拒否することはできません。

休憩時間の付与について

フレックスタイム制においても、労働時間に応じた休憩時間の付与が義務づけられています。
必要な休憩時間は、労基法34条により、以下のように定められています。

・労働時間が6時間を超える場合 45分以上
・労働時間が8時間を超える場合 1時間以上

一般的には、コアタイム内に休憩時間を設定します。コアタイムとは、勤務が義務づけられている時間帯であり、この時間帯に休憩時間を設ければ、労働者が休憩を取り忘れるリスクを軽減できます。

ただし、コアタイムの指定のないフレックスタイム制(いわゆるスーパーフレックス)を導入している場合には、他の労働者と休憩時間が異なる旨の規定を就業規則等に定めなければなりません。また、労働者に休憩を取らせないことは違法なので、必ず休憩を取るように注意を促しましょう。

労働基準法
(休憩)第34条

使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

なお、休憩時間の付与についての詳細は、こちらをご覧ください。

遅刻・欠勤・早退の取扱い

フレックスタイム制が適用されている労働者がコアタイムに遅刻したり、コアタイムの時間内に早退したりすることがあります。また、出勤日に欠勤するケースも考えられます。

これらのときに、清算期間内の実労働時間が総労働時間を満たしている場合には、「労働時間が欠けている」ことを理由とした賃金控除は基本的にできません。一方で、実労働時間が総労働時間を満たしていない場合には、不足した時間の賃金を控除することができます。

また、コアタイムの遅刻や早退、勤務日の欠勤を理由とした指導や懲戒処分は可能です。また、査定に反映することも可能です。

フレックスタイム制の清算期間に関する留意点

清算期間とは、フレックスタイム制が適用される労働者の労働時間を定める期間のことであり、労働者は清算期間ごとに労働時間の過不足を処理します。清算期間は、以前は1ヶ月以内の期間に設定することしかできませんでしたが、現在では3ヶ月以内の期間を設定することができるようになりました。

なお、清算期間が1ヶ月を超えるときには、以下の点に留意しましょう。

  • 清算期間内の週平均労働時間が40時間を超えると時間外労働になること
    →労働者に時間外労働をさせるためには、36協定の締結が必要になります。
  • 1ヶ月ごとの週平均労働時間が週平均50時間を超えると時間外労働になること
    →繁忙月に労働時間を集中させると、時間外労働が長時間になってしまいます。
  • 労使協定を締結して労働基準監督署に届け出る必要があること
    →清算期間が1ヶ月以内である場合には、届出は不要です。

フレックスタイム制の時間外労働に関する留意点

フレックスタイム制が適用される労働者についても時間外労働があり、割増賃金を支払う必要がある点に留意しなければなりません。また、時間外労働の上限規制が適用されることにも留意しましょう。

フレックスタイム制における時間外労働は、以下の場合に発生します。

  • 清算期間内における労働時間が総労働時間(労働するべき時間)を超えた場合
  • 清算期間が1ヶ月を超えるときに1ヶ月の労働時間が週平均50時間を超えた場合

時間外労働の割増賃金は、通常の賃金の1.25倍以上の金額でなければなりません。
また、清算期間が長いと、期間の最終月の時間外労働が特に長時間になりがちです。例えば、清算期間が3ヶ月であり、各月の労働時間が週平均50時間を15時間ずつ上回っていると、最終月の労働時間が週平均40時間を20時間上回っただけで、時間外労働は「15時間+15時間+20時間=50時間」となり、通常の上限とされる45時間を上回ってしまいます。

時間外労働の上限規制

フレックスタイム制においても、時間外労働の上限規制が適用されます。
時間外労働の上限規制は、36協定を締結したときに適用される規制であり、時間外労働は以下の範囲内に収めなければなりません。

  • 月45時間以下
  • 年360時間以下

フレックスタイム制においても、時間外労働をするには36協定の締結・届出が必要とされています。つまり、36協定の締結・届出がなければ、時間外労働は違法となります。

ただし、フレックスタイム制が適用される労働者については、1日について時間外労働ができる時間を協定する必要はありません。代わりに、清算期間を通算して時間外労働をすることができる時間を協定する必要があります。

割増賃金の支払いについて

フレックスタイム制が適用される労働者についても、割増賃金を支払わなければなりません。

まず、時間外労働の割増賃金は、週平均の労働時間が40時間を超えた場合に、超過分に対して支払われます。
また、清算期間が1ヶ月を超える場合には、清算期間内の特定の月における週平均の労働時間が50時間を超えた場合に支払われます。この割増賃金は、清算期間内の全体における週平均の労働時間が40時間を下回っても支払う必要があります。

さらに、深夜労働や休日労働の割増賃金も、通常の労働者と同様に支払う必要があります。もしも、フレックスタイム制が適用される労働者が深夜にばかり働いていたら、割増賃金が高額になるおそれがあるため、コアタイムやフレキシブルタイムを設定する時間帯に注意しましょう。

フレックスタイム制が適用される労働者に対して割増賃金を支払わなければならないケースについて、詳細に知りたい方は以下の記事をご覧ください。

労働時間に過不足があった場合の対処法は?

フレックスタイム制を導入した場合に、清算期間における総労働時間と実労働時間とに過不足が発生したときには、その過不足に応じた賃金の支払いが必要です。
上回っているときには時間外労働割増賃金を支払う義務が生じます。不足しているときには、その時間の賃金を差し引くことができます。

なお、不足したときには、次の清算期間の総労働時間に加える処理が可能です。

総労働時間に過剰があった場合

実労働時間が総労働時間を上回った場合には、時間外労働の割増賃金は以下のように扱われます。

●「所定労働時間=法定労働時間」の場合
「超過した時間=法定外労働時間」となりますので、超過した時間に対して割増賃金を支払います。

●「所定労働時間<法定労働時間」の場合
超過した時間のうち、法定労働時間によって計算した総労働時間を超えた労働時間について割増賃金を支払います。ただし、清算期間が1ヶ月を超えるケースでは、特定の月の週平均労働時間が50時間を超えた分についても割増賃金を支払わなければなりません。

なお、総労働時間を上回った時間を、次の清算期間に繰り越す処理は認められません。これは、賃金は毎月1回以上、全額を支払う義務があるからです(労基法24条)。

労働基準法
(賃金の支払)第24条

1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(以下略)
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。(以下略)

総労働時間に不足があった場合

実労働時間が総労働時間に不足した場合、2通りの対応方法が考えられます。

①不足した時間分の賃金を控除して支払う

②賃金控除は行わず、不足した時間を繰り越して、翌月の総労働時間に加算する
加算後の時間(総労働時間+前の清算期間における不足した時間)が、法定労働時間における総枠の範囲内であることが必要です。
そのため、「所定労働時間<法定労働時間」のフレックスタイム制で採用するケースが多いです。

フレックスタイム制を違法に運用するとどうなる?

フレックスタイム制を違法に運用すると、無効となり、1日8時間を超えた労働が時間外労働になって割増賃金を支払わなければならない等の影響が生じるおそれがあります。

フレックスタイム制が違法とみなされるのは、主に以下のような場合です。

  • 始業時間と終業時間のどちらか又は両方が固定されている
  • コアタイムではない時間帯に行われる会議への出席を繰り返し強制する
  • 時間外労働に対する割増賃金を支払わない
  • 発生した時間外労働を、休日を増やして相殺したことにする
  • 発生した時間外労働を、次の清算期間の労働時間から差し引く
  • 時間外労働が発生することを理由として、労働者の有給休暇の取得を拒否する
  • コアタイムの遅刻や欠勤、早退について、賃金をその都度カットする

フレックスタイム制のよくある質問

フレックスタイム制を個人単位で導入することは可能ですか?

フレックスタイム制は個人ごとに導入することが可能です。また、部署ごとに導入することも可能です。
そのためには、労使協定を締結するときに、対象となる労働者の範囲を個人又は部署に定める必要があります。

ただし、個人単位等のフレックスタイム制を設定すると、各労働者のコアタイムやフレキシブルタイム等を定めることになります。管理が大変になることに留意して導入しましょう。

フレックスタイム制の対象となる労働者の範囲については、以下のページを併せてご覧ください。

フレキシブルタイムやコアタイムは必ず設定しなければならないのでしょうか?

「フレキシブルタイム」「コアタイム」とは、それぞれ以下のことを指します。

フレキシブルタイム・・・・・・・・いつでも出勤・退勤できる時間帯
コアタイム・・・・・・・・・・・・必ず働いていなければならない時間帯

フレキシブルタイムやコアタイムは、必ずしも設定する必要はありません。
しかしながら、コアタイムがないと、労働者がいつ勤務しているかが分からなくなるというデメリットがあり、コアタイムがある場合に比べるとコミュニケーションを取ることが難しくなります。

また、フレキシブルタイムがないということは、労働者がいつ出勤しても良いということであり、極端な話をすると、早朝や深夜に出勤することも可能になってしまいます。
連絡や労務管理、社内の設備等の運用が難しくなるので、フレキシブルタイムとコアタイムは定めることをお勧めします。

フレキシブルタイムとコアタイムについて詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。

フレックスタイムで早出や居残り残業を命令することは可能ですか?

フレックスタイム制は、「始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねる」制度であるため、基本的に早出や居残り残業を命じることはできません。
しかし、顧客との打ち合わせが行われる日についてのみ早出や残業を命令する等のケースについては、労使協定に例外規定を設けておけば可能となる場合があります。

ただし、これは例外的な状況についてのみ認められることであり、毎日のように行われる会議への出席を命じるようなケースについては認められません。

フレックスタイム制における、年次有給休暇の取り扱いについて教えてください

フレックスタイム制において年次有給休暇を取得した場合には、「標準となる1日の労働時間」について労働したものとみなします。「標準となる1日の労働時間」は、労使協定によって定めます。
労働者の総労働時間が不足してしまった場合に、有給休暇を取得したことにして不足分を補うことは、たとえ労働者が同意していても認められないので注意しましょう。

なお、時間外割増賃金については、“実労働時間”に対して支払われることから、年次有給休暇を取得したことによって、清算期間内における労働時間が、総枠の労働時間を超過したとしても、“実労働時間”が超えた範囲でしか時間外割増賃金は発生しません。

時間管理が苦手な社員へ適用する場合の留意点を教えてください

フレックスタイム制を導入すると、時間管理が不得意な社員が出てくることがあります。
そのような社員に対しては、フレックスタイム制の解除ができるようにしておくべきです。

解除については、労使協定にフレックスタイム制の解除事由を定めておく必要がありますので、ご留意ください。

フレックスタイム制で生じる問題解決に向けて、弁護士がアドバイスさせていただきます

フレックスタイム制を導入するときには、適切な労使協定を締結し、労働時間を確実に把握しなければならない等、注意するべき点が数多くあります。
また、運用していくときにも、時間外割増賃金の計算方法等、通常とは異なるルールを意識しなければなりません。

弁護士であれば、フレックスタイム制を導入するときに、より企業の実態に合った制度を設計し、導入時や運用しているときの混乱を予防することが可能です。
フレックスタイム制を導入したいけれども、不明な点があってためらっている場合や、適切に運用していくのが難しいと感じている場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。

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執筆弁護士

シニアアソシエイト 弁護士 大平 健城
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所シニアアソシエイト 弁護士大平 健城(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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