Ⅰ 事案の概要
本件は、原告であるXが、被告Y社において産前産後休暇及び育児休業を取得した後、職場復帰の申し入れをした際に、Y社が、Xを従前の職場へ復帰させることは難しいとして退職を勧奨し、その後の調整もまとまらなかったことから、Y社がXを解雇したというもので、Xが、Y社に対し、労働契約上の地位確認と解雇後の賃金の支払い、及び退職強要と解雇が不法行為にあたるとして損害賠償を求めた事案です。
裁判では、①本件解雇が男女雇用機会均等法、育児介護休業法に違反するか、②本件解雇に客観的に合理的な理由が認められるか、③Y社の職場復帰拒否や解雇が不法行為にあたるか等が争点となりました。
Ⅱ 前提となる事実関係
1 紛争の経緯
Y社の従業員であったXは、第2子出産のために産前産後休暇及び育児休業を取得し(なおXは、本件の約4年前に第1子出産のため育児休業等を約10か月取得していました。)、約8か月後にY社に対して職場復帰の時期等についての調整を申し入れたところ、Y社は、Xの従前の職場の人員は足りていてXの復帰は難しく、復帰する場合にはインドの子会社に転籍するか、収入が大幅に下がる他部署に異動するしかないと回答し、Xに退職を勧奨しました。Y社は、Xの申し入れ翌月からXに対し給与の支払いは再開しましたが、就労を認めませんでした。このため、Xは労働局に育休法52条の5による調停の申請を行い、紛争調整委員会は、Xの申立てに沿う内容の調停案受諾勧告書を提示しましたが、Y社は受諾を拒否し、調停は打ち切られました。これを受けて翌月、Y社は、Xに対し、協調性不十分や職務上の指揮命令違反等を理由として解雇する通知を行いました。
2 休業前のXの労務状況等
Xは、第1回の休業からの復帰時に、直属の上司Aに不満を表明したり感情的な言動を行ったりしたことがありました。このため、Y社は、当該上司を異動させる対応を行っていました。しかし、Xは、交代した上司Bとの間でも軋轢を生じ、不適切な内容のメールを発するなどして上司から注意を受けるなどしていました。ただし、これらの注意について、文書の交付が行われたり懲戒処分がなされたりしたことはありませんでした。
他方、Xの人事評価についてはA、Bいずれにおいても、コミュニケーションに関する項目以外については概ね優秀ないし良好とされていました。
3 その他の事情
Xとその所属上長との間の紛争に苦慮したY社は、Xの第2回休業前に弁護士に相談し、就業規則等の根拠を明確にして対応し、段階を踏んで処分を進め、その過程で改善が認められない場合には解雇もやむを得ないとする趣旨の助言を得て、顧問社労士と相談の上でXに対する注意書を作成しましたが、結局その交付には至りませんでした。
Ⅲ 東京地裁平成29年7月3日判決
1 妊娠等に近接する解雇と均等法及び育休法違反との関係
裁判所は、均等法及び育休法は、妊娠等を理由とする労働者の不利益取り扱いを禁じてはいるものの、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合には、労働者の解雇は可能であって、妊娠等と近接するというだけで、解雇に客観的合理的な理由がないと推認等し、均等法等に違反すると判断することは相当ではないとしました。他方、事業主が形式上妊娠等以外の理由を示しさえすれば、均等法等の保護が及ばなくなるとすると、法の実質的な意義が損なわれるともし、「事業主が、外形上妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法ないし育休法の趣旨に反した違法なものと解するのが相当」との規範を示しました。
2 本件の解雇の効力について
従前のXの上司に対する言動に問題がなかったとはいえないものの、その業務遂行については優秀な部類とされており、業務遂行状況に顕著な変化があった主張立証がないこと、Xに対し、懲戒処分や文書を示しての注意が行われた事実がないこと、第2回休業前にY社が弁護士等から受けていた助言などに照らすと、Y社において、第2回の休業後に復職を受け入れ、必要に応じて解雇以外の処分を段階的に行うなどして改善の機会を与えることのないまま解雇を敢行する場合は、当該解雇が法律上の根拠を 欠いたものになることを十分に認識し得たと判断されています。
また、労働者に問題行動があったとしても、他の労働者の生命・身体を危険にさらし、あるいは業務上の損害を生じさせるおそれがあることについて客観的・具体的な裏付けがあればともかく、そうでない場合は事業主はこれを甘受すべきであるところ、本件では、右の客観的・具体的な裏付けは立証されていないと判断されました。
こうしたことから、本判決は、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当と認められないとして無効と判断されました。加えて、本件解雇は、妊娠等に近接して行われ、かつ、Y社において解雇の無効性を少なくとも当然に認識すべきであったといえるから、均等法9条3項及び育休法10条(の少なくとも趣旨)に違反したものといえるとも判示されました。
3 不法行為に基づく損害について
本件解雇に至る経緯に照らせば、経済的損失の補てんによって精神的苦痛が慰謝されたとはいえないとして、55万円の損害賠償責任が認容されました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
少子高齢化への対応が喫緊の国家的課題とされる中で、出産・育児に対する社会的な支援は、重要な公益的要請とされつつあります。判例も、均等法9条3項の規定は強行規定と解しており(最判平成26年10月23日・広島中央保健生協事件)、均等法や育休法において認められている女性の権利の行使を妨げる使用者側の言動については、基本的に違法性が肯定されやすい状況にあります。
無論、妊娠等に近接していても、事業主側が解雇の原因が当該妊娠等ではないことを立証した場合には、解雇も有効となり得ることは本判決も判示する通りですが、本判決ではそのような認定はなされませんでした。マタハラは今日社会的に耳目を集めやすい問題であり、報道等がなされると、最終的に訴訟で勝利を得た場合でも、会社の営業等に重大な悪影響を生じるおそれもあります。
こうしたことからすると、妊娠等に近接するタイミングで従業員に対し不利益な取り扱いを行う場合には、通常の場合よりもより慎重に事情を検討し、同取り扱いに客観的に合理的な理由があるかどうかを精査する必要があるものと思われます。
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