違法と評価される退職勧奨(メドエルジャパン事件)~東京地裁令和5年4月28日判決~ニューズレター2026.10.vol.178

Ⅰ 事案の概要

本件は、Y社に勤務していたXが、Y社による一連の対応(主にパワーハラスメント行為)により精神的損害を受けたとして、職場環境配慮義務違反を理由に、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案です。

Xは、パワーハラスメントに当たる行為として、退職勧奨のほか、配転命令や賃金減額等も主張していました。もっとも、本稿では、紙面の都合上、退職勧奨に関する判断に絞って取り上げます。

裁判所が退職勧奨に関して認定した主な事実経過は、次のとおりです。

Y社の代表者であるA社長は、平成24年10月以降、Xに対し、「これは解雇通知である」「解雇したい意思は変わらない」「自主退社と解雇を選べるオプションがあり、その話し合いには応じる」などと解雇や退職に関する話題を繰り返し述べ、退職を促しました。Xは、当初から退職や契約変更に応じない姿勢を示していました。

特に同年11月16日に行われた面談では、A社長が書面で問題点を整理して示し、給料を半額にする雇用契約の変更を求め、3か月で改善傾向がみられない場合には退職勧告を受け入れるよう求めるなど2時間にわたる面談を実施しましたが、Xは給与減額及び退職に応じませんでした。A社長は、その後も、Xにはマーケティング等の知識がない、給料を半分にするなどの発言を繰り返しました。さらに、Xの担当業務を全て新入予定社員へ移す旨のメールを全社員に送信し、同年12月1日付けで、Xを掃除等の担当とする配転命令を行い、これが1年9か月ほど継続しました。その上、会社内にXを支援する人はいない、皆がXと仕事をしたくないと言っているなどの発言も繰り返しました。

Ⅱ 争点

退職勧奨は、会社が労働者に対して退職を提案し、合意による雇用契約の終了を目指すものであり、それ自体が直ちに違法となるものではありません。もっとも、退職するか否かを決定するのはあくまで労働者であり、その判断は自由な意思に基づくものでなければなりません。

社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、これに応じてしまった労働者の意思表示の有効性が問題になり得るほか、労働者から使用者に対し、職場環境配慮義務違反を理由に損害賠償請求をすることができる場合があります。

本件では、Y社から行われた退職勧奨が違法なパワーハラスメントに該当し、XのY社の職場環境配慮義務違反を理由とする損害賠償請求が認められるかが争点となりました。

Ⅲ 判決のポイント

裁判所は、「企業が人事対応の一環として、労働者に対して雇用契約の合意解約に向けた働きかけや説得を行うことは、それ自体が直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、これに応じるかどうかは労働者の自由な意思に委ねられるから、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、心理的圧力を加えて強要したり、その名誉感情を不当に害する言辞を用いたりした場合には、社会通念上相当と認められる範囲を超える違法行為として職場環境配慮義務違反に該当すると解される。」という規範を提示しました。

その上で、裁判所は、上記の経緯を総合し、平成24年11月16日より後の退職勧奨は、労働者の意思を不当に抑圧し、精神的苦痛を与えるものであって、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると判断しました。

ここで重要なのは、退職勧奨の違法性が、特定の一言だけでなく、拒否後の継続的な働きかけ、不利益性の高い条件提示、配転等の周辺事情を含めた全体評価によって認定されている点です。本判決は、退職勧奨の違法性は、特定の発言や一回の面談だけで判断されるものではなく、全体の経過も踏まえて判断されることを明らかにしたものと評価できます。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は、退職勧奨そのものを直ちに違法とするものではありません。会社が人事上の対応として、労働者に対し、雇用契約の合意解約に向けた働きかけや説得を行うこと自体は、実務上も許容され得ます。もっとも、その場合でも、労働者が退職に応じるか否かを自由に判断できる状態を確保することが前提となります。

したがって、退職勧奨の場面では、退職を強要するような発言や退職又は解雇以外に選択肢がないような発言を避けるべきであることはもちろん、労働者の名誉感情を不当に害する発言や、人格的非難に及ぶ発言をしてはならないことにも注意が必要です。本件でも、会社内に支援者はいない、皆が一緒に働きたくないと言っているなどの発言は、Xの名誉感情をいたずらに傷つける言動と評価されています。

また、違法性の判断は、一回の面談や特定の一言だけを切り取って行われるものではありません。本判決は、労働者が退職に応じない意思を示した長時間の面談後も退職を前提とする働きかけが継続されたこと、その間に業務の引継ぎ、配転、賃金減額を示唆する発言等が行われたことを含め、全体の経過を踏まえて判断しています。実務上も、各面談の内容だけでなく、退職勧奨にかかる一連の対応としてどのように評価されるかを意識する必要があります。

さらに、本件では、会社が前提としていた能力不足について、会社から具体的な裏付けとなる証拠が十分に示されていなかった点も重要です。退職勧奨を行う場合には、抽象的に能力不足や適性不足を指摘するだけでは足りず、どの業務について、どのような問題があり、これまでどのような指導や改善機会を設けたのかを、客観的資料に基づいて説明できるよう準備しておく必要があります。事前準備が不十分なまま退職勧奨を行うと、後に、退職勧奨の必要性や相当性を説明できず、会社側の対応全体が不相当であったと評価される危険があります。この点で、退職勧奨は、単に面談時の言葉遣いだけの問題ではなく、事前の証拠整理、改善指導の記録化、代替的な人事措置の検討、面談記録の作成といった準備の問題でもあります。特に、労働者が退職を拒否した後に配転、降格、賃金減額、担当業務の変更等を行う場合には、それぞれについて退職勧奨とは独立した業務上の必要性・合理性を説明できる資料を残しておくことが必要となります。

なお、本件では主としてハラスメント該当性や職場環境配慮義務違反が問題となりましたが、同様の事情は、労働者が退職の意思を示した場合には、その退職意思が真に自由な意思に基づくものといえるかという問題とも密接に関わります。すなわち、違法な退職勧奨と評価されるような経過があれば、退職合意や辞職の有効性が錯誤や強迫といった理由で争われるリスクにもつながり得ます。

退職勧奨は、退職を促したい社員がいる場合に実務上しばしば検討される対応ではありますが、感情的に進めることは禁物であり、会社としては、退職勧奨に至る根拠資料や面談の進め方を事前に十分準備したうえで、労働者の自由な意思決定を妨げないよう、冷静かつ慎重に対応することが重要であるといえます。

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