監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
ハラスメントを理由に労働審判を申し立てられることは、会社にとって突然の事態であり、対応に戸惑うケースも少なくありません。労働審判では金銭的な負担だけでなく、対応にかかる時間や労力、従業員の士気低下といったリスクを伴います。こうしたダメージを最小限に抑えるには、迅速かつ適切な対応が不可欠です。
この記事では、ハラスメントを理由に労働審判を申し立てられた際に、会社側がどう反論すべきか、答弁書を作成する際のポイントなどについて解説します。
目次
ハラスメントで労働審判を申し立てられたら何をするべき?
ハラスメントを理由に労働審判が申し立てられた場合、企業はできるだけ早く、適切な対応を進めることが重要です。
基本的な対応の流れは、次のとおりです。
- 労働者の主張を把握
- 申立書に記載された事実関係の調査
- 答弁書の作成
①労働者の主張を把握
労働審判に対応するうえで、まず重要なのは労働者の主張を正確に把握することです。会社によるハラスメントを理由に損害賠償を求められている場合だけでなく、労働条件の回復や退職の無効など、請求内容はさまざまです。いずれの場合も、労働者がどのような事実を主張しているのかを整理しなければなりません。特に以下の点を確認することが重要です。
- どのような行為をハラスメントだと主張しているか
- そのハラスメントによってどのような影響が生じたと主張しているか
②申立書に記載された事実関係の調査
ハラスメントによる労働審判を申し立てられた場合、まずは「申立書」に記載されている事実関係の有無について、社内調査を行うことが必要です。
この調査は、会社側が反論を行うための重要な基礎資料となります。労働審判は、他の法的手続きと比べて進行が非常に速いため、社内調査も迅速に進める必要があります。
社内調査の内容としては、
- 事実の有無(ハラスメントにあたりうる発言があったかどうか等)
- 証拠の有無(ハラスメント発言があったとして録音があるか、なかった場合にそれを証言できる者がいるか等)
上記事項を中心に、関係者への聞き取りや、メールやメッセージの内容確認といった調査をすることが考えられます。
特に証拠の確保はスピード勝負です。証拠を失わないよう、データの保存や記録化を早急に行いましょう。
また、調査を進める際には、担当者の選任も重要です。人事部門やコンプライアンス部門など、利害関係がなく公平な立場の担当者を選ぶのが適切です。
ハラスメント調査の具体的な方法については、こちらの記事をご覧ください。
③答弁書の作成
答弁書とは、申立書に書かれた主張に対する、会社側の意見や反論をまとめた書面です。適切な答弁書を作成することで、審判委員に会社の立場を正確に理解してもらい、有利な判断を得る可能性が高まります。
答弁書に記載すべき内容は、大きく以下の3つです。
- 「申立ての趣旨」に対する答弁
⇒労働者の申立て(賠償金を支払え等)を争うかどうか - 申立書記載の事実に対する認否
⇒申立書記載の事実を事実と認めるかどうか - 会社側の反論
⇒上記反論のパターンに応じた会社としての反論とその理由(ハラスメントの事実がないのであれば、なぜ「ない」といえるのか等)
以上の答弁書の内容について、何らかの資料がある場合には、証拠として提出する必要があります。
通常、答弁書は第1回期日の約1週間前までに提出しなければなりません。提出が遅れたり、提出しなかったりすると、裁判所が会社側の主張を十分に把握できず、不利な判断を受けるリスクがあります。
そのため、提出期限を厳守し、証拠の準備も速やかに進めることが重要です。
ハラスメントによる労働審判に会社はどう反論すべきか?
ハラスメントを理由に労働審判を申し立てられた場合、会社として適切な反論を行うことが重要です。反論の目的は、損害賠償責任を完全に回避することだけでなく、事実を認めた上で賠償額を減額することも含まれます。
会社が主張できる反論の例として、以下があげられます。
- ハラスメントの事実は存在しないこと
- 行われた行為は不法行為には該当しないこと
- 会社の業務とは無関係に行われたハラスメントであること
- ハラスメントとは因果関係のない損害が主張されていること
- 被害者の態度がハラスメント行為の一因になったこと
実際の労働審判では、これらの反論を組み合わせて、会社としてハラスメントによる損害賠償責任を負わないと反論する、または責任を認めつつ賠償額を減額する方向で交渉することになります。
ハラスメントの事実は存在しない
会社が主張できる反論の例として、「ハラスメントの事実は存在しない」という主張があげられます。この反論を行う際には、ただ否定するだけでなく、調査結果や証拠をもとに事実が確認できないことを具体的に示すことが重要です。
例えば、申立人が「上司から毎日パワハラを受けた」と主張している場合、勤怠記録や面談記録を確認した結果、実際には上司と申立人が月に数回しか会っていなかったことが分かれば、その食い違いを指摘することができます。また、「会議中に人格否定された」という主張について、会議の録音や議事録を確認し、そのような発言がなかったことを証拠として示せば、会社側の説明に信頼性を持たせることが可能です。
行われた行為は不法行為には該当しない
ハラスメントの事実は認めたうえで、「不法行為に該当しない」と反論する方法もあります。
ハラスメントがあったからといって、そのすべてが不法行為に該当し損害賠償の対象になるわけではありません。不法行為が成立するには、故意または過失、権利侵害、損害の発生、損害と行為の因果関係といった要件を満たすことが必要です。
例えば、会社がハラスメント発覚後、速やかに加害社員に対する懲戒処分や被害者のケアなど適切な対応を行った場合は、不法行為に当たらず損害賠償責任を負わない可能性があります。
会社の業務とは無関係に行われたハラスメントである
「ハラスメントはプライベートの時間に行われた行為だ」と反論する方法もあります。
例えば、従業員同士が休日に私的な集まりで不適切な言動をした場合、これは業務外の行為であり、会社には安全配慮義務が発生しないため、損害賠償責任を負う必要はありません。
ただし、上司が部下に評価に影響すると暗に示しながら、勤務時間外の飲み会で不適切な言動をした場合は注意が必要です。このようなケースでは、会社の立場を利用した行為と判断され、会社の責任が問われる可能性があります。
また、社内イベントや懇親会など、業務と密接に関連する場で起きたハラスメントも、プライベートとは言えず、会社の関与が認められる場合があります。状況によって会社の責任は変わるため、事実関係を丁寧に整理しましょう。
ハラスメントとは因果関係のない損害が主張されている
ハラスメントの事実は認めたうえで、「主張している損害との因果関係がない」と反論する方法もあります。従業員の精神疾患の発症が、ハラスメントではなく別の原因による場合は、ハラスメントと損害との因果関係が否定され、会社は損害賠償責任を負う可能性は低くなります。
例えば、従業員が「うつ病はハラスメントが原因」と訴えたとしても、家庭内トラブルを抱えていたことや、過去に同様の症状で通院歴があることが判明すれば、「ハラスメントが直接の原因ではない」と反論することが可能です。会社側は、医師の診断書や勤務状況、同じような行為を受けた他の従業員の状況などを踏まえ、損害がハラスメントによって直接生じたものではないことを具体的に主張することが重要です。
被害者の態度がハラスメント行為の一因になった
ハラスメントの事実は認めたうえで、「ハラスメントの原因の一つに被害者側の問題があった」と反論する方法もあります。不法行為の評価においては、加害者の行為だけでなく、被害者の言動が状況を悪化させたかどうかも重要な要素となります。
例えば、上司が繰り返し指導しても従業員が態度を改めず、反抗的な言動を続けた場合、指導がエスカレートする原因になったと主張することが可能です。また、従業員がわざと加害者を怒らせ、そのやり取りを録音するなど挑発的な行動を取った場合も、ハラスメント発生の背景事情として考慮されます。
会社側は、指導の経緯や録音の状況、勤務態度に関する記録などを整理し、被害者の行動も一因であったことを証明することが重要です。
労働審判の答弁書を作成する際のポイント
パワハラの場合、セクハラの場合を想定した答弁書作成のポイントについて説明します。
パワハラの場合
パワハラとは、職場において行われる以下の要素を備えた言動をいいます。
- ①優越的な関係を背景としたものであること
- ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
- ③労働者の就業環境が害されるものであること
パワハラについて争う「答弁書」を作成する際には、上記要素それぞれについて言及しておくべきでしょう。
特に、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであるかどうかは、言動の内容によりますが、その判断が難しいことが多いです。
その点を争う場合には、当該労働者の就業状況や、問題となる発言等が行われた経緯等から、行われた発言等が「業務上必要かつ相当な範囲内であること」をしっかりと説明しておくべきでしょう。
なお、“パワハラ”について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
セクハラの場合
セクハラとは、職場での性的な言動によって、相手に不快な思いをさせたり、不利益を与えたりする行為のことです。セクハラは大きく以下の2つに分けられます。
- 対価型セクハラ:性的な言動を拒否したことで、解雇や降格などの不利益を受けること
- 環境型セクハラ:性的な言動により職場環境が不快になること
○対価型セクハラの具体例
- 事業主が性的な関係を要求したが拒否されたので解雇する
- 人事考課などを条件に性的な関係を求める
- 職場内での性的な発言に対し抗議した者を配置転換する
○環境型セクハラの具体例
- 性的な話題をしばしば口にする
- 恋愛経験を執ように尋ねる
- 宴会で男性に裸踊りを強要する
- 特に用事もないのに執ようにメールを送る
答弁書を作成する際は、セクハラの類型と具体例を踏まえ、セクハラがなかったことを言及すべきでしょう。環境型セクハラはよくある事例ですが、それだけで高額な損害賠償が認められることは少ないものの、放置は許されません。
一方、対価型セクハラが行われた場合は、損害賠償額も大きくなりやすく、企業にとって重大な問題です。否定する場合は、解雇や配置転換と性的言動に関連性がないことを、人事考課などの客観的な資料で示す必要があります。
セクハラ対策については、こちらの記事をご覧ください。
労働審判の流れと注意点
労働審判は、裁判官と審判員で構成される労働審判委員会が担当し、原則3回以内の期日で進行します。まずは和解を試み、解決できない場合は審判(判決に近いもの)を行います。
審判の流れは次のとおりです。
- 申立て
労働者が裁判所に申立てを行い、申立書が会社に届きます。 - 第1回期日の指定
申立書には第1回期日が記載されています。会社はその 1週間前までに答弁書を提出する必要があります。 - 第1回期日
労働審判委員会から、解決の方向性が示されることがあります。 - 第2回期日
ハラスメントの有無など、主張や証拠の整理は原則ここまでに完了します。 - 第3回期日 労働審判委員会から、最終的な和解案が提示されます。
- 審判
和解できない場合、労働審判委員会が審判を下します。
審判が下されても、労働者から異議が出されると裁判に移行するため注意が必要です。
労働審判についての詳細は、こちらの記事をご覧ください。
ハラスメントによる労働審判を未然に防ぐための対策
ハラスメントによる労働審判を防ぐには、社内体制の整備が最も重要です。
ハラスメントが発生すると、会社は労働審判や裁判に巻き込まれ、多額の損害賠償を負うリスクがあります。これを防ぐには、社内研修により防止意識を高め、就業規則に適切な処分規定を設けるなど、ハラスメントを起こさない仕組みを整備することが重要です。
また、相談窓口を設置し、社内トラブルを早期に解決できる体制を整えることも効果的です。加えて、密室でのやり取りを避ける工夫や、ミーティングの議事録作成、メッセージの記録確認など、事後調査しやすい環境を整えることも求められます。こうした対策により、ハラスメント発生時のリスクを最小限に抑え、労働審判や裁判への発展を防げます。
ハラスメント防止策について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
ハラスメントの労働審判での反論や答弁書の作成は弁護士にご相談ください
会社がハラスメントを理由に労働審判を申し立てられた場合、手続きはスピーディに進むため、事実関係の有無にかかわらず大きな負担となります。特に、答弁書の作成は労働審判における最重要ポイントであり、限られた時間の中で、事実関係の調査と法的な主張を整理し、適切な反論を行う必要があります。
しかし、こうした対応は、専門知識がない経営者や担当者にとって難易度が高いものです。
弁護士に依頼すれば、事実調査のサポート、証拠の整理、法的根拠に基づいた答弁書の作成、労働審判期日での代理対応、和解交渉の戦略立案など、専門的なサポートを受けることができます。
労働審判を申し立てられた際は、なるべく早く労働問題に詳しい弁護士にご相談ください。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
