Ⅰ 事案の概要
1 本件は、一般旅客自動車運送事業等を業とする株式会社であるY社(以下「被告」といいます。)の従業員であったX(以下「原告」といいます。)が被告に対し、整理解雇が無効であり、労働契約法上の地位にあることの確認等を求めた事案です。なお原告は労働組合であるA労働組合(以下「A組合」といいます。)に所属していました。
2 令和2年の年初頃から国内で新型コロナウイルス感染症の感染が拡大したことを受けて、内閣総理大臣は緊急事態宣言を発令しました。
3 令和2年4月15日、被告は、近年の売上低下及び新型コロナウイルス感染拡大に伴う更なる売上の激減により事業の継続が不可能な事態に至ったとして、同年5月20日をもって、原告を解雇するという意思表示(以下「本件解雇」といいます。)をしました。このとき被告は原告を含む全ての従業員に対して本件解雇又はこれと同様の解雇の 意思表示をしており、いわゆる整理解雇として実行しています。
4 被告は、本件解雇予告期間中にA組合及び過半数組合と団体交渉を行い、平成27年度以降の被告の財務諸表を一部引用するなどした資料を示しながら、本件解雇の正当性などについて説明しました。
5 被告と過半数組合の間では平成31年以降毎年、賃上げに関わる団体交渉(春闘要求)が行われていたところ、過半数組合の「令和1年秋闘要求」に対し、被告は、赤字経営が続いていること、原資を必要とすることには全て対応不可能であること、今後の事業継続・会社運営については大変厳しい状況であるということ等の回答をしていました。
6 令和2年6月2日、被告は、臨時株主総会により解散し、清算手続を開始しました。
Ⅱ 争点
本件解雇の効力が主な争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
裁判所は、本件解雇は解散に伴うものであったと認めた上で、会社の解散は、会社が自由に決定すべき事柄であること等から、解散に伴って解雇がされた場合に、当該解雇が解雇権濫用に当たるか否かを判断する際に、いわゆる整理解雇法理(①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③対象者選定の合理性、④手続の妥当性の4要素を総合的に判断する方法)により判断するのは相当ではないと判示しました。
その上で、①手続的配慮を著しく欠いたまま解雇したものと評価される場合や②解雇の原因となった解散が仮装されたもの、又は既存の従業員を排除するなど不当な目的でなされたものと評価される場合は、当該解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるとは認められず無効になるというべきであるとして判断枠組みを示しました。
① 手続的配慮
裁判所は、本件解雇前後の経過についてみると、本件解雇に先立って被告と原告またはA組合との間で、本件解雇に関する協議がされたことはなく、事業廃止及び解散の必要性・合理性についての説明がされたこともなく、本件解雇までに被告から原告に対して、経営状況の悪化についての情報提供がされることが望ましかったと述べています。
しかし、本件解雇は、新型コロナウイルス感染拡大という事前に予見することが困難なことが原因となったものであり、被告が緊急事態宣言発令後間もない時期に事業継続が不可能であると判断するに至っていることからすれば、本件解雇前に被告が原告に経営状況の悪化について情報提供することは困難であったこと、被告は本件解雇予告期間中にA組合と団体交渉を行っていること、被告は低額ではあるものの、解雇に際して原告に金銭的な給付をし、又は給付を申し出ていることから、本件解雇が手続的配慮を著しく欠いたまま解雇したものとはいえないと判示しました。
② 不当な目的
被告は経営状況の継続的な悪化を背景に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う急激な営業収入の減少を契機として、事業を断念し、解散を決断して本件解雇をしたものであり、不当な目的をもってなされたものとは認められないとしています。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
裁判所は、①手続的配慮(主として労働者たちに対する事前説明の充実)という点について、特に慎重に検討し、本件解雇までに、経営状況の悪化について情報提供することが望ましかったと述べています。手続の妥当性を重視して整理解雇の有効性を判断した石川タクシー富士宮事件(静岡地裁沼津支部平成25年9月25日労判1127号57頁)においても、裁判所は「本件解散やそれに伴う解雇予定等について事前に説明がないまま本件解雇に至ったことについては手続的配慮を欠く面があったことは否定できない」としており、手続的配慮が重視される傾向は共通しています。
本事例においては新型コロナウイルス感染拡大という事前に予見することが困難なことが原因となった解雇であることや、事業継続が不可能となるまでに時間がかからなかったことが考慮されて、経営状況の悪化について情報提供していなくても、手続的配慮を著しく欠いたものとはされませんでした。しかし、時間的な猶予がほとんどないような事情がなければ、使用者は労働者に、解雇までに、適時に十分な情報を提供し、転職の期間や時間的猶予を確保しておくことが望ましいといえるでしょう。
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