監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
2020年4月に民法が改正されたことにより、人事労務分野へも様々な影響がありました。
実務において、使用者側へはどのような対応が今後求められていくのでしょうか。
本コラムでは、「消滅時効」に関する改正内容を中心に解説していきます。賃金請求権にも関わる重要な点になりますので是非ご確認ください。
また、人事労務分野へ大きく影響を与えるその他の改正点についても触れていますのであわせてご覧ください。
目次
- 1 【2020年4月施行】民法改正の概要
- 2 民法改正を受けて労働基準法の消滅時効も改正された
- 3 賃金請求権の消滅時効延長による実務への影響
- 4 消滅時効の延長で企業に求められる対応
- 5 人事労務分野へ大きく影響を与えるその他の改正点
- 6 法改正への対応でお困りの際は、労働問題の専門家である弁護士にご相談下さい
- 7 よくある質問
- 7.1 賃金請求権の消滅時効の起算点を教えて下さい。
- 7.2 既に生じている未払い賃金についても改正後の時効が適用されますか?
- 7.3 賃金請求権の時効期間延長の対象となる債権にはどのようなものがありますか?
- 7.4 退職金請求権についても、時効延長の経過措置である「3年」が適用されますか?
- 7.5 賃金請求権の時効延長は年次有給休暇請求権にも及びますか?
- 7.6 労働者から未払い残業代を請求された場合の適切な対応について教えて下さい。
- 7.7 消滅時効を過ぎた後の未払い賃金請求には応じなくてもよいですか?
- 7.8 付加金はどのようなときに発生しますか?
- 7.9 保存期間延長の対象となる書類にはどのようなものがありますか?
- 7.10 身元保証契約の限度額は企業側が自由に決められますか?
【2020年4月施行】民法改正の概要
2020年4月に施行された改正民法では、売買、消費貸借、定型約款などの債権法の分野について大幅な見直しが行われました。
債権法の分野は、民法が1896年に制定されて以降、実質的な改正が行われてこなかったこともあり、実務的に要注目の内容となっています。
なお、債権法とはざっくり言うと、契約に関するルールをいいます。事業者にとって関わりが深い分野であるため、本稿を機に改正の概要について見直しを行うとよいかもしれません。
消滅時効に関する改正内容
改正民法では、消滅時効に関する部分について大きな改正がありました。
具体的には、民法上の消滅時効の期間が、債権の種類を問わず、①権利を行使できることを知った時から5年、または②権利を行使できる時から10年になりました。
従来は、債権の種類によって時効の期間が1年から10年の間で幅がありましたが、改正によって、消滅時効期間が統一され、わかりやすくなったことに特徴があります。
民法改正を受けて労働基準法の消滅時効も改正された
民法においては様々な債権の消滅時効を定めていますが、労働分野で最も重要な債権の一つである「賃金」の消滅時効については、民法のみならず労働基準法でも定められています。この場合、労働基準法が優先して適用されることになります。
今回は、民法の改正と同時に労働基準法も改正され、賃金請求権の消滅時効期間も見直しが行われました。
詳細について、次項から見ていきましょう。
①賃金請求権の消滅時効期間の延長
民法において、「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」(賃金)の請求権については、賃金の支給日から起算して1年で消滅時効にかかると定められていました。
しかし、消滅時効1年という期間の短さから、これでは労働者の保護に欠けるとの批判が多数あり、特別法にあたる労働基準法によって、賃金の消滅時効期間は民法の原則よりも長い「2年」と定められました。
そして、今回の労基法改正によって、賃金請求権の消滅時効はさらに「5年」に延長されることになりました。
なお、後述のとおり、消滅時効期間をいきなり長期に変更することに関しては、労使関係の不安定化を招くおそれがあるとして、当分の間は消滅時効期間を「3年」とする旨の経過措置が設けられています。
割増賃金の消滅時効についてより詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
②賃金台帳等の記録の保存期間の延長
労基法改正では、賃金台帳等の記録の保存期間も3年から「5年」に延長されました。
これは、賃金請求権の消滅時効期間に合わせて記録の保存延長を行うこと、つまり賃金請求権の消滅時効期間が満了するまでは、タイムカード等の必要な記録の保存がなされることをその趣旨としています。
なお、これについても経過措置が設けられており、当面の間は、保存期間は「3年」でよいとされています。これは賃金請求権の消滅時効期間の経過措置に合わせたものになります。
③付加金の請求期間の延長
労基法改正では、付加金の請求を行うことができる期間も、2年から「5年」に延長されました。
付加金は、割増賃金等の支払義務違反に対する制裁として、未払賃金の支払いを促すことを趣旨として設けられた制度ですが、これについても、賃金請求権の消滅時効期間に合わせて請求できる期間の見直しが行われました。
付加金についても、賃金請求権・記録の保存期間と同様に、当分の間は「3年」とする経過措置が設けられています。
付加金についてより詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
経過措置について
以上のとおり、労基法改正による各種期間の延長については、「当分の間」、「3年」とする経過措置が設けられています。
法律の制定や改定、廃止を行う場合、それまでの法秩序を変更することとなり、その内容や程度、経緯等によっては、社会生活に混乱を招くおそれがあります。そこで、社会生活の安定を確保し、従来の制度から新しい制度への円滑な移行を行うため、「経過措置」というルールが存在します。
労基法改正の経過措置は、それぞれ「当分の間」3年とされていますが、「当分の間」とはどれくらいの期間を指すのでしょうか。この点について、政府は本改正施行後5年経過後に各種消滅時効期間の再検討することとなっているため(労基法附則3条)、2025年4月以降に見直しが行われる可能性あります。
賃金請求権の消滅時効延長による実務への影響
賃料請求権の消滅時効が延長されたことにより、従来は2年分遡って支払えばよかったところが、3年分遡って支払わなければならないこととなります。
よって、単純計算で、使用者が支払うべき未払賃金の金額が従来の1.5倍に増えることとなります。
使用者はこれまで以上に、割増賃金の発生を抑制するべく、適切な労務管理を行う必要があるといえるでしょう。
未払い賃金で企業が受けるペナルティ
使用者による賃金未払いについては、上述の付加金や遅延損害金の支払義務が生じる可能性があるのみならず、30万円以下の罰金という罰則が科せられる場合もあります(労基法120条、24条)。
また、割増賃金の未払いについては、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金というより重い罰則が規定されています(労基法119条、37条)。
なお、これらの罰則については、使用者のみならず、賃金の支払いに関係する従業員にも科せられる可能性があるため、注意が必要です。
消滅時効の延長で企業に求められる対応
消滅時効期間の延長によって、労働者の使用者に対する未払い賃金請求額が増えることが容易に予想されます。これに対し使用者はどのような対応をとるべきなのでしょうか。
この点については、労働時間管理や割増賃金についての規定、取扱いを見直すことが重要です。
企業によっては、管理監督者や固定残業代の運用を適切に行っていないケースが散見されますが、これらの取扱いを誤ってしまうと、思わぬ割増賃金が発生するリスクがあります。
また、必要のない残業をさせないように、残業の許可制を導入することも効果的でしょう。
いずれにせよ、労働時間管理に関する就業規則等を今一度見直すことをおすすめします。
人事労務分野へ大きく影響を与えるその他の改正点
2020年4月に施行された改正民法では、賃金請求権の消滅時効以外にも、人事労務分野に影響を与える改正がありました。
いずれも重要かつ見落としやすいポイントであるため、以下で確認していきましょう。
雇用契約に関する改正
改正民法では、雇用契約の解除に関する規定(民法626条、627条)の改正が行われました。
従来は、有期労働契約の場合に、労働者側が雇用契約を解除したい場合であっても、3ヶ月前にその予告をする必要がある旨定められていましたが、これについては労働者の退職の自由が制約されているとして批判がありました。
そこで、改正により労働者側から雇用契約を解除する場合には、「2週間前」までに予告すれば足りるものとして、予告期間が短縮されました。
労働者の退職予告から退職日までの期間の短縮に備え、日頃から引継ぎ事項や退職手続等を意識しておくとよいでしょう。
有期労働契約を途中解雇する際の注意点についてより詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
身元保証に関する改正
労働者の採用時に、労働者が使用者に損害を与えた場合を想定し、身元保証人を求めることも多いでしょう。
この点、従前は、身元保証契約等の根保証契約についての極度額の定めが規定されなくとも有効であるとされていましたが、これでは身元保証人の負担が過大であるという問題がありました。
そこで、改正民法では、根保証契約において、極度額の定めがない場合には契約自体が無効であるとの改正が行われました。
改めて身元保証契約書の内容を確認し、極度額の定めがなされているかをチェックしておきましょう。
身元保証契約についてより詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
法定利率に関する改正
改正民法では、法定利率に関する改正も行われました。
改正前は5%でしたが、市場金利の状況に鑑みて、「3%」に引き下げられました。
また、これに伴い、企業間取引に適用されてきた6%の商事利率も廃止され、3%に統一されました。
法定利率は、割増賃金や退職金の遅延損害金を計算にも影響するため、注意が必要です。
法改正への対応でお困りの際は、労働問題の専門家である弁護士にご相談下さい
民法や労働関連法規の改正を見過ごし、各種規程や運用等のアップデートを怠っていると、使用者にとっては思わぬリスクや損害が発生しかねません。
問題が発生する前に、今一度これらについて見直しを行う必要があるでしょう。
各種法改正への対応にお困りの際には、労働分野に精通した弁護士に相談することをご検討ください。
よくある質問
賃金請求権の消滅時効の起算点を教えて下さい。
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賃金請求権の消滅時効の起算点は、「これを行使できる時」であるとされていますが、これは賃金支払期日を指します。よって、いわゆるその賃金の「給料日」が起算点となります。
既に生じている未払い賃金についても改正後の時効が適用されますか?
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改正後の消滅時効期間は、改正の施行期日(2020年4月)以後に支払期日が到来する賃金請求権に適用されます。
賃金請求権の時効期間延長の対象となる債権にはどのようなものがありますか?
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時効期間延長の対象となる債権は賃金請求権です。具体的には以下のものが挙げられます。
- 金品の返還(賃金に限る)
- 賃金の支払
- 非常時払
- 休業手当
- 出来高払制の保障給
- 時間外・休日労働等に対する割増賃金
- 年次有給休暇中の賃金
- 未成年者の賃金請求権
退職金請求権についても、時効延長の経過措置である「3年」が適用されますか?
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退職金請求権の消滅時効期間については改正がなされず、従来どおり「5年」とされています。
また、経過措置である「3年」は適用されません。退職金制度については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。
賃金請求権の時効延長は年次有給休暇請求権にも及びますか?
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年次有給休暇中の「賃金」請求権には及びますが、年次有給休暇請求権それ自体には及びません。
よって、年次有給休暇請求権の消滅時効期間は2年となります。有給休暇の消滅時効については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。
労働者から未払い残業代を請求された場合の適切な対応について教えて下さい。
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まずは、当該労働者の労働時間に関する資料を集め、実労働時間を把握することが重要です。
そのうえで、会社の労働時間についての運用(残業の許可制、固定残業代、管理監督者等)を確認し、支払うべき残業代を計算しましょう。なお、上記対応をとるためには労働法の知識が要求されるため、初動対応を誤らないようになるべく早い段階で弁護士に相談することをおすすめします。
消滅時効を過ぎた後の未払い賃金請求には応じなくてもよいですか?
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消滅時効が完成している未払い賃金請求については、原則として支払う必要はないでしょう。
もっとも、使用者が労働者からの未払い賃金請求を妨げていたがために消滅時効が完成してしまったような場合や使用者が労働時間に関する記録を改ざんしていたような場合には、消滅時効の援用が権利濫用に当たるとして許されないと判断される可能性があります。
よって、消滅時効が完成している場合であっても、事実関係の調査を行うことを推奨します。
付加金はどのようなときに発生しますか?
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裁判所が使用者に対し付加金の支払いを命じるのは、未払い賃金の支払いに加えて付加金の支払いが必要となる程に、悪質なケースと認められた場合に限られます。
未払い割増賃金に付される遅延損害金・付加金については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。
保存期間延長の対象となる書類にはどのようなものがありますか?
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保存期間延長の対象となる書類は以下のとおりです。
- ①労働者名簿
- ②賃金台帳
- ③雇入れに関する書類
- ④解雇に関する書類
- ⑤災害補償に関する書類
- ⑥賃金に関する書類
- ⑦その他労働関係に関する重要な書類
- ⑧労働基準法施行規則・労働時間等設定改善法施行規則で保存期間が定められている記録
身元保証契約の限度額は企業側が自由に決められますか?
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使用者が自由に設定することができます。
もっとも、限度額が高すぎると誰も身元保証人になってくれず、逆に低すぎると身元保証契約が無意味になりかねないため、妥当な金額を設定する必要があります。身元保証契約については、以下のリンクでも解説していますので、あわせてご覧ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある