Ⅰ 事案の概要
本件は、 親会社が、自社及び子会社等のグループ会社における法令遵守体制を整備し、法令等の遵守に関する相談窓口を設け、現に相談への対応を行っていた場合において、親会社が子会社の従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったことをもって、信義則上の義務違反があったとはいえないとされた事例です。
1 Xは、勤務先会社に契約社員として雇用され、Yの事業場内にある工場において、勤務先会社が発注会社から請け負っている業務に従事していました。従業員Aは、発注会社の課長の職にあり、上記事業場内にある発注会社の事務所等で就労していました。
2 Yは、自社とその子会社である発注会社及び勤務先会社等とでグループ会社(以下「本件グループ会社」といいます。)を構成する株式会社であり、法令等の遵守に関する事項を社員行動基準に定め、企業集団の業務の適正等を確保するためのコンプライアンス体制(以下「本件法令遵守体制」といいます。)を整備していました。そして、Yは、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の役員、社員、契約社員等本件グループ会社の事業場内で就労する者が法令等の遵守に関する事項を相談することができるコンプライアンス相談窓口(以下「本件相談窓口」といいます。)を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口に対する相談の申出があればこれを受けて対応するなどしていました。
3 Xは、従業員Aと肉体関係を伴う交際を始めましたが、次第に関係が疎遠になり、従業員Aに対し、関係を解消したい旨の手紙を手渡しました。しかし、従業員Aは、Xとの交際を諦めきれず、それ以降も、本件工場で就労中のXに近づいて自己との交際を求める旨の発言を繰り返し、Xの自宅に押し掛けるなどしました(以下「本件行為1」といいます。)。
Xは、従業員Aの本件行為1に困惑し、次第に体調を崩すようになったので、Xは、直属の上司である係長に対し、従業員Aに本件行為1をやめるよう注意してほしい旨を相談しましたが、係長は、朝礼の際に一言注意しただけで、それ以上の対応をしませんでした。
Xは、その後も従業員Aの本件行為1が続いたため、課長及び係長とそれぞれ面談して、本件行為1について相談したのですが、依然として対応してもらえなかったので、Xは、勤務先会社を退職しました。そして、Xは、派遣会社を介してYの別の事業場内における業務に従事しました。
しかし、従業員Aは、Xが勤務先会社を退職した後も、Xの自宅付近において、数回従業員Aの自動車を停車させるなどしました(以下「本件行為2」といいます。)。
その後、Xが工場で就労していた当時の同僚であった勤務先会社の従業員Bは、Xのために、本件相談窓口に対し、従業員AがXの自宅の近くに来ているようなので、X及び従業員Aに対する事実確認等の対応をしてほしい旨の申出(以下「本件申出」といいます。)をしました。
Yは、本件申出を受け、発注会社及び勤務先会社に依頼して従業員Aその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたのですが、勤務先会社から本件申出に係る事実は存しない旨の報告があったこと等を踏まえ、Xに対する事実確認は行わず、従業員Bに対し、本件申出に係る事実は確認できなかった旨を伝えました。
4 そこで、Xは、Yに対して、本件法令遵守体制を整備したことによる相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したとして、債務不履行または不法行為に基づき、損害賠償を求めたところ、控訴審(名古屋高裁平成28年7月20日)は、Yの信義則上の義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償責任を認めたので、Yはこれを不服として上告しました。
Ⅱ 判決のポイント
最高裁は、YのXに対する債務不履行に基づく損害賠償責任を否定し、XのYに対する請求を棄却しました。
1 まず、最高裁は、本件の事実関係のもとでは、親会社であるYは、自ら又はXの使用者である勤務先会社を通じて本件付随義務(使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務)を履行する義務を負うものということはできず、子会社である勤務先会社が本件附随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、YのXに対する信義則上の義務違反があったものとすることはできないとしました。
2 もっとも、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Yは、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、申出の具体的状況いかんによっては、Yが当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解されました。
3 そのうえで、Xが本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことから、Yの本件行為1についての上記信義則上の義務を否定しました。
また、本件行為2についても、本件申出は、Yに対し、Xに対する事実確認等の対応を求めるものであったことを認めつつ、①本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が、Yにおいて本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれないこと、②本件申出に係る相談の内容もXが退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり、従業員Aの職務執行に直接関係するものとはうかがわれないこと、③本件申出の当時、Xは、既に従業員Aと同じ職場では就労しておらず、本件行為2が行われてから8箇月以上経過していたことを指摘して、上記信義則上の義務を否定しました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
親会社が、子会社の従業員間で行われたセクシュアル・ハラスメントにつき、労働契約上の職場環境配慮義務違反を理由として固有の債務不履行責任を負うとされるには、少なくとも親会社が被害者(子会社の従業員)に対してその指揮監督権を行使する立場にあったり、被害者から実質的に労務の提供を受ける関係にあったことが必要であり、親会社が法令遵守体制を整備したことのみをもって、子会社が被害者との間で使用者として負うべき雇用契約上の付随義務(労働契約上の職場環境配慮義務)を履行する義務を負うものではないと考えられます。
しかし、本件では「申出の具体的な状況いかんによっては」親会社も信義則上の義務違反の責任を負う場合があるとされており、本件の事実関係も例えば、相談窓口の具体的内容として相談の申出をした者の求める対応をすべき場合が規定されており、従業員の職務執行に関する申出が申出に係る行為の直後になされたものであった場合などは、親会社に対する信義則上の義務違反が認定されていた可能性もあります。
本件はそのような意味での事例判断であるため、親会社は信義則上の義務違反を認定されないよう、実効性のある相談窓口の運用体制等を構築している必要があります。過去の裁判例等の事実関係のもとでどのような対応を構築する 企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ 企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
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