タクシー運転手に対する懲戒処分の有効性等 (不二タクシー事件)~東京地裁令和3年3月26日判決~ニューズレター 2023.6.vol.138

Ⅰ 事案の概要

原告 X(以下「X」といいます)は、被告会社(以下「Y 社」といいます)でタクシー運転手として勤務していましたが、特段の理由もなく、出庫時間、帰庫時間を守らずに勤務することを長期間継続したことを理由として、平成31年2月5日付で、14日間の勤務停止の懲戒処分を受けました(以下「本件懲戒処分」といいます)。X は、同処分が無効であると主張して、Y 社に対して①本件懲戒処分により欠勤扱いとなった14日間の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払い等を求めました。

また、X は、平成31年2月18日当時40日間の有給休暇を取得する権利を有しており、同月19日から40日間連続する有給休暇の取得を申請しました(以下「本件時季指定」といいます、なお、X はこの期間は就労しませんでした)が、Y 社は同年2月中の9日間について有給休暇取得を認めず(以下「本件時季変更」といいます)、同変更の対象となった9日間について欠勤扱いとしました。これに対し X は、Y 社から年次有給休暇の取得を違法に妨害されたと主張して、②欠勤扱いとされた9日間の平均賃金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、③Y 社により有給休暇として取り扱われた期間についても、平均賃金を下回る有給休暇手当しか支払われなかったと主張して、両者の差額及びこれに対する遅延損害金を請求しました。

さらに X は、④上記のような違法な懲戒処分や有給休暇取得の妨害により精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めました。

Ⅱ 争点

本件における主な争点は、本件懲戒処分が客観的に合理的で、社会通念上相当といえるか(争点1)、本件時季変更の適法性(争点2)、原告に支払われるべき賃金の額(争点3)、不法行為の成否(争点4)でした。

Ⅲ 判決のポイント

1 争点1について

X は、長期間、特段の理由もなく、出庫時間、帰庫時間を守らず、Y 社から指導を受け、始末書を提出したこともありました。また、本件懲戒処分の直前にも、多数回の出庫時間の違反があり、帰庫時間についても全ての出勤日で違反をするなど、服務規律を遵守していませんでした。これらの X の行為は、Y 社就業規則で定める懲戒事由に形式的には該当します。

しかし、本件懲戒処分当時、X 以外にも出庫時間、帰庫時間を守らないものがあったにもかかわらず、これらの厳守が明示的な誓約事項とされておらず、Y 社において、行政指導や行政処分を免れるために、X に出庫時間や帰庫時間を遵守させる切迫した必要があったともいえないと判断されました。また、本件懲戒処分に先立つ時期に、X に対して、出庫時間、帰庫時間を遵守するよう個別の指導もされておらず、場合によっては就業規則が定める出勤時刻よりも早い出庫時刻を指導するなど指導内容も一貫しておらず、いかなる行動をとれば懲戒処分されないのか予測可能性を欠く状況でした。

Y 社が行った、懲戒処分は、懲戒処分のうち、懲戒解雇、降職に次ぐ重い処分である出勤停止であり、その期間を上限の14日としたことは、やや重すぎ、かつ、本件懲戒処分に際して事前の警告や弁明の機会の付与といった手続きのほか、Y 社の就業規則定める手続も履践されていないことを理由として、本件懲戒処分につき、社会通念上相当とはいえず、懲戒権の濫用にあたり無効であると判断されました。

2 争点2について

まず、裁判所は、労基法39条5項の時季変更権については、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合に可能という基準を示しました。ただし、労働者が事前の調整を行うことなく、長期かつ連続の有給休暇の指定をした場合には、使用者にある程度の裁量的判断が認められるとしています。

事前調整なき40日間という長期かつ連続の有給休暇取得に関して、Y 社においては、拘束時間等の規則を遵守しつつ代替要員を確保する必要があるものの、代替勤務者の確保を困難ならしめる事情もあること、Y 社の就業規則57条における、有給休暇の時季指定の際には原則として前月の20日までに上長に申し出るという規定は、保有車両を効率的に活用する上で一定の合理性を有することを理由として挙げながら、時季指定の直後である2月19日から同月28日までの期間の9日についてのみ時季変更権を行使した判断につき、その変更の範囲が X に一定の配慮をしたものであるから、現に代替勤務者の確保が可能であったか否かを問わず、労基法39条の趣旨に反する不合理なものとはいえず、適法であると判断しました。

3 争点3について

⑴ 無効な出勤停止期間に対応する賃金

X は無効な懲戒処分による出勤停止期間中、Y 社の責めに帰すべき事由により就労することができなかったのであるから、Y 社は X に対し、出勤停止とされた14日間の賃金を支払わなければならず、その額は、平均賃金により定めるのが相当であり、18万0530円となると判断しました。

⑵ 時季変更がされた期間に対応する賃金

本件時季変更は適法であるから、同変更の対象となった9日間については、就労しなかった X による賃金請求には理由がないと判断しました。

⑶ 有給休暇として扱われた期間に対応する賃金

労働者が有給休暇を取得した日について、労基法39条、同規則25条に基づき算定された額(平均賃金もしくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又は労使協定に標準報酬月額の30分の1に相当する金額と定めた場合は、当該金額のいずれか。以下「法定年休手当額」といいます)を下回る賃金しか支払われていない場合、使用者は、差額の支払い義務を負い、本件では、法定年休手当額について特段の定めがなかったことから、X の選択に従い平均賃金に基づいて算定すべきであるとしました。

もっとも、法定年休手当も賃金の一部であるから、有給休暇の取得と支払済みの賃金額の増加との間に労働契約に基づく因果関係があれば、現に支払われた賃金に含めた上で差額を算定するのが相当であるとしました。その結果、1 日あたり約6800円程度の不足があったことから、Y 社がX に対して支払うべき差額は、合計16万7994円であると算定されました。

4 争点4について

本件懲戒処分の違法性の程度や X の出庫時間、帰庫時間の遵守状況から、X に不法行為に基づく損害(慰謝料)が生じたとはいえないと判断しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

懲戒処分が有効とされるためには、①懲戒事由の根拠規定が存在し、②被処分者の行為が懲戒事由に該当し、③懲戒処分が客観的に合理的でありかつ社会通念上相当であることが必要となります。

この相当性の判断に際しては、一般的に、行為の性質・態様や被処分者のこれまでの勤務歴からみた被処分者の責任の程度や、会社によるこれまでの懲戒処分との均衡、懲戒処分のための適正な手続きが履践されたか等が考慮されます。これとの関係で、これまで黙認されてきた懲戒事由該当行為や他の従業員に対しては問題視していない懲戒事由該当行為について懲戒処分を行う場合には、事前の十分な警告を行うことや、他の従業員に対する指導や処分との均衡を考慮する必要があります。

本件では、X による出庫時間、帰庫時間の不遵守は懲戒事由として重大とはいえないこと(他の従業員の取扱いと均衡を欠くこと)が、懲戒処分の相当性を欠くとの判断の大きな理由となっていると考えられます。

本判決は、一見すると、懲戒処分が有効に行えそうな始業・終業時刻の不遵守という事態であるにもかかわらず、その効力が否定されており、懲戒処分の相当性につき、裁判所においてどのように判断されるかを検討する際の参考となると考えられます。

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