監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員の健康管理を行うことは、企業にとって当然の義務といえます。健康管理を怠れば、従業員が心身に不調をきたすだけでなく、企業も多大な損失を受けるおそれがあるためです。
また、必要な健康管理措置については法律で定められているため、一定の法的知識も備えなければなりません。
本記事では、企業が従業員の健康管理に取り組むメリット、具体的な健康管理措置の内容、措置を講じなかった場合のリスクなどをわかりやすく解説していきます。
目次
企業が従業員の健康管理をするべき理由
企業には、従業員の健康管理を行う法律上の義務があります。これは、主に以下2つの法令に基づくものです。
- 安全配慮義務(労働安全衛生法5条)
- 健康の保持増進のための措置(労働安全衛生法7章)
「安全配慮義務」とは、従業員が健康で安全に働くため、必要な配慮をしなければならないという義務です。具体的には、健康診断やストレスチェックの実施、医師による面接指導、作業環境測定などに取り組む必要があります。
また、従業員の健康管理だけでなく、快適な職場環境の整備も安全配慮義務のひとつとされています(職場環境配慮義務)。
例えば、室温や湿度の調整、非喫煙者への配慮、長時間労働や業務過多の是正などが求められます。
企業が従業員の健康管理に取り組むメリット
近年、厚生労働省が提唱する「健康経営」という考え方が広まっています。
健康経営とは、従業員の健康保持・増進のための取組みを将来への“投資”と捉え、経営的視点から戦略的に実践することをいいます。
簡単に言うと、従業員の健康管理に積極的に取り組むことで、将来の企業利益アップにつなげることが主な目的です。例えば、健康経営を実践することで以下のようなメリットが期待できます。
- 生産性の向上
- 企業イメージの向上
- 離職リスクの減少
- 医療費負担の軽減
また、従業員の健康管理については、2019年から始まった「働き方改革」でも強化が図られています。働き方改革の詳細は、以下のページをご覧ください。
生産性の向上
心身ともに健康だと、仕事へのやる気やモチベーションが高まり、生産性も向上すると考えられます。
また、それによって業績がアップしたり、職場の雰囲気が明るくなったりと、様々な相乗効果も期待できます。
一方、メンタル不調などを抱える従業員は仕事のパフォーマンスが落ち、ミスも増える傾向があるため注意が必要です。日常的にメンタルケアに取り組み、何らかの不調がみられる場合は早期に対処することが重要です。
企業イメージの向上
従業員を大切にする企業は、社外から高く評価される傾向があります。また、実際に社員が生き生きと働く姿は取引先からも好印象を持たれやすいため、売上増加や利益アップにつながることも期待できます。
さらに、政府は「健康経営」に主体的に取り組む企業を評価するための“顕彰制度”を設けています。
優良企業は「健康経営銘柄」として選定されたり、「健康経営優良法人」に認定されたりする可能性があるため、社外へのアピールポイントとして有効です。
離職リスクの減少
従業員の健康を保持・増進することで、離職率の低下や定着率アップが期待できます。
近年はメンタル不調によって休職し、そのまま退職してしまうケースも増えています。日頃から健康管理を徹底し、不調のサインを早期に発見・対処することで、このようなリスクを大幅に減らすことができるでしょう。
また、「会社に大切にされている」と実感できれば、従業員の満足度や幸福度が上がり、長く勤めたいと考えるきっかけになります。その結果、優秀な人材の流出を防いだり、採用コストを削減できたりと様々なメリットが期待できます。
医療費負担の軽減
従業員の健康状態が良好であれば、病院にかかる機会も当然減少します。
仮に社会全体で医療費の増加を抑えられれば、社会保険料の上昇を防ぎ、企業と従業員の費用負担を軽減できる可能性があります。
現在、国民の医療費の7割は健康保険で賄われますが、これは企業と従業員が社会保険料を毎月折半して収めているためです。
この社会保険料の計算で用いられる「保険料率」は、医療費の増大などによって上がるため、医療費を削減できれば社会保険料の上昇も抑えられることになります。
従業員の健康管理のために企業が取り組むべき7つの項目
従業員の健康管理において特に重要なのは、以下の7つの項目です。
- ①長時間労働の是正
- ②健康診断の実施
- ③ストレスチェックの実施
- ④職場環境の整備
- ⑤福利厚生の充実
- ⑥研修の実施
- ⑦相談窓口の設置
これらを適切に実施することで、従業員の健康保持・増進の効果がより高まると期待できます。
①長時間労働の是正
従業員の労働時間を適切に管理し、長時間労働がみられる場合は速やかに是正する必要があります。
厚生労働省の指針では、時間外労働が月100時間、または2~6ヶ月平均が月80時間を超えた場合、脳・心臓疾患などの健康リスクが高まるとされています。
また、十分な休息がとれないと精神的負荷が大きくなり、メンタル不調を引き起こす可能性も高くなります。
そこで、企業は以下のような取り組みにより、従業員の労働時間を適切に管理・削減することが重要です。
- タイムカードによる勤怠管理システムの導入
- 残業を事前申請制とする
- ノー残業デーを作る
- 業務量のバランスを定期的に見直す
- 有給休暇の取得を企業全体で促進する など
②健康診断の実施
企業は、従業員に健康診断を受けさせることが法律で義務付けられています(労働安全衛生法66条)。
健康診断は病気の早期発見や予防に役立つだけでなく、従業員が自身の健康状態を知るきっかけにもなります。
また、健康診断には年1回の“定期健康診断”のほか、雇い入れ時や特定業務に従事する場合に実施するものもあるため、事業者は適切なタイミングで受診させる必要があります。
健康診断の実施後は、結果を従業員本人に通知し、労働基準監督署に報告しなければなりません。
また、何らかの健康リスクが見つかった場合、医師(産業医)の意見を踏まえたうえで、業務量の削減や労働時間の短縮など適切な措置を講じる必要があります。
健康診断については以下のページでも詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
③ストレスチェックの実施
ストレスチェックとは、従業員がストレスに関する質問に回答することで、現在のストレス状態を測るための検査です。2015年12月の労働安全衛生法改正により、従業員が50人以上の事業場では、年1回ストレスチェックを実施することが義務付けられました。※2025年5月の改正法公布により、2028年までに従業員数50人未満の事業場でもストレスチェックの実施が義務となる予定です。
ストレスチェックの目的は、従業員が自身のストレス状態に気付き、セルフケアを促すことにあります。
また、企業はストレスチェックの結果を一定規模のグループ(部署や課)ごとに集計・分析し、職場環境の改善に活かす必要があります。例えば、特定の部署だけストレス値が高い場合、長時間労働などが慢性化している可能性があるため、早急な対処が必要です。
ストレスチェックの概要については、以下のページもご覧ください。
④職場環境の整備
快適な職場環境の整備も、健康の保持・増進のために効果的です。例えば、以下のように物理的な方法が分かりやすいでしょう。
- 高性能な空調設備を導入し、快適な温度や湿度を保つ
- 自然光がまぶしい場所に遮光シートを設置する
- それぞれの作業スペースを仕切る
- 休憩スペースを設け、自由に利用できるようにする
- 空気清浄機や脱臭装置を設置する など
これらの方法を実施するにはコストもかかりますが、環境改善の効果をすぐに得られるのがメリットです。また、快適な職場を実現することで、従業員の集中力アップや生産性向上などの効果も期待できます。
⑤福利厚生の充実
福利厚生を充実させることで、従業員の健康維持やストレス軽減につながります。導入にはコストがかかりますが、長期的なメリットを得られるため、健康経営の一環として有効な手段です。
例えば、以下のような福利厚生を導入すると効果的です。
- 社宅や社員寮の整備・拡大
- 食事のサポート(弁当の配布や健康的なメニューの提供)
- 映画館、ショッピングモール、テーマパークなどの娯楽施設の優待利用
- スポーツジムの優待利用
- オンライン診療や健康相談を利用できるサービス
- 休暇制度の充実(リフレッシュ休暇、バースデー休暇など)
⑥研修の実施
社内で健康に関する研修やセミナーを実施することも有効です。健康管理の重要性について理解を深めることで、積極的なセルフケアや生活習慣の改善を促すことにつながります。
ただし、参加を強制するとかえって意欲をそぐおそれがあるため、以下のような工夫をすると良いでしょう。
- 受講ポイントを貯めて報酬を得られるようにする
- 外部から著名な講師を招く
- テーマを複数揃え、興味のあるものに自由に参加できるようにする
- 双方向コミュニケーションを図る
- オンラインで自宅でも受講できるようにする
⑦相談窓口の設置
従業員が健康に関する悩みを気軽に相談できるよう、相談窓口を設置します。
ただし、健康はデリケートな問題なので、プライベートに配慮し、秘密厳守を徹底することが重要です。
また、外部の専門家(医師)に相談窓口を委託することで、従業員がより安心して悩みを打ち明けられる可能性があります。
相談窓口の設置は、メンタル不調対策のために特に効果的です。早めに異変に気付くことで、うつ病の発症を抑えたり、重症化を防いだりできる可能性があります。
従業員に対しては、秘密は守られること、相談しても不利益は受けないこと等を強調し、利用を促すようにしましょう。
企業の健康管理責任が問われた裁判例
事件の概要
Y1社の従業員Xが、Y2社への長期出張中にうつ病を発症しました。その後、Y1社に復職後は一旦うつ病が寛解しましたが、Yらの共同開発プロジェクトに関する業務に従事したことで再びうつ病を発症し、Xは休職を余儀なくされました。
Xは、これらうつ病の発症および再発は、YらのXに対する健康上の安全配慮義務違反にあたるとして、Yらの債務不履行または不法行為に基づく損害賠償(休業損害など)を請求した事案です。
裁判所の判断
【平成18年(ワ)第1736号 名古屋地方裁判所 平成20年10月30日判決】
裁判所は、被告は原告に対する安全配慮義務を負っているものとして、これを怠ることは債務不履行にあたり、労働者が従事している労務が客観的には過重でなくとも、その労働者個人にとって過重労働にあたり、精神障害を発症し得ると予見できる場合には安全配慮義務があるものとしました。
ただし、原告の一度目のうつ病発症についてはその労働の過重性などから被告の安全配慮義務違反を認めたものの、二度目の発症に関しては予見できるものではなかったと判断しました。
最終的に、被告は原告に対し150万5328円を支払うという判決が下されました。
ポイントと解説
企業は、従業員の心身の健康を守るため、日常的に過重労働を避けるなどの対策を講じる必要があります。また、本件では、労働が社会通念上、客観的にみて過重なものとはいえなくとも、そのまま業務に従事させれば心身の健康を損なうことが具体的に予見できるような場合には、その危険を回避するための業務上の配慮を行わなければならないと判断しています。
つまり、一般的には過重労働といえなくとも、従業員の健康リスクが高まっている場合には、個々の状況に応じた格別の配慮が求められるということです。
個別の配慮が不十分な場合、企業の安全配慮義務違反が認められる可能性が高まるため注意が必要です。
従業員の健康な働き方を実現するためにも企業労務に詳しい弁護士にご相談ください
組織レベルでの健康経営は、非常にパワーが必要なものです。
どこから手をつければいいのか、また、何が従業員の健康維持向上に資するのか、その判断は難しいといえます。また、判断を誤れば労働問題に発展するおそれがあるため、法的知識も踏まえて適切に対応する必要があります。
企業法務に詳しい弁護士であれば、企業の状況に合わせ、従業員の健康管理について具体的にアドバイスすることができます。日頃から健康管理を徹底することで、万が一労働紛争に発展した場合も、企業が適切に対応していたという主張が認められやすくなります。
従業員の健康管理についてお悩みの方は、ぜひ一度弁護士法人ALGにご相談ください。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
