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監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
管理職は一般社員の模範となるべき立場なので、能力や適性が足りない場合は降格も検討することになります。しかし、降格は簡単に認められるものではなく、就業規則上の規定や適正な手続きなど、さまざまな条件を満たす必要があります。
そこで本記事では、管理職の降格が違法になるケースとならないケース、降格の手順、降格が違法にならないためのポイントなどを詳しく解説していきます。
目次
管理職を降格すると違法になるのか?
管理職を降格させても、直ちに違法とはなりません。
会社はある程度の人事権を有するため、労働者に重大な問題がある場合は管理職・一般職を問わず降格処分とすることができます。
特に、管理職は部下を指揮監督する重要な立場にあるため、管理能力が不十分だったり、公正な人事評価ができなかったりする場合、適格性を欠くとして降格も検討すべきでしょう。
ただし、安易な降格処分は違法になったり、労働トラブルを招いたりする可能性があるため注意が必要です。また、管理職の変更は一般社員にも大きな影響を与えるため、慎重に判断する必要があります。
降格を決める際は、処分の理由や合理性を客観的に証明できるよう準備することが重要です。
人事異動としての降格
人事異動による降格とは、労働者の能力や勤務成績をもとに行う処分です。主に「降職(解任)」「降格(降級)」の2つに分けられ、下表のような違いがあります。
降職(解任) | 対象労働者の役職を解き、下の職位に変更する処分です。例えば、部長を課長に、課長を係長にする場合です。 労働者の“肩書き”を変更するだけなので、減給を伴わないことも多いです。そのため、適切な範囲であれば会社の裁量で行うことが可能です。 |
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降格(降級) | 対象労働者の職能資格や給与等級を引き下げる処分です。 減給を伴うケースがほとんどなので、“就業規則上の減給規定”や“労働者本人の同意”が必要とされています。 |
人事異動による降格の進め方は、以下のページで詳しく解説しています。
懲戒処分としての降格
懲戒処分としての降格とは、就業規則上の懲戒事由に該当する行為を行った者に対する降格処分です。
例えば、セクハラやパワハラ、服務規律違反、著しい勤怠不良、横領などの犯罪行為などが懲戒処分の対象になり得ます。
なお、懲戒処分の目的は“制裁”なので、通常の人事異動よりも厳しい処分です。
よって、懲戒処分を行うには就業規則の懲戒事由に該当するだけでなく、当該処分に客観的合理性や社会的相当性が認められる必要があります。
安易に懲戒処分を行うと違法になるおそれもあるため、注意しましょう。
懲戒処分を行う際の注意点は、以下のページで詳しく解説しています。
管理職の降格処分が認められるケース
管理職の降格が認められるのは、以下のようなケースです。
・管理職としての能力不足
管理職には部下をマネジメントする役割があります。そのため、部署の成績が著しく悪化したり、部下の勤務実績が振るわなかったりすると、「管理能力不足」を理由に降格が認められる可能性があります。
・勤務態度が悪い
管理職は部下の模範となるべき立場にあるため、遅刻や欠勤などの“勤怠不良”や“職務怠慢”が続く場合は降格処分が認められる可能性があります。
・規律違反の行為を行った
管理職の規律違反としては、パワハラやセクハラが代表的です。
ハラスメントは労働基準法などの法律でも禁止される重大な行為なので、懲戒処分による降格も認められる可能性があります。
管理職の降格処分が違法となるケース
降格処分が違法と判断されるのは、以下のようなケースです。
・降格の根拠を示すことができない
降格処分が妥当であることの根拠を示す必要があります。例えば、能力不足によってどんな支障が出ているのか等を具体的に示すことが重要です。
明確な根拠がない場合、人事権濫用として降格が無効になる可能性が高いです。
・降格の根拠が不当
自主退職を促すための降格、産休や育休の取得を理由とする降格、方針の違いによる降格などは違法となるのが一般的です。
なお、うつ病などで休職中の場合、復帰の目途が立たず、また復帰後に管理職の業務を行うのが難しいなどの場合に限り、降格が認められるとされています。
・職位や賃金が大幅に下がる
対象労働者に重大な問題があっても、基本的に2段階以上の降格処分は認められません。
また、1回の処分で減給する額は「1日の平均賃金の半額以内」に収める必要があります(労働基準法91条)。
管理職の降格を実施する際の手順
管理職を降格させる際は、適切な手順に沿って対応することが重要です。降格処分の具体的な手順は、以下のとおりです。
- 事実関係を調査して方針を検討する
- 弁明・改善の機会を設ける
- 減給の可否や方法を検討する
- 社員に通知する
①事実関係を調査して方針を検討する
降格処分の根拠を明確にするため、事実確認を行います。例えば、過去の業績やマネジメント状況を整理し、降格が妥当かどうかを判断します。また、パワハラなどが原因の場合、部下や他の社員にヒアリングすることも有効です。 降格の根拠が不明瞭だと処分が違法になりやすいため、事実確認は徹底的に行いましょう。②弁明・改善の機会を設ける
懲戒処分としての降格を行う場合には、社員に弁明の機会を与える必要があります。
他方、人事異動としての降格を行う場合は、まずは適切な指導・教育を行った上で、それでも改善が見られない場合に降格することが望ましいでしょう。
③減給の可否や方法を検討する
降格に伴い、給与を引き下げるかどうか検討します。
もっとも、役職手当をカットする分には特段問題ないですが、基本給を引き下げる場合は注意が必要です。基本給の引下げを行う場合、就業規則に減給に関する規定がなければ行うことができないため、必ず確認しましょう。
減給の可否を決めたら、「人事異動による降格」か「懲戒処分による降格」かいずれかを選択します。
④対象労働者に通知する
処分が決定したら、弁明の機会を与えるためにも労働者本人に通知するのが基本です。このとき、口頭だと後々トラブルになりかねないため、書面によって通知し、署名・捺印をもらっておくのが望ましいでしょう。
弁明によっては、降格処分を撤回したり、より軽い処分に変更したりするケースもあります。
また、降格は社員にとって重大な出来事なので、余裕をもって通知することをおすすめします。
最終的に降格処分が適切だと判断された場合、「辞令」を出し、降格を実施します。
管理職の降格処分が違法とならないためのポイント
降格処分は対応を誤ると違法になりやすいため、会社は十分注意が必要です。違法な降格処分を避けるためのポイントは、以下の5つです。
- 就業規則に規定を設ける
- 降格の根拠を収集する
- 降格の前に注意指導を行う
- 段階的な処分を実施する
- 人事権や懲戒権の濫用に注意する
次項でそれぞれ詳しく解説していきます。
就業規則に規定を設ける
降格によって基本給を引き下げる場合や、懲戒処分による降格を行う場合、就業規則上の規定が必要です。そのため、まずは就業規則に規定が定められているかチェックしましょう。
また、減給規定や懲戒規定があっても、社内で十分周知されていない場合は無効となるため注意が必要です。
就業規則の作成方法は、以下のページで詳しく解説しています。
降格の根拠を収集する
降格処分を下すには、業務上、降格が避けられないことを証明する必要があります。
例えば、管理職としての能力不足や適格性の欠如を理由に降格させる場合、対象者の能力や適性がどれほど欠如しており、業務にどのような支障をきたしているのかを具体的に説明します。
降格の前に注意指導を行う
降格を決定する前に、まずは対象者に対して注意・指導することが重要です。また、指導は書面など形に残る方法で行います。
注意や指導もなく降格処分を行うと、「能力不足は社員の責任ではなく、会社の指導不足が原因だ」とみなされ、処分が不当と判断されるおそれがあります。
段階的な処分を実施する
懲戒処分としての降格を検討している場合には、懲戒事由と懲戒処分に不均衡が生じないようにすることが重要です。
具体的には、まず社員の行った行為が、降格処分とせざるを得ないほどに重大な非違行為であるかどうかを検討します。
当該行為が“降格に値する重大な非違行為”とまではいえない場合、まずは、譴責、訓戒、停職など、降格よりも軽い処分を行い、非違行為が重なるようであれば段階的に重い処分を行うことをお勧めします。
人事権や懲戒権の濫用に注意する
降格処分の決定はある程度会社の裁量に委ねられますが、降格の理由や目的によっては人事権・懲戒権の濫用にあたり、当該処分が無効になることもあります。
降格が無効になり得るのは、以下のようなケースです。
- 退職勧奨に応じないことを理由とする降格
- 嫌がらせや見せしめ目的の降格
- 十分な注意や指導もせずに行った降格
- 公平性を欠く人事評価に基づく降格
降格処分を行う際の注意点は、以下のページでも詳しく解説しています。
管理職の降格処分の有効性について争われた判例
以下では管理職の降格の有効性について争われた事案を見ていきましょう。
紹介するのは、賃金の引下げを伴う降格処分についての事案です。
事件の概要
職能給と諸手当を合わせて計60万円の給与が支払われていました。
しかし、その後Y社は赤字が続き、リストラ策を実施する名で経費削減に努めることになります。
そんな中、Xは平成4年5月以降、勤務成績不振を理由に毎年等級が降格され、職能給も低下していきました。
さらに、平成8年5月には「4級3号棒」にまで降格され、給与は合計で28万2500円となり、さらなる降格も通告されました。
これを受けXは、平成4年5月以降の降格は無効であるとして、差額賃金分の仮払い等を求めて提訴した事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下のように判断しました。
・使用者が、労働者の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則などにおける職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降級の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠つけられていることが必要である
・資格制度における資格や等級を、労働者の職務内容を変更することなく引き下げることは、同じ職務であるのに賃金を引き下げる措置である。よって、労働者との合意などによって契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければなしえるものではない
なお、本件では就業規則に“降格・減給に関する規定”はあるものの、適切な手続きをとらずに設けられた規定であることから、就業規則の変更自体が無効とされています。
よって、無効な就業規則に基づく基本給の減額は容認できないとして、Xの請求(賃金の仮払い)の一部が認められました。
ポイント・解説
本判決において、裁判所は、職能資格制度における降格処分は、使用者が一方的に行うことは認められず、労働者との合意があるか、就業規則の明確な根拠と相当な理由がなければならないとしました。
この考え方は、一般的な職能資格制度では、「労働者の職務遂行能力は勤続とともに向上するものとされ、降格は想定されていない」というのが根拠となっています。
そのため、会社は賃金の引下げを伴う降格に備えて、就業規則に減給の可能性を定めておくことが重要です。
管理職の降格については労務に強い弁護士へご相談ください
管理職の降格が違法と判断された場合、当該処分は無効となります。そのため、給与は減給前の金額が適用され、会社は“未払い賃金の支払い義務”を負うことになります。
さらに、違法な人事異動や懲戒処分を行ったとなれば、会社の社会的イメージが低下するおそれもあります。
これらのリスクを未然に防ぐには、降格処分を決める前に弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士であれば、降格処分が妥当なのかどうか法的に判断し、適切な対応をアドバイスすることができます。また、万が一社員とトラブルになった際も、ご依頼者様に代わって相手と交渉を行い、スムーズに解決できるようサポートいたします。
弁護士法人ALGは、400社を超える多種多様な企業と顧問契約を締結しており、実務経験もたいへん豊富です。人事・労務についてお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士髙木 勝瑛(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある