不利益変更のケース別のトラブル防止のポイント

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

企業を取り巻く環境は変化し続け、働き方も多様化する中において、労働条件の見直しは常に課題となり得ます。また、就業規則を日々運用する中で、ある規定について変更の必要性を感じることも多いのではないでしょうか。

もっとも、労働条件の不利益変更の有効性の判断は、各種様々な要素を総合考慮してなされるものであり、判断が難しいポイントが多い分野といえます。

そこで、本コラムでは、労働条件の不利益変更について、ケースも交えつつ、注意すべきポイントをご紹介したいと思います。

就業規則や労働条件の不利益変更の禁止について

不利益変更を行うことのリスク

労働条件の不利益変更を行うことで、従業員の士気の低下や、労使紛争に発展することが考えられます。より深刻には、司法的判断により不利益変更が否定されると、変更前の労働条件が適用されてしまうことによるリスクが考えられます。

例えば、賃金減額が否定されてしまうと、本来支払われるべきは、変更前の基準により算出される賃金であったことになり、差額分が未払賃金として請求されることになります。しかも、結果がわかるのは変更後相当期間が経過した段階であるため、支払額が相当に膨らんでしまうケースがあり得ます。

労働条件の不利益変更のリスクについては、以下のページでも取り上げていますのでぜひご一読ください。

労働条件の不利益変更が認められる条件とは?

労働条件の不利益変更はいかなる場合も認められないわけではありません。変更方法には、労働者との個別の合意、就業規則の改訂、労働協約の締結という3つの方法があります。

以下では、就業規則の改訂による労働条件の不利益変更の要件について取り上げます。
そのほかの方法に関する説明は、以下のページに譲ります。

就業規則の不利益変更が認められる条件

就業規則の不利益変更は、労働者の合意がなければすることができないのが原則です(労契法9条本文)。
ただし、例外的に、①変更の合理性、②変更後の就業規則の周知という要件を満たせば、個別の合意がなくとも不利益変更が可能となります(同法10条本文)。

不利益変更の「合理性」を判断する基準

変更の合理性の有無は、
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更に係る事情(代償措置、激変緩和措置、同業他社・世間相場との比較等)
を総合考慮して判断されることになります(労契法10条)。

不利益変更のケース別のトラブル防止のためのポイント

以下では、不利益変更の対象となる労働条件ごとに説明していきます。

賃金・手当に関する不利益変更の注意点

賃金や手当は労働者の生活を支える根幹であり、特に重要な関心事といえるため、その不利益変更には高度の必要性が要されます。

「不利益の程度」は、それが重大であればある程、より高度な必要性がない限り合理性が否定されるという考慮要素です。ここでは、変更前の賃金から結局いくら減額されることになるのか等を具体的に説明できなければなりません。

「高度の必要性」としては、例えば、定年の延長による人件費の負担増加に対応するための賃金引下げや、グローバル化に耐えうる競争力を確保するための成果主義型賃金の導入について、「高度の必要性」が認められた裁判例があります。

ただ、どのケースでも、不利益変更の必要性について具体的かつ説得力のある説明がなされており、一般化はできません。その他、労使の交渉状況等として、説明の機会を十分に設けて、変更を必要とする事情について丁寧に説明することが求められます。

以下のそれぞれのページでは、賃金や退職金、賞与といったお金に関する内容を解説しています。併せてご一読ください。

時間外労働・残業代に関する不利益変更の注意点

例えば法内残業にも割増賃金を発生させている場合にこれをなくす場合や、定額残業代を設定、変更する場合に問題になるものと思われます。
割増賃金も「賃金」と理解することができるため、前述した注意点が同様にあてはまります。

時間外労働や割増賃金の概要に関しては、以下の各ページをご参照ください。

労働時間・休日・休暇に関する不利益変更の注意点

就業規則で定められた始業・終業時刻や休日を変更することは、不利益変更となり得ます。

それまで日曜日が休日であった自動車教習所で、休日営業が必要であると判断し、所定休日を日曜日から月曜日に変更するとともに、事務員の平日の就業時刻を午後5時20分から午後6時に変更したというケースがありました(福岡地方裁判所小倉支部 平成13年8月9日判決、九州自動車学校事件)。

裁判所は、日曜休日を他の曜日に変更する不利益は重大なものではないとしたうえで、終業時刻が遅くなった点をとらえれば不利益であるとしながらも、労働時間の合計が総体としては短縮されていること、従来の出勤日である月曜日に代わる日曜日の終業時刻は午後4時に早められていることから全体的には利益な方向への変更ということもできるとして、変更の合理性を肯定しました。

労働時間や休日、有給休暇の概要をつかんでおくことも非常に重要です。以下のそれぞれのページでぜひ理解を深めてください。

不利益変更でトラブルにならないために企業がすべきこと

労働条件の不利益変更は、労働者の反発を招きやすく、もしトラブルになった場合は、前述したようなリスクがありますので、企業としてはできる限り避けたいところです。

そこで、企業は慎重に準備をして手続きを進めていくべきであり、以下の点にも留意する必要があります。

従業員と合意書を取り交わしておく

まずは、労働者との間で事前に合意書を取り交わすことが考えられます。なぜなら、個別合意を得られれば、不利益変更が認められることになるからです。

ただ、判例によれば、合意が有効となるのは、合意が労働者の自由な意思に基づきなれたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限られることになります。そのため、個別の説明や説明会で用いた資料、協議の際の議事録などを残しておくことが有効と考えられます。

万一に合意に至らなかった場合であっても、労働者の納得を得るために説明や交渉をすること自体が就業規則の変更による不利益変更の合理性担保の一事情となりますし、トラブルを避けるためにも有効であることに留意してください。

代償措置や経過措置の検討

代償措置や経過措置は、不利益変更の合理性を判断する重要な要素となりますので、その検討が必要です。
ある労働条件では不利益であるものの、他の労働条件を改善することが可能な場合は、改善措置をとることで、総体として変更の合理性も認められやすくなり、従業員の合意が得られる可能性も上がるでしょう。また、激変緩和のために段階を踏んで変更をするなどの経過措置も合理性を支える事情となります。

従業員から労働審判や訴訟を起こされた場合の対応

労働条件の不利益変更があると、従業員から、労働審判や訴訟を起こされる可能性があります。
個別の同意や労使協定がない場合は、不利益変更の合理性が主な争点となりますが、これは非常に難しい判断となることが想定されますので、まずは労務関係に詳しい弁護士に相談することが必要でしょう。

労働条件の不利益変更に関する裁判例

ここでは、リーディングケースとされている判例【最高裁 平成9年2月28日第2小法廷判決、第四銀行事件)】をご紹介します。

事件の概要

被告会社(Y)が行った就業規則の不利益変更の概要は以下のとおりです。

(就業規則変更前)
・定年年齢:55歳
・定年後は58歳まで在職制度があった(※健康な男子に限定)。
・56歳~58歳まで賃金水準は定年前と同水準であった。
(就業規則変更後)
・定年年齢:60歳
・55歳以降の賃金水準を従来の約65%に引き下げ

このような状況で、原告(X)は、Yに対して、本件不利益変更が無効であるとして、55歳以降の賃金につき変更前の基準で算定される金額との差額の支払いを求めました。

裁判所の判断

最高裁は、以下の事情から、不利益変更の合理性を認めてXの請求を認めた原審の判断を維持しました。

  • ①賃金に関する不利益の程度はかなり大きい。
  • ②定年延長の高度の必要性があった。55歳以降の労働条件を修正したこともやむを得ない。
  • ③変更後の55歳以降の労働条件は、同様に60歳まで定年を延長した多くの同業他社の例とほぼ同様の態様で、賃金水準も同業他社、社会一般の賃金水準と比較してかなり高い。
  • ④Yの従業員の約90%で組織されている労働組合との交渉・合意があった。
  • ⑤直接の代償措置はないが、福利厚生制度の拡充、特別融資制度の新設等、不利益緩和措置もある。

ポイント・解説

最高裁は、本コラムで触れた労基法10条が挙げる考慮要素とほぼ同様の考慮要素ごとに、一つ一つの事情を検討し、当事者間の利益衡量を行うことで結論を導いています。特に、労働組合との合意があったこと(④)や、変更後の賃金水準が同業他社や世間相場と比較してもかなり高いこと(③)が結論を左右するポイントになったのではないかと考えられます。

不利益変更で無用な労使トラブルを避けるためにも、弁護士に相談することをお勧めします

労働条件の不利益変更は、労使の反発を招きやすい一方で、企業側もやむにやまれぬ事情があるからこそ不利益変更に踏み切るという局面もあり、そうした場合に紛争は先鋭化することになります。

不利益変更に合理性の判断には検討すべき事項が多く結論の予測がたてづらい一方、敗訴した場合は、多額の支払い義務が課せられる危険性もあります。

もっとも、検討段階でしっかりと専門家に相談することで、不利益変更を有効に行うために必要な事項につき、有効な助力を得ながら準備を進めることができるでしょう。したがって、労働条件の不利益変更をお考えの場合は、専門家である弁護士に相談されることをお勧めします。

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執筆弁護士

弁護士 須合 裕二
弁護士法人ALG&Associates 弁護士須合 裕二

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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