
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
経歴詐称とは、学歴や職歴を偽ったり、犯罪歴を隠したりする行為です。
経歴詐称は会社と従業員の信頼関係を損なうだけでなく、企業全体の秩序を乱すおそれもあるため厳格に対処する必要があります。なかでも重大な経歴詐称については、懲戒解雇や普通解雇が認められる可能性もあります。
本記事では、経歴詐称した従業員を解雇するための要件、解雇が認められる具体的なケース、経歴詐称を未然に防ぐためのポイントなどをわかりやすく解説していきます。
目次
経歴詐称を理由に解雇することはできるのか?
経歴詐称で解雇できるかは、内容の重大性や従業員の職種、会社への影響の大きさなどによって変わってきます。
通常、解雇は従業員の生活に大きく影響するため、「客観的合理性」や「社会的相当性」がないと認められません。つまり、誰がみても「解雇はやむを得ない」と判断できる事情が必要となります。
経歴詐称においても、その内容が重大かつ悪質であり、会社に多大な損失を与えた等の事情があれば、解雇が認められる可能性があります。
経歴詐称の種類や、懲戒解雇手続きの流れについては、以下のページで解説しています。
経歴詐称による解雇は普通解雇?懲戒解雇?
経歴詐称が就業規則の「懲戒解雇事由」に該当する場合、懲戒解雇できる可能性があります。
ただし、懲戒解雇は従業員にとって最も重い処分なので、詐称が軽微な場合は認められない可能性が高いです。例えば、現在の職務とは関係のないスキルや経験について虚偽の申告をしても、「業務にさほど支障はなく、重大性は低い」と判断される傾向があります。
懲戒解雇が難しい場合は、能力不足や成績不良を理由に「普通解雇」を検討するのが一般的です。
もっとも、普通解雇の場合も、能力不足の程度や会社に与えた損失の大きさ、それまでの注意・指導の経緯などが考慮されることから、必ず認められるわけではない点に注意が必要です。
従業員を解雇する際の注意点などは、以下のページで解説しています。
経歴詐称で懲戒解雇が認められる法的根拠
経歴詐称は、重大な「信義則違反」に該当することから、懲戒解雇事由にあたるとされています。
労働契約を締結すると、会社と従業員は信義則に従い、契約を遂行する義務が生じます(労働契約法3条4項)。経歴詐称は会社から従業員への信頼を大きく損なうだけでなく、人材配置の見直しが必要となるなど事業に支障をきたすおそれもあるため、重大な違反行為にあたると考えられています。
また、経歴詐称の事実が広まると、他の従業員の不安を招くなど社内秩序の乱れにもつながります。そのため、懲戒解雇を含む厳格な処分が認められる傾向にあります。
入社後、経歴詐称で解雇する際のポイント
入社後、どの段階で経歴詐称が発覚したかも解雇の有効性を判断するポイントとなります。
例えば、勤続15年の従業員に経歴詐称が発覚したとしても、勤務態度や能力に問題がなく、長期間勤めていられたということであれば、会社に与えた影響は小さいと判断される可能性があります。
よって、経歴詐称が発覚したら問題を先延ばしにせず、専門家に相談しながら速やかに対応を検討しましょう。
また、解雇が有効と認められるには、以下2つの要件を満たす必要があります。
- 「重要な経歴詐称」であること
- 就業規則の懲戒事由に定められていること
「重要な経歴詐称」でなければ解雇は認められない
解雇は従業員の人生や生活に大きな影響を及ぼすため、解雇せざるを得ないと認められる程度の重大な事由が必要となります。
具体的には、
- 企業秩序を侵害するもの
- 会社と従業員の信頼関係を大きく損なわせるもの
- 人材の適正配置に混乱を起こすもの
などが“重大な経歴詐称”にあたるとされています。例えば、最終学歴や職歴を高く偽った場合や、犯罪歴を申告しなかった場合などが代表的です。
一方、経歴詐称が些細なもので業務への影響も小さい場合、「解雇はやりすぎだ」と判断されやすいため注意が必要です。
就業規則の懲戒事由に定めておく必要がある
懲戒処分の対象となる行為は、就業規則に明示されたものに限定されると解されています。
つまり、就業規則で経歴詐称を懲戒解雇事由として定めておかなければ、これを理由に懲戒解雇を行うことはできません。
会社としては、懲戒事由及び懲戒の種類を定めた上で、その就業規則を従業員に周知しておくことも必要です。もし懲戒に関する規定が不十分であれば、弁護士などの専門家に相談しながら改定しておきましょう。
懲戒事由の詳細は、以下のページで解説しています。
重要な経歴詐称として解雇が有効になるケース
経歴詐称による解雇が認められるには、仮に真実を告げていた場合に採用されなかったと判断されるような重大な事由が必要です。例えば、以下のような経歴詐称は解雇の対象となる可能性があります。
- 学歴の詐称
- 職歴の詐称
- 犯罪歴の詐称
- 保有資格の詐称
- 病歴や健康状態の詐称
ただし、解雇の有効性については、従業員の勤続年数や勤務態度、貢献度なども踏まえて個別的に判断されます。つまり、重大な経歴詐称があっても、勤務態度が良好で周囲との関係性も良い、勤続年数が長く成績不良もみられないといった状況であれば、解雇は無効になる可能性があると考えられます。
学歴の詐称
学歴が賃金や職務などの労働条件に影響する場合、虚偽の申告をされることで会社の経営や人材配置に支障をきたすため、解雇が有効になる可能性があります。
特に日本の制度では、高卒と大卒で賃金テーブルが異なるなど、学歴が入社後の待遇に直結するケースも珍しくありません。そのため、学歴詐称は会社との信頼関係を大きく損なうものとみなされる傾向があります。
また、新卒採用では、能力評価の材料が限られているため、中途採用以上に学歴が重視される傾向があります。
なお、本来の学歴よりも低く申告した(大卒を高卒と偽るなどの)場合も、適正な人材配置に混乱を起こすおそれがあるため、学歴詐称とみなされるのが一般的です。
一方、募集要項に「学歴不問」の記載がある場合、学歴の詐称があっても解雇は認められない可能性が高いため注意が必要です。
職歴の詐称
職歴の詐称は、その詐称が、採用基準として求める能力や経験に関連しているのかがポイントとなります。採否の判断に重大な影響を及ぼすほどの詐称内容であれば懲戒解雇事由に該当する可能性はあるでしょう。
職歴の詐称には、能力の有無の詐称、経験の有無、経験年数の偽りなどが多く、これらの経験を見込んでの採用経緯であったのかを踏まえて処分を検討する必要があります。
特に即戦力を求める募集内容で、会社が求める経験を偽り、実は経験がまったくなかったという場合には、懲戒解雇を行うことも検討すべきでしょう。
例えば、給排水工事の経験が5年あると申告して採用された従業員に工事経験がまったくなかったため即時解雇とし、同解雇が有効と判断された事例もあります(環境サービス事件)。
犯罪歴の詐称
犯罪歴について求職者が自発的に申告する義務はありませんが、銀行員や金融機関の職員など高度の信頼性が求められるような職種の場合、犯罪歴を偽ることは重大な経歴詐称にあたると判断されやすくなります。
具体的には、以下のようなケースが犯罪歴の詐称にあたります。
- 履歴書の賞罰欄に過去の犯罪歴を記載しなかった
- 会社から犯罪歴の申告を求められたにもかかわらず、申告しなかった
ただし、裁判中で刑が確定していない場合や、犯罪歴が10年以上前の古いものである場合、申告しなくても経歴詐称にはあたらないと判断されるのが一般的です。
採用過程で必ず犯罪歴を把握したい場合、面接時に口頭で確認するとよいでしょう。
保有資格の詐称
保有資格の詐称についても、業務内容に関連したものであれば重大な経歴詐称とみなされ、懲戒解雇の対象となる可能性があります。また、保有資格は「資格手当」などの待遇に影響することもあります。
特に専門的な資格が必須の危険・有害業務については、無資格者を雇用し続けることで会社の信用失墜を招くリスクがあります。また、万が一事故が発生して怪我人が出た場合、会社が損害賠償責任を負う可能性もあります。
保有資格の詐称は重大な経歴詐称ですが、資格証明書など書類で確認しやすい要素でもあります。資格の保有が必須であれば、採用面接の段階で証明書を持参してもらうなど、会社側としても不備の無い対応を心がけましょう。
病歴や健康状態の詐称
病歴や健康状態は「要配慮個人情報」にあたるため、本人の同意なく取得することはできません。そのため、持病や心身の不調を申告しなかったからといって、当該従業員を解雇するのは難しいのが実情です。
ただし、病状が深刻で業務遂行に危険が及ぶ場合や、病気を隠して重大事故を起こしたような場合には、例外的に懲戒解雇が認められる可能性もあります。
また、労務の提供ができないという意味では、病歴の詐称ではなく、「能力不足」や「勤怠不良」などを理由とする普通解雇を検討するのもひとつの方法です。
いずれにせよ、採用過程で求職者の健康状態を確認する際は、業務上欠かせない情報であることを説明し、必要最小限の範囲で取得するようにしましょう。
経歴詐称による懲戒解雇でも解雇予告・解雇予告手当は必要?
経歴詐称による解雇でも、30日前までの解雇予告または不足日数分の解雇予告手当の支払いが必要です(労働基準法20条)。
ただし、労働基準監督署の「解雇予告除外認定」を受けられれば、例外的に解雇予告等を行わずに即時解雇することができます。懲戒解雇の場合、認定要件のうちの「労働者の責に帰すべき事由」に該当する可能性があります。
なお、試用期間中の従業員については、雇い入れ後14日以内であれば、解雇予告および解雇予告手当の支払い義務が免除されます。一方、入社から15日目以降は、通常とおり解雇予告等の手続きが必要です。
また、派遣社員の経歴詐称が発覚した場合、解雇予告等を行うのは、派遣社員と雇用契約を締結している事業主(派遣元会社)となります。
解雇予告の詳細は、以下のページをご覧ください。
経歴詐称がある従業員を雇用することによるリスク
経歴詐称の内容によって、以下のような企業リスクが考えられます。
- 学歴詐称
給与体系やキャリアプランへの影響 - 職歴詐称
著しい能力不足や成績不良 - 保有資格詐称
適正な人材配置ができない、事故の発生リスク
このように、経歴詐称は、会社の人材活用や人件費などにも影響を与えるおそれがあります。解雇が難しい事案でも、厳重注意など何らかの処分を行い、本人に反省を促すことが重要です。
採用段階で経歴詐称を見抜く方法
入社してから経歴詐称が発覚すると、人員配置の見直しが必要になるなど、会社側の負担は大きくなります。このようなトラブルを未然に防ぐためには、採用の段階で経歴詐称を見抜くことが重要です。以下でポイントを解説していきます。
経歴に関する書類を提出してもらう
経歴が分かる書類を提出してもらうことで、虚偽の申告がなされるリスクを防止できます。書類としては、以下のようなものが代表的です。
- 学歴:卒業(見込)証明書、成績証明書、学位証明書など
- 保有資格:保有資格証明書、合格証書、免許保有証など
- 職歴:職歴証明書、前職の源泉徴収票など
特に、専門性が高い業務や危険・有害業務については、必要な資格を有していないと重大事故を招くリスクがあります。また、保有資格の確認を怠ると会社側の責任が問われる可能性があるため、入社前にしっかり確認しておきましょう。
面接時の質問で経歴詐称を見抜く
実際にどのような業務を行っていたのか、どのような点に苦労し工夫・改善を行っていたかなど、経験がなければ答えられないような具体的な質問を行うことで、職歴詐称を見抜ける可能性があります。
また、技術力や熟練度を重視する場合、応募先の部署の社員も面接に同席させることをおすすめします。
専門知識を持つ者が同席することで、応募者の能力やスキルをより詳しく把握できると考えられるためです。また、万が一虚偽の申告があっても、専門知識を有する者であればすぐに見抜ける可能性が高いでしょう。
リファレンスチェックやネットからの情報収集
リファレンスチェックとは、前職の上司や同僚などに応募者の実績や勤務状況を照会することです。
学歴や職歴といった客観的事実だけでなく、応募者の人柄や仕事ぶり、コミュニケーション能力なども詳細に把握できるため、入社後のミスマッチを防ぐのに有効な手段とされています。
ただし、リファレンスチェックを行うには応募者本人の同意が必要なので、必ず事前に承諾を得ておきましょう。
また、犯罪歴については、インターネットで氏名を検索すれば確認できる可能性があります。もし前科がヒットした場合、面接時に事実かどうか直接確認するとよいでしょう。
このように、ネットを含む第三者からも情報収集を行うことで、経歴詐称を見過ごすリスクを大幅に減らすことが可能です。
経歴詐称を理由とした解雇が不当とみなされた場合はどうなる?
経歴詐称による解雇が不当と判断された場合、対象従業員を復職させる必要があります。また、解雇自体が無効となるため、解雇した日からの未払賃金の支払い(バックペイ)も必要となります。
ただし、詐称の内容や程度によっては、以前の部署に復職させるのが難しいケースもあります。その場合、担当業務の変更や人員配置の見直しが必要になるなど会社側も大きな負担を負うでしょう。
このようなトラブルを避けるためにも、解雇を行う前に一度弁護士へ相談することをおすすめします。
弁護士は、解雇の有効性や解雇手続きについて具体的にアドバイスできるため、予期せぬトラブルが発生するリスクを抑えることができます。
経歴詐称による解雇が争点となった裁判例
事件の概要
【平成15年(ワ)第2528号 東京地方裁判所 平成16年12月17日判決、グラバス事件】
プログラミング言語Javaのプログラマーとしての能力や職歴を偽って申告していたXに対し、雇用主であるY社が懲戒解雇処分を下した事案です。
Y社はXの業務遂行に不安を感じ、応援を申し出ましたが、Xは間に合うとの一点張りで進捗確認を拒否し続けていました。しかし、実際は納期直前になってもプログラムはほとんど出来ていないことが判明しました。
Y社は、Xの行為は就業規則上の懲戒事由である「重要な経歴を偽り採用されたとき」に該当するとして、即時解雇を決定しました。これに対してXは、経歴詐称は些細なものであり、懲戒解雇は無効であると主張しています。
裁判所の判断
裁判所は、Xのシステム開発の進捗報告や、業務に関する質問内容、裁判における本人尋問での説明内容などから、XにはJavaにかかわる正確な知識はないと判断しました。
また、Xの主張では、経歴に「誤り」はあるものの「詐称」にはあたらないとされていますが、経歴書の内容や面接時の説明を踏まえると、「虚偽」の内容であると言わざるを得ないとしています。
また、Y社に対しても、以下の理由から「採用過程でXの経歴詐称を見抜くのは難しい」として、過失は認められないと判断しています。
- 経歴書にJava のプログラミング能力があるかのような記載がされていること
- 面接時、Javaを用いてシステム開発に従事した経験があると説明されていること
以上の経緯から、Xによる経歴詐称は就業規則に定める懲戒解雇事由、「重要な経歴を偽り採用された」に該当するとして、本事案の懲戒解雇は有効と判断されました。
ポイント・解説
本事案においてY社は、業務に必要であったJavaの能力をもつプログラマーを募集し、その能力と経験を見込んでXを採用するに至っています。つまり、この能力がなければXを採用することは無かったといえるため、本事案における職歴詐称は「重大な経歴詐称」にあたります。
なお、本事案でXは「懲戒解雇時にY社は職歴照会などで詐称内容を正確に把握していなかったため、懲戒権の行使は存立し得ない」と主張しています。これに対し裁判所は、懲戒権の行使に際して懲戒事由に該当する事実の存在自体の認識は必要であるものの、その裏付けとなる証拠までを収集していなければならないわけではないという旨判示しています。
求人をする際には、どのような能力や資格を求めているのか具体的に求人票に記載し、面接時にもそのスキルや経験について確認し、資料提出を求めるなど対策をしておきましょう。
採用基準が明確であれば、経歴詐称が発覚した場合にも採否との因果関係を立証しやすくなるといえます。
従業員の経歴詐称による解雇でお悩みなら、まずは弁護士にご相談ください
経歴詐称が発覚すると、従業員との信頼関係は大きく損なわれるため、「すぐにでも解雇したい」と考える方も多いでしょう。しかし、解雇は簡単に認められるものではないので、会社側には慎重な対応が求められます。
判断を誤ると、解雇が無効になるだけでなく、従業員から損害賠償請求されるおそれもあるため注意が必要です。
弁護士であれば、法律上のルールや過去の裁判例などを踏まえ、解雇が可能な事案かどうか見極めることができます。また、解雇予告や通知書の作成などのサポートも受けられるため、手続きがスムーズに進むでしょう。万が一「不当解雇」を訴えられた場合も、十分対策したうえで裁判に臨むことが可能です。
従業員の経歴詐称でお悩みの方は、ぜひ弁護士法人ALGへご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある