再雇用嘱託職員と正職員の間の基本給および 賞与に係る相違と旧労働契約法20条違反の成否(名古屋自動車学校事件)~最高裁第一小法廷判決令和5年7月20日判決~ニューズレター2025.01.vol.157

Ⅰ 事案の概要

本件は、Y社を定年退職した後に、同社と期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」といいます。)を締結して嘱託職員として勤務していたXらが、Y社と期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」といいます。)を締結して正職員として勤務している労働者との間における基本給、賞与等の相違は旧労働契約法20条に違反すると主張して、Y社に対し、不法行為等に基づき、上記相違に係る差額について損害賠償等を求める事案です。

Ⅱ 争点

本件では、①Xらの嘱託社員としての労働条件と正職員の労働条件の間に旧労働契約法20条に違反する相違があるか、②旧労働契約法20条に違反する労働条件の相違があるとして、労働契約に基づき正職員時の賃金と嘱託社員時の賃金の差額賃金を請求することができるか、などが争点となりました。なお、現在は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条・9条に、旧労働契約法20条と同趣旨の規定が定められています。

地方裁判所及び高等裁判所(以下「下級審」といいます。)までは、以下のような理由から、基本給についてはXらの基本給がその定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分、賞与についてはXらの嘱託職員一時金がその定年退職時の基本給の60%を算定基礎として得た額を下回る部分について、不合理な差異であるとして、違法と判断し、使用者に対して賠償を命じました。

判断の前提として、業務の内容、責任の程度、変更の範囲等に関して、「定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業者に伴う責任の程度並び当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかった」という点を考慮しています。

次に、「基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、…勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回って」おり、その差異が際立っていたことから、「労使自治が反映された結果」でないこと、「労働者の生活保障の観点からも看過し難い」といった理由から、定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分について旧労働契約法20条にいう不合理に該当すると判断していました。

Ⅲ 判決のポイント

最高裁は、「(旧)労働契約法20条は、…その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得る」としたうえで、「その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮す」べきであると先例を引用して判断基準を示しています
(最三小判令和2年10月13日・民集74巻7号1901頁参照)。

そのうえで、最高裁は、以下のように判断しています。

(1)基本給の相違について

ア基本給の性質及び目的について

  1. 正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するとみる余地がある。
  2. 本件の事実関係からは、正職員に対する基本給の支給目的を確定できない。
  3. 嘱託職員は役職に就くことが想定されておらず、基本給が正職員とは異なる基準の下で支給され、Xらの勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するとみるべきである。
  4. 原審は、正職員の基本給につき、その性質及び支給の目的を十分に検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。

イ労使交渉に関する事情について

  1. 労使交渉に関する事情を旧労働契約法20条にいうその他の事情として考慮する際は、労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきである。
  2. Y社は、X1及びその所属する労働組合との間で、労働条件について労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉の結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。

したがって、基本給の相違について、基本給の性質やその支給目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断は違法である。

(2)賞与と嘱託職員一時金の相違について

  1. Xらに支給された嘱託職員一時金は、正職員の賞与に代替するものということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。
  2. 基本給の場合と同様に、XとY社との間の嘱託職員としての労働条件の見直しについての労使交渉の具体的な経緯を勘案していない。

したがって、賞与と嘱託職員一時金の支給額の相違について、その一部が旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断は違法である。

結論として、最高裁は、原判決を破棄し、基本給及び賞与に係る労働条件の相違が旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か等について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

最高裁の判決が考慮した事情は、大きく分けると、①正職員の基本給及び賞与の性質・目的と嘱託社員の基本給及び嘱託職員一時金の性質・目的、②労使交渉の結果及びその具体的な経緯の2点です。

  1. 基本給、賞与及び嘱託職員一時金の性質・目的
    最高裁は、正職員の基本給及び賞与の性質・目的と嘱託社員の基本給及び嘱託一時金の性質・目的を十分に検討しなかった原審の判断は違法であるとしています。
    基本給、賞与及び嘱託職員一時金の性質や目的について、労働契約や就業規則において、必ずしも明確に定められているとは限りません。使用者が明確に定めていない場合、これまでの給与規定の運用や昇給制度の全体像などから認定されることになると考えられます。正社員と嘱託職員における基本給、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び目的を相違させておくということが、賃金の相違を合理的に説明する要素になるということは認識しておく必要があるでしょう。
  2. 労使交渉に関する事情
    旧労働契約法20条における不合理性を判断するにあたって労使交渉に関する事情を「その他の事情」として考慮するということは、従前の判例でも示されていました(最二小判平成30年6月1日・民集72巻2号202頁)。
    また、労使交渉に関する事情については、その結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものとされています。本件の下級審においては、Xらのうち1名が労働組合の分会長として、嘱託職員と正社員との賃金の相違について回答を求める書面を送付した事実が認定されているだけで、その後の具体的な経緯が不明瞭なままとなっていました。
    そのため、最高裁は、労使交渉の結果のみならずその具体的な経緯を勘案すべきにもかかわらず、労使交渉の結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案しなかった原審の判断は違法であるとしています。
    今後の裁判でも、同一労働同一賃金の判断に際し、労働条件の相違に関する不合理性の有無を検討するにあたり、労使交渉の経緯が重要な考慮要素の一つとなることが予想されます。その意味でも、労使交渉の具体的な経緯を記録に残しておくことは重要であると思われます。
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