監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員の健康管理は、企業経営を安定させるうえで欠かせない重要な取り組みです。
健康管理が十分に行われていないと、心身の不調を抱える従業員が増え、生産性の低下や職場内のトラブルにつながるおそれがあります。さらに、健康診断の実施や労働時間の適切な管理など、法律で義務づけられている対応も多く、正しい知識に基づいた運用が欠かせません。
この記事では、企業が取り組むべき健康管理の内容や、その対応が企業にもたらすメリットについて解説します。
目次
従業員の健康管理は企業の義務?
従業員の健康管理を行うことは、企業に課された法的な義務です。
労働契約法第5条では、安全配慮義務が定められており、企業は従業員が健康で安全に働けるよう、必要な配慮を行わなければなりません。さらに、労働安全衛生法第7章では、健康診断の実施や快適な職場環境の整備など、健康の保持・増進のために企業が講ずべき措置が具体的に定められています。
また近年では、厚生労働省が提唱する「健康経営」という考え方も広がっています。健康経営とは、従業員の健康づくりを将来への投資と捉え、経営的視点から戦略的に実践することです。従業員の健康管理は、法令遵守にとどまらず、企業の成長にもつながる重要な活動といえるでしょう。
従業員の健康管理のために企業が取り組むべき7つの項目
従業員の健康管理のために企業が取り組むべき項目として、以下があげられます。
- ①長時間労働の是正
- ②健康診断の実施
- ③ストレスチェックの実施
- ④職場環境の整備
- ⑤福利厚生の充実
- ⑥研修の実施
- ⑦相談窓口の設置
これらをバランスよく実施することで、従業員の健康保持・増進の効果がより高まると期待できます。
大企業であれば専門部署を設置し、健康管理を進めることが可能ですが、中小企業において同じ体制を整えるのは簡単ではありません。そのため、産業医や外部の専門家の力を借りながら、自社に合った無理のない方法で取り組むことが現実的といえるでしょう。以下では、それぞれの取組内容について詳しく解説します。
①長時間労働を是正する
従業員の労働時間を適切に管理し、長時間労働がみられる場合は速やかに是正する必要があります。
厚生労働省の指針では、時間外労働が月100時間、または2~6ヶ月平均が月80時間を超えた場合、脳・心臓疾患などの健康リスクが高まるとされています。
また、十分な休息がとれないと精神的負荷が大きくなり、メンタル不調を引き起こす可能性も高くなります。
そこで、企業は以下のような取り組みにより、従業員の労働時間を適切に管理・削減することが重要です。
- タイムカードによる勤怠管理システムの導入
- 残業を事前申請制とする
- ノー残業デーを作る
- 業務量のバランスを定期的に見直す
- 有給休暇の取得を企業全体で促進する など
長時間労働の是正についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
②健康診断を実施する
企業には、従業員に健康診断を受けさせる法的義務があります(労働安全衛生法第66条)。
健康診断は、病気の早期発見や予防につながるだけでなく、従業員が自分の健康状態を知るきっかけにもなります。健康診断は、年1回の定期健康診断のほか、雇い入れ時や特定業務に従事する際にも実施が必要であり、企業は適切なタイミングで受診させなければなりません。
健康診断の実施後は、その結果を従業員本人に通知し、常時50人以上の事業場では、労働基準監督署への報告も求められます。さらに、何らかの健康リスクが見つかった場合には、医師や産業医の意見を踏まえ、業務量の削減や労働時間の短縮など、従業員の健康を守るための措置を講じる必要があります。
健康診断については以下のページでも詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
③ストレスチェックを実施する
ストレスチェックとは、従業員がストレスに関する質問に回答することで、現在のストレス状態を測るための検査です。2015年12月の労働安全衛生法改正により、従業員が50人以上の事業場では、年1回ストレスチェックを実施することが義務付けられました。
※2025年5月の改正法公布により、2028年までに従業員数50人未満の事業場でもストレスチェックの実施が義務となる予定です。
ストレスチェックの目的は、従業員が自身のストレス状態に気付き、セルフケアを促すことにあります。
また、企業はストレスチェックの結果を一定規模のグループ(部署や課)ごとに集計・分析し、職場環境の改善に活かす必要があります。例えば、特定の部署だけストレス値が高い場合、長時間労働などが慢性化している可能性があるため、早急な対処が必要です。
ストレスチェックの概要については、以下のページもご覧ください。
④職場環境を整備する
快適な職場環境の整備も、健康の保持・増進のために有効です。例えば、以下のような設備面の対策が分かりやすいでしょう。
- 高性能な空調設備を導入し、快適な温度や湿度を保つ
- 自然光がまぶしい場所に遮光シートを設置する
- それぞれの作業スペースを仕切る
- 休憩スペースを設け、自由に利用できるようにする
- 空気清浄機や脱臭装置を設置する など
このように働きやすい環境が整えば、従業員の集中力が高まり、生産性の向上も期待できます。
もっとも、設備面の改善だけでなく、ハラスメント防止措置を講じることや、従業員間のコミュニケーションの改善といった、人的環境の整備も求められます。アンケートや面談、ストレスチェックなどを活用し、課題を把握して実情に合った対策を進めましょう。
⑤福利厚生を充実させる
福利厚生を充実させることは、従業員の健康維持やストレス軽減につながります。導入にはコストがかかりますが、長期的なメリットを得られるため、健康経営の取組みとして有効といえるでしょう。
また、福利厚生の中には、条件を満たせば非課税となるものがあります。税金や社会保険料の負担を抑えられるため、企業と従業員双方にとってコスト面で有利です。
例えば、以下のような福利厚生を導入すると効果的です。
- 社宅や社員寮の整備・拡大
- 食事のサポート(弁当の配布や健康的なメニューの提供)
- 映画館、ショッピングモール、テーマパークなどの娯楽施設の優待利用
- スポーツジムの優待利用
- オンライン診療や健康相談を利用できるサービス
- 休暇制度の充実(リフレッシュ休暇、バースデー休暇など)
福利厚生についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
⑥研修を実施する
社内で健康に関する研修やセミナーを行うことも有効です。健康管理の大切さを理解してもらうことで、日々のセルフケアや、生活習慣の見直しを促すことにつながります。
ただし、参加を義務づけると意欲が下がるおそれがあるため、次のような工夫をすると良いでしょう。
- 受講ポイントを貯めて報酬を得られるようにする
- 外部から著名な講師を招く
- テーマを複数揃え、興味のあるものに自由に参加できるようにする
- 双方向コミュニケーションを図る
- オンラインで自宅でも受講できるようにする
また、管理職を対象としたラインケア研修も欠かせません。部下の不調の見極め方や適切な声かけ、相談対応の方法などを学ぶことで、管理者の対応力が高まり、メンタルヘルス対策の強化につながります。
⑦相談窓口を設置する
従業員が健康に関する悩みを気軽に相談できるよう、相談窓口を設置することが重要です。
早い段階で相談できる体制が整っていれば、メンタル不調の予防や重症化を防ぐことにつながります。
もっとも、健康の悩みは非常にデリケートな問題であるため、プライバシーへの配慮と秘密厳守の徹底が欠かせません。また、相談しても不利益は生じないことを伝えることも大切です。従業員が安心して悩みを打ち明けられるよう、外部の医師や専門家に相談窓口を委託するという方法もあります。
さらに、健康管理室を設けることも効果的です。設置は法的義務ではありませんが、体調不良時の休憩場所や産業医との面談スペースとして利用でき、周囲の目を気にせず相談できるというメリットがあります。
企業が従業員の健康管理に取り組むメリット
従業員の健康管理に積極的に取り組むことは、従業員本人だけでなく、企業全体にもさまざまな好影響をもたらします。健康的に働ける環境を整えることで、次のようなメリットが期待できます。
- 生産性の向上
- 企業イメージの向上
- 離職リスクの減少
- 医療費負担の軽減
また、従業員の健康管理については、2019年から始まった「働き方改革」でも強化が図られています。働き方改革の詳細は、以下のページをご覧ください。
生産性の向上
心身ともに健康だと、仕事へのやる気やモチベーションが高まり、生産性も向上すると考えられます。
また、それによって業績がアップしたり、職場の雰囲気が明るくなったりと、様々な相乗効果も期待できます。
一方、メンタル不調などを抱える従業員は仕事のパフォーマンスが落ち、ミスも増える傾向があるため注意が必要です。日常的にメンタルケアに取り組み、何らかの不調がみられる場合は早期に対処することが重要です。
企業イメージの向上
従業員を大切にする企業は、社外から高く評価される傾向があります。また、実際に社員が生き生きと働く姿は取引先からも好印象を持たれやすいため、売上アップも期待できるでしょう。
さらに、国もこうした取り組みを後押ししており、健康経営に力を入れる企業を評価する顕彰制度を設けています。「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」の認定を受ければ、企業の信頼性を社外に示す有効なアピール材料となります。
また、健康に配慮する企業は求職者からも魅力的に映り、応募数の増加や優秀な人材の確保につながる点もメリットといえるでしょう。
離職リスクの減少
従業員の健康を保持・増進することで、離職率の低下や定着率アップが期待できます。
近年はメンタル不調によって休職し、そのまま退職してしまうケースも増えています。日頃から健康管理を徹底し、不調のサインを早期に発見・対処することで、このようなリスクを大幅に減らすことができるでしょう。
また、「会社に大切にされている」と実感できれば、従業員の満足度や幸福度が上がり、長く勤めたいと考えるきっかけになります。その結果、優秀な人材の流出を防いだり、採用コストを削減できたりと様々なメリットが期待できます。
医療費負担の軽減
従業員の健康状態が良好であれば、病院にかかる機会も当然減少します。
仮に社会全体で医療費の増加を抑えられれば、社会保険料の上昇を防ぎ、企業と従業員の費用負担を軽減できる可能性があります。
現在、国民の医療費の7割は健康保険で賄われますが、これは企業と従業員が社会保険料を毎月折半して収めているためです。
この社会保険料の計算で用いられる「保険料率」は、医療費の増大などによって上がるため、医療費を削減できれば社会保険料の上昇も抑えられることになります。
健康管理を怠った企業にはどのようなリスクがある?
従業員の健康管理をおろそかにすると、企業に大きなリスクが生じるため注意が必要です。
例えば、長時間労働が原因で従業員がうつ病を発症した場合は、企業は安全配慮義務違反を理由に、損害賠償を請求されるおそれがあります。
さらに、労働基準監督署による調査が入り、指導や是正勧告が行われる場合もあります。違反内容が悪質と判断されれば、企業名が公表されることもあり、社会的信用の低下や採用活動への悪影響につながりかねません。従業員の健康管理は、重要な経営課題と捉える必要があります。
労働基準監督署の調査や是正勧告について詳しく知りたい方は、以下の各ページをご覧ください。
企業の健康管理責任が問われた裁判例
事件の概要
Y1社の従業員Xが、Y2社への長期出張中にうつ病を発症しました。その後、Y1社に復職後は一旦うつ病が寛解しましたが、Yらの共同開発プロジェクトに関する業務に従事したことで再びうつ病を発症し、Xは休職を余儀なくされました。
Xは、これらうつ病の発症および再発は、YらのXに対する健康上の安全配慮義務違反にあたるとして、Yらの債務不履行または不法行為に基づく損害賠償(休業損害など)を請求した事案です。
裁判所の判断
【平成18年(ワ)第1736号 名古屋地方裁判所 平成20年10月30日判決】
裁判所は、被告は原告に対して安全配慮義務を負っており、これを怠ることは債務不履行に該当すると判断しました。労働者が従事している業務が客観的に見て過重でなくとも、その労働者本人にとっては過重労働にあたり、精神障害を発症するおそれが予見できるのであれば、被告には安全配慮義務違反があるものとしました。
ただし、原告の一度目のうつ病発症についてはその労働の過重性などから被告の安全配慮義務違反を認めたものの、二度目の発症に関しては予見できるものではなかったと判断しました。
最終的に、被告は原告に対し150万5328円を支払うという判決が下されました。
ポイントと解説
企業は、従業員の心身の健康を守るため、日常的に過重労働を避けるなどの対策を講じる必要があります。また、本件では、労働が社会通念上、客観的にみて過重なものとはいえなくとも、そのまま業務に従事させれば心身の健康を損なうことが具体的に予見できるような場合には、その危険を回避するための業務上の配慮を行わなければならないと判断しています。
つまり、一般的には過重労働といえなくとも、従業員の健康リスクが高まっている場合には、個々の状況に応じた格別の配慮が求められるということです。
個別の配慮が不十分な場合、企業の安全配慮義務違反が認められる可能性が高まるため注意が必要です。
企業の健康管理において注意すべきポイント
企業が従業員の健康管理に取り組むにあたっては、以下のポイントに注意する必要があります。
- 長期的かつ継続的な取り組みが必要になる
- 担当者の負担に配慮しながらサポート体制を整える
- 働き方の多様化にも対応する
長期的かつ継続的な取り組みが必要になる
健康管理で大切なのは、短期間で成果を求めるのではなく、長期的な視点で地道に取り組み続けることです。健康対策は、始めたからといってすぐに数値や目に見える効果が表れるものではありません。一度きりの施策だけで、従業員の健康を守りきることは難しいのが現実です。
そのため、健康診断やストレスチェック、アンケートなどのデータを継続的に集めて分析し、効果を確認しながら、少しずつ改善を重ねていくことが重要になります。また、働き方や職場環境は時代や状況に応じて変化していきます。こうした変化に合わせて取組内容を見直していくことも大切です。
担当者の負担に配慮しながらサポート体制を整える
健康管理業務は、人事・総務担当者が兼任することが多いですが、日常業務と重なることで負担が大きくなりがちです。そこで、専任担当者を置く、または産業医や保健師などの専門家と連携する体制を整えることで、担当者の負担を大きく軽減できます。あわせて、従業員の健康状態をまとめて管理できる安否確認システムを導入すれば、業務の効率化にもつながるでしょう。
また、健康に関するアンケートや研修への参加は、従業員にとって負担となる可能性があるため注意が必要です。実施する目的を分かりやすく伝えたうえで、無理のない内容や頻度で行うことが大切です。
働き方の多様化にも対応する
働き方の多様化が進む現在、企業の健康管理には新しい対応が求められています。
テレワークやフレックスタイム制などの普及により、従業員と顔を合わせる機会が減り、体調やメンタル面の変化に気づきにくくなっています。そのため、従来の対面中心の管理だけでは十分とはいえません。
定期的なオンライン面談やアンケート、勤怠管理システムなどを活用し、勤務時間や働く場所にかかわらず従業員の状態を把握できる体制を整えることが重要です。こうした仕組みを活用することで、従業員のちょっとした体調の変化にも早く気づき、適切なフォローを行うことが可能となります。
企業の健康管理についてよくある質問
従業員の健康管理はどこまで行う必要がありますか?
-
従業員の健康管理は、仕事に関係する範囲で行えば十分であり、私生活まで無制限に管理する必要はありません。企業には、健康診断やストレスチェック、長時間労働者への面接指導などを実施する義務があります。
一方で、私生活への介入は基本的に認められていません。例えば、飲酒や睡眠不足が業務に明らかな悪影響を及ぼしている場合に限り、注意喚起といった最小限の対応が可能にとどまります。従業員自身にも自己保健義務があるため、企業と従業員がそれぞれの役割を担うことが大切です。
企業は従業員の健康情報をどの範囲まで把握・活用してよいですか?
-
企業が把握できるのは、定期健診や面接指導の結果など、労働安全衛生法で取得が認められた情報と、本人が同意した健康情報に限られます。
産業医は医学的判断に必要な広い情報を扱えますが、人事担当者が確認できるのは、就業制限や配置転換、業務量の調整など、就業上の措置に必要な最小限の内容のみです。病名や検査値など詳細な情報まで把握するのは適切ではありません。
これらの健康情報は健康管理を目的とする場合にのみ利用可能であり、人事評価や昇進判断に使うことは禁止されています。企業にはアクセス制限など、厳格な情報管理体制が求められます。さらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
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組織レベルでの健康経営は、非常にパワーが必要なものです。
どこから手をつければいいのか、また、何が従業員の健康維持向上に資するのか、その判断は難しいといえます。また、判断を誤れば労働問題に発展するおそれがあるため、法的知識も踏まえて適切に対応する必要があります。
企業法務に詳しい弁護士であれば、企業の状況に合わせ、従業員の健康管理について具体的にアドバイスすることができます。日頃から健康管理を徹底することで、万が一労働紛争に発展した場合も、企業が適切に対応していたという主張が認められやすくなります。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
