Ⅰ 事案の概要
本件は、Y県立A高校に雇用されていたXが酒気帯び運転及びその不申告を原因としてなされた免職処分及び退職手当等全額不支給処分の有効性に関する紛争です。
XはA高校において39年間勤務し管理職を務めていたところ、有給休暇中、呼気1ℓ中0.54mgのアルコールが検出されたため、酒気帯び運転(道路交通法65条1項違反)で検挙され、のちに起訴され罰金30万円に処された上に免許取消処分を受けました。
しかし、Xは酒気帯び運転の事実等をA高校に告げなかったところ(以下、酒気帯び運転と不申告の事実を合わせて「本件非違行為」といいます。)、匿名の告発電話により本件非違行為がA高校の知るところになりました。
Yでは、交通事故が多発しており、飲酒運転撲滅に取り組んでいたところ、懲戒処分基準として「酒酔い運転の当事者である教職員等は、免職とする」とし、「過去に交通事故等の報告義務を怠っていたことが判明した場合」や「管理監督する立場にあるものである場合」等の特段の事情がある場合には過重又は軽減すると定めていました(以下、「本件懲戒処分基準」といいます。)
そのため、Yは、本件非違行為をとらえ、「公務員としてさらには、職員を管理監督する立場にあるまじきもの」として地方公務員法29条1項1号及び3号違反とし、本件懲戒処分基準により、免職としたことに加え、退職手当に関する条例に基づき、退職金の全部を不支給とする処分を下しました。
Ⅱ 裁判所の判断
裁判所は下記のような理由を述べて、Yによる懲戒免職処分を有効とし、一方で退職金の不支給処分を無効として取り消しました(注:括弧内は著者記載によります)。
(1) 懲戒免職処分について
裁判所は、まず、本件懲戒処分基準については「(飲酒運転に対する非難等が強まる等)社会的要請を考慮したものであ」って「原則として免職との厳罰をもって望む(ママ)ことは相応の根拠がある」としました。加えて、本件懲戒処分がやや柔軟性を欠いた基準であることからすると、個別的事案においては、本件懲戒処分基準を機械的に適用することが、裁量権の濫用となることもありうる」としました。
そのうえで、Xの酒気帯び運転は悪質であり、本件非違行為は社会からA高校に対する信用を損ね、Xが管理職であることから指導体制に悪影響を及ぼす等のことから、免職処分について、Yが裁量を逸脱濫用したものとまでいうことは困難であるとしました。
(2) 退職金不支給について
裁判所は、退職金の法的性格について、
- ① 勤続褒賞としての性格
- ② 賃金の後払いとしての性格
- ③ 退職後の生活保障としての性格
以上の3つが結合した複合的性格を有するものとしました。
また、「免職処分に相当する非違行為を行った者については、当該非違行為により、勤続褒賞をするだけの公務貢献がなかったとして、退職手当を全部不支給とする制度に合理性がないとはいえないものの、退職手当には賃金後払いとしての性格や退職後の生活保障としての性格があることも否定できないことからすると、免職処分を受けて退職したからといって直ちに退職手当の全額の支給制限が正当化されるものとはいえない」としました。
そして、退職金不支給については、本件非違行為の悪質さは認めながら、「Xは既に59歳となっていて再就職には相当の困難が予想され、要介護状態にある両親を抱え、多額の負債もあることなどから、退職手当の支給なしには退職後の生活に困難を生じること」といった③等の事情から「本件非違行為がXの長年の勤続の功績を全て抹消するほどの重大な非違行為であるとも、賃金の後払いとしての性格や退職後の生活保障の性格をすべて否定すべきものとまではいえない」として、処分を取り消しました。
(3) 処分の相当性について
裁判所は、以下の事情及び不正受給の額が合計15万1980円であること等から、職員としての身分をはく奪するほどに重大な懲戒処分をもって望むことは、制裁として重きにすぎる、としてY社による諭旨退職処分を無効としました。
- ① Y社が平成8年の通勤状況届に記載された通勤方法及びこれに基づく定期代を合理的なものと認定した上で支給しており、Xが受給してきた額は当該定期代の額の範囲に収まっていること
- ② Y社においては、一度通勤状況届が提出されれば、特段の審査がなされることなく通勤手当が継続されており、また職員が習い事のために迂回した場合の経路分まで支給することがあった等、支給の合理性の維持につき厳守するという企業秩序が十分に形成されていたとは言いがたいこと
- ③ Y社の他の職員の中には、Xが釈明した経路につき通勤手当の支給が認められる者がいたこと
Ⅲ 本判決から見る退職金不支給の判断基準
本判決において押さえておくべきポイントは、懲戒処分としての免職処分の有効性を肯定する一方で、退職金不支給という処分を取り消した点です。このようにその判断が異なる傾向は、一般企業における懲戒解雇と退職金不支給との関係にも当てはまりますが、懲戒解雇の有効性と退職金不支給の有効性に違いが生じる理由としては、退職金の法的性格に遡ってその有効性が検討されることが理由として考えられます。
すなわち、退職金には①勤続褒賞としての性格だけではなく②賃金の後払いとしての性格や③退職後の生活保障としての性格がある以上、退職金を不支給にするためには、このような複合的な性格を全て否定する程度に、従業員等の非違行為に極めて高い「背信性」が要求される傾向にあることが理由として考えられます。そのため、懲戒解雇が有効と判断されたとしても、退職金の不支給については、別途、退職金の複合的な性格を全て否定するような「背信性」があるか否かが判断され、その結果、無効と判断される可能性もあるため、注意が必要です。
本判決においても、免職処分の有効性判断においては、本件酒気帯び運転のような飲酒運転は、公務員に対する社会的信用を失墜させる非違行為として、原則として免職との厳罰をもって臨むことには相応の根拠があるとする一方で、退職金不支給処分の有効性判断においては、本件酒気帯び運転に伴う交通事故等は発生しておらず、交通法規違反の事案としてはその悪質性がきわめて高いとまではいえず、退職金が有する複合的な性格を全て否定するような非違行為とまではいえないとしています。このように退職金不支給については、その複合的な性格に遡って判断してその有効性を否定しています。
以上より、退職金不支給については、懲戒解雇事由があるから即不支給とするのではなく、事案ごとに具体的に判断しなければならないことに留意してください。
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