Ⅰ 事案の概要
本事案は、Y社に雇用されていた労働者X(サービスドライバー(SD))が、労働契約に基づき、未払割増賃金及びこれに対する民法改正前の商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払い等を求めて訴えを提起した事案です。
裁判所は、Y社が運用する1か月単位の変形労働時間制(以下「本件変形労働時間制」といいます。)が有効であると認め、それを踏まえ計算すれば、Y社のXに対する未払割増賃金は存在しないと判断し、Xの請求をすべて棄却しました。
Ⅱ 争点
本事案における争点は、Xの実労働時間、Xが未払割増賃金支払請求権を放棄したか、Y社は未払割増賃金支払債務を承認したか等種々存在します。
本記事では、そのうちの「本件変形労働時間制は有効と言えるか」という争点に着目して解説します。
Ⅲ 判決のポイント
本判決で裁判所は、本件変形労働時間制について、法の要件をすべて満たすと判断した上で、その運用実態にも着目し、それが法の趣旨に反するものとはいえないとして、本件変形労働時間制は有効であると判示しました。
まず裁判所は、Y社就業規則及びその別表の内容に照らせば、1週間内の所定労働時間が法定労働時間を超えない定めがあると認定しました(労働基準法32条の2)。これに対しXは、Y社がSD各人の労働時間等について記載した勤務交番表を見ると、時間外労働が予定に組み込まれており、法の趣旨に反すると主張していました。
Xの主張に対して、裁判所は、変形労働時間制は、労働時間の短縮を促進するための制度としても位置付けられていると述べた上で、時間外労働時間を勤務全体の予定に組み込むことは、制度設計や運用如何によってはこれに抵触する余地があり得るとしつつも、変形労働時間制の下での時間外労働が一切禁止されているものではなく、Y社が労働組合と協議を重ねて労働時間の短縮を図っていた経緯や基本的に週休二日制が達成されていること等から、Y社がSDに対し長時間労働を強いるべく制度を濫用していた事実はなく、本件変形労働時間制は法の趣旨に反していないと判断しました。
同様に裁判所は、Y社がその就業規則に基づき、所定労働時間を明示するものとして勤務交番表を毎月10日までに作成し、これを事業所に掲示したことをもって、変形期間内のすべての週及び日の所定労働時間を特定し、SDにそれを周知(労働基準法106条1項)していると判断しました。なお、Y社は、就業規則の中で「就業時間表」を定めていましたが、260頁(1頁あたり最大26パターン)にわたっており、SDがこれをもって所定労働時間を正確に読み取ることは困難であるから、勤務交番表による特定が必要であったとしています。
これに対しXは、Y社においては勤務交番表に記載されていた所定労働時間の変更等が頻繁にあり、所定労働時間は特定されていないと主張しましたが、裁判所は、変更されていたのは所定労働時間ではなく、見込まれていた時間外労働部分であり、時間外労働部分に関する変更は所定労働時間の変更には該当しないこと、及び所定労働時間の変更が多数回に及んでいる月があっても、それが所定労働時間を短縮する方向での変更であり、実際に実労働時間も短縮されていること、及びその変更が就業規則所定の手続き(労働組合への報告が含まれている。)に則っていることを併せ考慮して、当該変更は本件変形労働時間制を無効にすべき性質のものとは言えないと判示しました。
以上から、裁判所は、Y社が採用している変形労働時間制は、法の要件を充足し、かつ法の趣旨に反しているともいえないから、有効であると認定しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
1 本事案の実務への影響
本判決から、変形労働時間制の有効性について、裁判所が、①法の要件を充足するか否かという観点のほか、②法が変形労働時間制を定めた趣旨に鑑みて、その制度設計や運用実態が法の趣旨に反していないかという観点を考慮して判断していることがわかります。
①について、本事案において労働基準法32条の2及び同106条1項を満たしていると判断されたポイントは、就業規則の定めとそれを具体化する勤務交番表の存在にあります。
1か月単位の変形労働時間制を採用するにあたっては、労働基準監督署に労使協定を届け出る必要はありますが、就業規則に変形労働時間制について定めることは必須条件ではありません。しかしながら、裁判例においては、所定労働時間のパターンの記載がなされていることが求められており、一般的にはその内容は就業規則に定められることが多く、企業が法定の手続きに則って、法の要件を充足する変形労働時間制を採用していることを示す客観的な資料となります。
さらに、「周知」要件については、労働者が自分の働くべき所定労働時間(所定労働日及び休日を含みます。)を実際に読み取ることができるかという観点が存在するため、就業規則に定めているだけでは足りない場合があります。本件はまさにそのような場合にあたり、勤務交番表によって所定労働時間を定め、これを事業所に掲示することで初めて「周知」要件を充足していると解釈されたものです。
②について、裁判所は、変形労働時間制の趣旨は、労働時間規制によって生じる経営上の不都合に配慮することのほか、労働時間の短縮を促進することにあるとも判示しました。
本件変形労働時間制は、時間外労働時間が勤務全体の予定に組み込まれていたことが後者の趣旨に抵触する可能性があることが指摘されています。しかし結果的には、時間外労働が一切禁止されているものではないこと、Y社が労働組合と協議を重ねて労働時間の短縮を図っていたこと、そして実際に実労働時間が短縮していたことから、Y社が制度を濫用していたということはできないとし、本件変形労働時間制が法の趣旨に反しないことを確認しています。
また、Y社による所定労働時間の変更についても、これが所定労働時間を短縮する方向での変更であって実労働時間の短縮にも結び付いていたことから、本件変形労働時間制を無効にするべき変更ではないと判断しました。ただし、変形労働時間制においては、労働日や休日、所定労働時間については、事後的には変更できないことが原則であることには留意する必要があるでしょう。
これらのことから裁判所は、変形労働時間制が法の趣旨に反していないかの判断において、変形労働時間制そのものの制度設計や運用実態を超えて、企業が労使間で労働時間についてどのような協議を重ねていたか、その協議の効果が出ているかまでも考慮に入れていることがわかります。
2 基本的な対応
企業が1か月単位の変形労働時間制を定める場合においては、労働基準監督署への届出等の法に定められた手続きを履践することはもちろん、紛争リスクに備えて、就業規則に法定事項を定めることは必須と言えます。
また、労働者に周知すべきとされている法定事項については、単に就業規則に定めるだけでは足りず、一般的な労働者をして把握に困難がないような状況を実現することで初めて「周知」と認められることに注意が必要です。
さらに、企業が採用する変形労働時間制が形式的に法の要件を満たしていたとしても、裁判所がその実態を見たときに、制度設計や運用方法が法の趣旨に反するものであると判断されれば、当該変形労働時間制が無効となる可能性が十分にあります。企業としては、普段から労働者の労働時間を適切に把握し、その短縮に向けて労働組合と協議を重ねるなど、誠実な姿勢を積み重ねておくことが重要になります。
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