監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「固定残業代制」は、割増賃金(残業代)の支払方法の1つとしてよく利用される方法です。
割増賃金(残業代)は、本来は、法定労働時間を超えた労働に対して、その法定労働時間を超えた労働時間に応じて支払われなければならないものです。
「固定残業代制」は、実際の時間外労働の有無や長短にかかわらず、労働契約等において定められた額を事前にまとめて支払っておくものです。
固定残業代制は、正しく運用されていれば法律上有効に利用できると考えられています。しかし、固定残業代の制度は、導入の仕方、内容を誤るとトラブルに発展し、会社にとって大きな損害となる可能性があります。
そこで、以下では、このようなトラブルを回避するために、固定残業代を導入するにあたり、固定残業代が違法となるケースについて説明します。
目次
- 1 固定残業代(みなし残業)が違法になる5つのケースとは?
- 2 固定残業代が違法と判断された場合の企業リスク
- 3 固定残業代制を正しく運用するために気を付けること
- 4 固定残業代が違法と判断された裁判例
- 5 固定残業代制の運用やトラブルでお悩みなら、企業労務に強い弁護士にご相談下さい。
- 6 よくある質問
- 6.1 固定残業代は違法ですか?
- 6.2 固定残業代の有効性はどのように判断されますか?
- 6.3 固定残業時間を45時間以上に設定できるのはどのようなケースですか?
- 6.4 固定残業代について「月給25万円(固定残業代含む)」のような表記は問題ないですか?
- 6.5 固定残業代における休日労働や深夜労働の扱いはどうなりますか?
- 6.6 役職手当を固定残業代として支給することは違法ですか?
- 6.7 固定残業代が実際の残業時間に見合っていない場合は違法ですか?
- 6.8 固定残業代の未払い分を請求された場合、遡って支払わなければなりませんか?
- 6.9 固定残業代について違法な運用をしていた場合、企業は罰則を受けますか?
- 6.10 固定残業代制を導入する際には労働者の同意が必要ですか?
固定残業代(みなし残業)が違法になる5つのケースとは?
固定残業代(みなし残業)が違法になるケースは、大きく分けて以下の5つのケースがあります。
以下では、この5つのケースについて、それぞれ詳しく説明していきます。
なお、固定残業代について、詳しくは以下のページもあわせてご覧ください。
①就業規則や雇用契約書に明示されていない
固定残業代を導入する場合には、就業規則に固定残業代について規定された上、従業員に周知されているか、労働者ごとの各個別の雇用契約において、固定残業代について規定されているかのいずれかの方法により、固定残業代を導入することについて労働契約上の合意がなされていることが必要となります。
したがって、固定残業代について就業規則に規定されておらず、労働者ごとの各個別の雇用契約にも規定がない場合には、当該固定残業代は違法と判断される可能性が非常に高いです。
②固定残業代の金額が明確でない
固定残業代を導入・運用する場合には、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が、明確に区分されていることが必要となります。
これは、何時間の残業時間に対して、いくらの固定残業代が支払われているのかが明らかでないと、残業代が果たして適法に支払われているのか判断が困難であるためです。
したがって、固定残業代に当たる部分が不明な固定残業代制は、無効と判断される可能性が高いです。
③固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回っている
最低賃金とは、最低限の賃金を保障することによって、労働者の生活を安定させることなどを目的として、最低賃金法に基づいて定められる賃金です。
賃金の支払いについて、労使間で合意のうえ最低賃金を下回る内容の契約を交わしたとしても、賃金に関する当該合意は無効となります。無効となった場合には、労働者へ支払う賃金は、最低賃金額まで引き上げた金額になります(最低賃金法第4条)。
固定残業代は、基本給に含めて支払われている例も多いことから、一見すると給与の支払い額が多く、最低賃金を上回っているように感じる場合もありますが、最低賃金は、固定残業代を除いて計算することになるため、注意が必要です。
したがって、固定残業代を除いて計算した結果、最低賃金を下回ることになる場合には、賃金に関する当該合意は違法であり、固定残業代の合意と併せて無効と判断される可能性があります。
最低賃金制度については、以下のページもあわせてご覧ください。
④固定残業時間が月45時間を上回っている
法定労働時間は「1日8時間、週40時間」、法定休日は「週1日または4週4日」までと定められています(労基法32条2項、36条4項)。これを超えて時間外労働や休日労働させるためには、労使間で36協定を結び、労働基準監督署に届け出なければなりません(同法36条1項)。
ただし、36協定を結んだ場合でも、
通常の36協定
・時間外労働:月45時間、年360時間以内
臨時的な事情による特別条項付き36協定
・時間外労働:年720時間以内
・時間外労働+休日労働:月100時間未満、2~6ヶ月平均でいずれも80時間以内
・月45時間超えの時間外労働:年6回まで
という上限時間が設けられています。
また、裁判例上、固定残業時間が月45時間を超えている場合に、その他の事情と併せて、45時間を超える固定残業代制を無効と判断されたものも存在します(東京高裁平成30年10月4日判決等)。
以上のことから、固定残業時間が45時間を上回っている場合には、当該固定残業代の合意は無効と判断される可能性があります。
時間外労働の上限規制については、以下のページもあわせてご覧ください。
⑤規定時間を超えた分の残業代を支払っていない
固定残業代制は、合意によって決められた時間数の残業代をあらかじめ支払うという制度にすぎず、合意によって定められた時間数以上の労働時間があった場合でも残業代を支払わなくて良いという制度ではありません。
そのため、合意によって決められた労働時間数を超えた場合には、当該超えた時間数分の割増賃金を支払わなくてはならないと考えられます。
したがって、合意によって決められた労働時間数を超えているにもかかわらず、超えた分の割増賃金を支払っていない場合には、違法と判断される可能性が高いです。
固定残業代が違法と判断された場合の企業リスク
固定残業代が無効とされた場合、会社は、当該従業員に対して残業代を一切払っていなかったこととなり、本来支払うべきであった割増賃金を大きく超える金銭の支払いを命じられるおそれがあります。
具体的には、例えば、基本給40万円の中に、固定残業代8万円が組み込まれる形で賃金を支払っていた場合、固定残業代が無効と判断されると、当該40万円の支払いは、基本給のみに対する支払いと判断されることとなり、残業代(割増賃金)の支払いは一切なされていないこととなります。
そして、残業代(割増賃金)の計算にあたっては、固定残業代を省いた32万円ではなく、40万円全体を基本給としてなされることになり、残業代(割増賃金)の額が、本来の想定よりも大きく増額されたものとなってしまいます。
このように、固定残業代が無効とみなされた場合のリスクはかなり大きく、固定残業代の導入に当たっては、慎重に目的や内容等を検討していく必要があります。
固定残業代制を正しく運用するために気を付けること
労働基準法等の労働関係法令には、固定残業代がどのようなケースにおいて有効となるかについて規定されていません。
しかし、裁判例上、概ね、以下の3点を満たしている場合に、固定残業代の合意を有効と判断しています。
- ①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が、明確に区分されていること
- ②固定残業代として支払われている賃金が、時間外・休日労働や深夜労働に対する割増賃金に当たるものであることが、労働契約等の規定、勤務実態、支給実態等の事情から明確であること
- ③固定残業代の金額が、労働関係法令所定の額を下回っている場合は、その差額を支払うことが合意されていること、又は労働関係法令所定の額を下回っている場合に差額を支払うという取り扱いが確立していること
したがって、固定残業代を導入して運用する場合には、少なくとも以上の3点が欠けることがないように注意する必要があります。
固定残業代が違法と判断された裁判例
固定残業代制は、労働関係法令において明文の規定がないものの、正しく運用されていれば法律上有効に利用できる一方、違法と判断されるパターンがいくつか存在します。
そこで以下では、固定残業代制が公序良俗に反するため違法と判断された事例を紹介します。
事件の概要(平成27年(ワ)761号・令和2年2月19日・宇都宮地方裁判所・判決)
事案の概要
Xは、平成25年4月11日、社長室次長として、Y1に入社し、平成26年7月1日からY2に転籍し、平成27年6月29日にY2を退職したYらの元従業員でした。
Yらの賃金規程では、職務手当の性質について、「時間外労働に対する割増賃金として」支払われるものであることを明記してあり、さらにY1は、Xに対して給与に関する通知書を送付し、当該通知書において、Xの給与月額が58万3333円であり、内訳として、基本給(能力給)30万円、職務手当28万3333円、留意事項として、職務手当は時間外労働に対する割増賃金の定額払いで、時間外労働は131時間14分に相当し、実際の時間外労働がそれに満たなくとも、その分の返還を求めることはない旨を記載していました。
その後、Yらを退職したXは、Yらに対して、未払いとなっている残業代等を請求するために訴訟を提起しました。
裁判所の判断
裁判所は、まず、YらからXに対して支払われていた職務手当は、時間外労働に対する対価として支払われるもの(固定残業代の定め)であると認定した上、この固定残業代の定めとXの実際の時間外労働時間数は、大きく乖離してないものの、その乖離の幅は決して小さいものではなく、上記固定残業代の定めの運用次第では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる危険性の高い1ヶ月当たり80時間程度を大幅に超過する長時間労働の温床ともなり得る危険性を有しているものというべきとして、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」が認められない限り、当該職務手当を1ヶ月131時間14分相当の時間外労働等に対する賃金とする固定残業代の定めは、公序良俗に違反するものとして無効と解するのが相当であると判示しました。
そのうえで、本件では、上記のような特段の事情は存在しないため、固定残業代の定めは、公序良俗に違反し無効であると判断しました。
ポイント・解説
固定残業代の定めの有効性に関して、何時間分までなら固定残業代制として認め得るのかについての裁判例の立場は明確ではありません(80時間(いわゆる過労死ライン)などのあまりに長時間分の割増賃金を定額で支払うことは、公序良俗違反となり得るとする例として前掲東京高判平成30年10月4日判決(イクヌーザ事件)、固定残業代の定めのうち、45時間の限度で有効とした例として、札幌高判平成24年10月19日判決(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件))。
こうした中で、本判決は、定額部分として設定された時間外労働の時間の長さや実態との乖離から、直ちに当該固定残業代制の効力を否定しないものの、いわゆる過労死ラインとして労災の認定基準となる80時間を意識し、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」がない限り、公序良俗に反すると判断をしている点に特徴があります。
固定残業代制の運用やトラブルでお悩みなら、企業労務に強い弁護士にご相談下さい。
定額残業代(固定残業代)制度の導入は、会社にとっては、労働時間の管理が容易になる等のメリットがある一方で、固定残業代の有効性について争われている裁判例も多く、固定残業代を導入する場合には、内容を十分に検討した上で、制度設計をし、労働者に周知していく必要があります。
以上のように、固定残業代制を適切に運用して、労働者に理解してもらえるように、会社は十分に検討する必要がありますので、固定残業代の導入や運用でお困りの場合は、労務管理に精通した弁護士にぜひご相談ください。
よくある質問
固定残業代は違法ですか?
-
固定残業代制は、正しく運用されていれば法律上有効に利用できると考えられているため、固定残業代制自体は違法ではないと考えられます。
固定残業代の有効性はどのように判断されますか?
-
労働基準法等の労働関係法令には、固定残業代の合意がどのような場合に有効となるかについて規定されていません。
しかし、裁判例上、概ね、以下の3点を満たしている場合に、固定残業代を有効と判断しています。- ①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が、明確に区分されていること
- ②固定残業代として支払われている賃金が、時間外・休日労働や深夜労働に対する割増賃金に当たるものであることが、労働契約等の規定、勤務実態、支給実態等の事情から明確であること
- ③固定残業代の金額が、労働関係法令所定の額を下回っている場合は、その差額を支払うことが合意されていること、又は労働関係法令所定の額を下回っている場合に差額を支払うという取り扱いが確立していること
固定残業代の有効性については、以下のページもあわせてご覧ください。
固定残業時間を45時間以上に設定できるのはどのようなケースですか?
-
36協定により、従業員を「1ヶ月45時間」以上残業させることは原則認められていません。
しかし、特別条項付き36協定締結により、例外的に1ヶ月45時間を超える時間外労働が可能となる場合があります。この協定は、労働基準法第36条第5項の規定により、以下のような特別な事情がある場合に限られています。
特別な事情として認められる例
- 決算業務
- 業務の繁忙
- 大規模なクレームへの対応
- 工場のトラブルへの対応
- 突発的な仕様変更
上記条件を満たした場合、固定残業時間を1ヶ月45時間とする設定は理論上不可能ではありません。
しかし、設定した場合は従業員の実働時間を正確に把握する必要があるなど、月間・年間の時間外労働にかかる管理が煩雑となることも想定されるため、注意が必要です。
固定残業代について「月給25万円(固定残業代含む)」のような表記は問題ないですか?
-
「月給25万円(固定残業代含む)」という表記では、25万円のうちのいくらが固定残業代であり、何時間の労働時間に対する賃金なのかが不明確であるため、違法であると判断される可能性が高いです。
固定残業代における休日労働や深夜労働の扱いはどうなりますか?
-
固定残業代の金額が、休日労働や深夜労働を考慮したものとなっているか否かによって変動します。
固定残業代制導入にあたり、休日労働や深夜労働も含まれる旨明記しない場合は、固定残業代のほかに休日労働や深夜労働分の割増賃金を別途支払う必要があります。
役職手当を固定残業代として支給することは違法ですか?
-
固定残業代制は、6.2 固定残業代の有効性はどのように判断されますか?の項目で述べた要素を満たしていれば有効と考えられ、その名目は関係ないため、役職手当を固定残業代として支給することは問題ないでしょう。
固定残業代が実際の残業時間に見合っていない場合は違法ですか?
-
固定残業代が実際の残業時間と完全に対応していないことが、直ちに違法となる訳ではありません。
しかし、固定残業代制で定められた残業時間が、実際の残業時間より少ない場合には、実際の残業時間との差額を支払わなければ、違法となる可能性が高いです。
固定残業代の未払い分を請求された場合、遡って支払わなければなりませんか?
-
労働基準法115条によれば、未払残業代等の請求権は2年間で消滅時効が経過します。
消滅時効は債務者が援用(民法145条)しなければその効果は生じませんが、未払の残業代を請求されれば、会社は2年より古いものは消滅時効を援用するのが通常です。
したがって、残業代は2年前まで遡って支払う義務があります。また、民法改正により2020年4月1日以降に支払時期が到来する賃金債権については、3年間となっているため、今後はさらに注意が必要となります。
従業員から残業代を請求された場合の詳しい対応は、以下のページをご覧ください。
固定残業代について違法な運用をしていた場合、企業は罰則を受けますか?
-
労働基準法37条各項に定める割増賃金の支払いをしなかった場合には、使用者に対して、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されることとなります。
したがって、固定残業代制で定められた労働時間数を超える労働があった場合に、超えた分の割増賃金を支払わなかった場合には、労働基準法37条に違反するとして、上記の刑罰が科される可能性があります。
固定残業代制を導入する際には労働者の同意が必要ですか?
-
固定残業代を導入するには次のいずれかの方法により、労働契約上の合意が必要です。
- ①就業規則に固定残業代について規定して、従業員に周知する
- ②労働者ごとの各個別の雇用契約において、固定残業代について規定する
したがって、少なくとも、固定残業代制が適用されることが、使用者による周知により労働者が認識しており、労働契約の内容とされていることが必要です。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士田中 佑資(東京弁護士会)
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある