監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者の告発行為を保護し、企業の体質改善を促すための法律である公益通報者保護法が改正され、令和4年6月1日に施行されました。
改正法は、事業者に対する措置義務や、違反に対する罰則が定められたため、実務上注目度の高い内容となっています。
このページでは、改正法のポイント及び企業がとるべき措置について、わかりやすく解説していきます。
目次
- 1 公益通報者保護法の改正
- 2 公益通報者保護法の改正内容とポイント
- 3 公益通報者保護法に基づく指針と企業がとるべき措置
- 4 公益通報者保護法に関する裁判例
- 5 公益通報者保護法の改正について不明点がございましたら、企業法務に詳しい弁護士にご相談下さい。
- 6 よくある質問
- 6.1 公益通報者保護法に基づく指針に規定されている措置は、全て講じなければなりませんか?
- 6.2 内部通報の外部窓口を法律事務所に依頼することは可能ですか?
- 6.3 「従業員300人」には、パートタイマーや役員も含まれますか?
- 6.4 従業員300人を超える関係会社が複数ある場合、関係会社ごとに通報窓口を設けなければなりませんか?
- 6.5 公益通報対応業務従事者には、どのような者を就任させるべきでしょうか?
- 6.6 保護される通報者の範囲には派遣労働者も含まれますか?
- 6.7 保護される通報者の範囲には外国人労働者も含まれますか?
- 6.8 「公益通報者を特定させる事項」には、どのような事項が含まれますか?
- 6.9 通報を行った労働者に対し、解雇などの不利益な取扱いをした場合の罰則はありますか?
- 6.10 内部通報制度認証とはどのような制度ですか?
公益通報者保護法の改正
公益通報者保護法は、その実効性を高めるため、令和4年6月1日に改正法が施行されました。これにより、公益通報に関する保護対象が拡大され、労働者の保護がより図られることとなりました。
改正の背景や具体的な内容について、以下でみていきましょう。
公益通報の詳細は、以下のページで解説しています。
「公益通報者保護法」とはどんな法律?
公益通報者保護法は、「公益通報」を行った通報者を保護するための法律で、平成18年に施行されました。
同法ができる前は、企業における不正行為や法令違反を告発した労働者が、解雇や降格などの不利益取扱いを受けることが少なくありませんでした。そこで、通報者を保護し、企業の不正を明るみにしたうえで是正を促し、社会を健全に発展させることを目的として、同法が制定されました。
公益通報者保護法の内容は、以下のページでも詳しく解説しています。
公益通報者保護法が改正された背景は?
平成18年に公益通報者保護法が制定された後も、一部の企業では、通報者を不利益に取り扱う事例が散見されました。
また、通報者の保護要件が厳格すぎることや、同法に違反しても罰則が規定されていないこと等の理由から、実効性に問題があったのです。
そこで、これらの問題に対応するために、同法が改正される運びとなりました。
公益通報者保護法の改正内容とポイント
では、公益通報者保護法は具体的にどのように改正されたのでしょうか。
①企業自らが不正を是正し、通報を行いやすくするための改正
今回の改正の一つ目のポイントは、企業自らが不正を是正し、通報を行いやすくなった点です。以下、具体的にみていきましょう。
内部通報に適切に対応するための体制整備の義務
まず、企業に対して、内部通報に適切に対応するために必要な整備等が義務付けられました。
具体的には、
- 内部公益通報受付窓口の設置
- 内部通報の受付、調査業務等に従事する者(従事者)を定めること
- 内部公益通報に対する必要な調査の実施
- 違反行為が明らかになった場合の是正措置
等の体制の整備が必要となります。
なお、従業員数が300人以下の企業については、以上の措置は努力義務にとどまります。
内部調査に従事する者への守秘義務
今回の改正では、内部調査に従事する者(従事者)の指定が義務付けられ、従事者には守秘義務が課せられることとなりました。
改正前には、告発者の情報が何らかの形で漏洩してしまい、告発者に不利益が生じてしまうことがしばしばありました。
そのような事態を防ぐために、従事者に法律上の守秘義務が課せられることとなったのです。
義務違反に対する行政措置・罰則
従事者又は従事者であった者が、上記守秘義務に反した場合、30万円以下の罰金が科せられる場合があります。これにより、守秘義務の実効性が確保され得ることとなります。
②行政、報道機関への通報を行いやすくするための改正
行政や報道機関への通報についても、労働者の保護が強化されています。
行政機関への公益通報が保護される要件の緩和
今回の改正では、行政機関への公益通報が保護される要件が緩和され、行政機関への通報が行いやすくなりました。具体的には、以下の保護要件が追加されました。
【改正前】
・通報対象事実があると信じるに足りる相当な理由がある場合
【改正後】
・通報対象事実があると信じるに足りる相当な理由がある場合
・通報対象事実があると思料し、かつ、通報者の氏名等を記載した書面を提出する場合
これにより、行政機関への公益通報を行いやすくなったといえるでしょう。
報道機関への公益通報が保護される要件の緩和
行政機関のみならず、報道機関への公益通報が保護される要件が追加され、より保護を受けやすくなりました。
具体的には、
- 財産に対する損害(回復困難又は重大なもの)の危険がある場合
- 通報者を特定させる情報が洩れる可能性が高い場合
が保護要件に加わり、報道機関への公益通報のハードルが下がったといえます。
③通報者がより保護されやすくするための改正
通報者の保護を強化するため、保護対象者や保護される通報の範囲も拡大されました。
保護対象者の範囲拡大
改正前は、労働者(派遣労働者や下請業者を含む)が保護の対象でしたが、改正によって、退職後1年以内の労働者や役員等も保護対象に追加されました。
保護対象となる通報の範囲拡大
改正前は、保護対象となる通報が刑事罰の対象となる事実(犯罪行為)のみでしたが、改正後はこれに加え、行政罰の対象となる事実も保護の対象となりました。
行政罰の対象となる事実は多岐にわたるため、保護される通報の範囲は格段に広がったといえます。
保護内容の追加
改正前でも、公益通報を行ったことを理由として、通報者を不利益に取り扱うことは禁止されていました。
一方、公益通報によって企業の評判が低下するなどして損害が発生した場合、企業が通報者に損害賠償請求を行うことは明文で禁止されておらず、通報者が巨額の賠償請求を受けるリスクが拭えませんでした。
そこで、改正では、通報に伴う損害賠償責任の免除が明文で追加され、保護内容の強化が図られました。
公益通報者保護法に基づく指針と企業がとるべき措置
法改正により、企業にはどのような対応が求められるでしょうか。以下で具体的にみていきます。
公益通報対応業務従事者の指定
まず重要なのは、公益通報対応業務従事者(従事者)の指定が求められる点です。
従事者とは、労働者からの内部公益通報に関して、公益通報対応業務を行うことを主たる職務とする部門の担当者をいいます。
これにより、制度の実効性の強化が図られています。
公益通報対応業務を行う体制の整備
企業は、公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備する等の措置をとらなければなりません。
具体的には、
- 内部公益通報受付窓口の設置等
- 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
- 公益通報対応業務の実施に関する措置
- 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置
をとる必要があります。
公益通報者を保護する体制の整備
また、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置をとらなければなりません。
- 不利益な取扱いの防止に関する措置
- 範囲外共有等の防止に関する措置
公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置
公益通報対応体制を実効的に機能させるため、次の措置も講じる必要があります。
- 労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知に関する措置
- 是正措置等の通知に関する措置
- 内部公益通報への対応に関する記録の保管、対応体制の見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置
- 内部規程の策定及び運用に関する措置
公益通報者保護法に関する裁判例
公益通報者保護法に関する裁判例として、以下の事案があります。
【大阪高等裁判所 平成21年10月16日判決】
事件の概要
司法書士事務所に勤務する職員(非司法書士)が、同事務所作成の契約書のコピーをとり、司法書士が非弁行為(弁護士法72条違反)を行っている旨の内部通報を法務局等に対して行ったところ、同職員が事務所から退職強要されたという事案です。
同職員は、司法書士による退職強要は、公益通報者保護法が禁ずる不利益取扱いに当たるとして、司法書士に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。
裁判所の判断
裁判所は、以下の点を考慮し、職員の請求を認めました。
- 職員の通報内容に真実性があること
- 公益通報を行うためには関係書類を持ち出すことが必要となる場合があり、持ち出し行為も公益通報に付随する行為として公益通報者保護法による保護の対象であること
- 公益通報を行ったことによる退職強要は、公益通報者保護法が禁止する不利益取扱いに当たること
ポイント・解説
同判決のポイントは、公益通報を行うための証拠資料の持ち出し行為についても、公益通報に付随する行為として、同法の保護の対象になると判断した点にあります。
公益通報それ自体を保護したとしても、証拠資料の持ち出し行為も正当なものとして認めなければ、根拠の弱い通報となってしまい、ひいては通報者に萎縮的効果が生じるおそれがあります。
同判決は、通報付随行為も同法の保護にあると認めた点で、通報者保護に資する判決であると評価できるでしょう。
公益通報者保護法の改正について不明点がございましたら、企業法務に詳しい弁護士にご相談下さい。
令和4年6月の公益通報者保護法の改正は、企業に対する義務の強化、通報者の保護の拡大という点で、大きな意義を有するものといえます。
特に、義務違反が認められると、刑事罰を負う可能性すらあり、企業イメージが大きく低下するおそれがあります。
同法は複雑な仕組みとなっており、全体を理解するのが難しいといえますので、改正について不明点等がありましたら、企業法務に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
よくある質問
ここでは、令和4年6月に行われた「公益通報者保護法の改正」について、さまざまな質問に答えていきます。
公益通報者保護法に基づく指針に規定されている措置は、全て講じなければなりませんか?
公益通報者保護法に基づく指針に規定されている措置は、事業者がとるべき措置の大要にとどまります。したがって、規定されたすべての措置を講じる必要はありません。
内部通報の外部窓口を法律事務所に依頼することは可能ですか?
可能です。弁護士は職務上、事業者から独立した存在であり、法律上の守秘義務も負っているため、外部窓口に適しているといえます。
「従業員300人」には、パートタイマーや役員も含まれますか?
パートタイマーも、基本的に従業員に含まれます。ただし、繁忙期に一時的に受け入れているような場合は除きます。
一方、役員は“労働者”にあたらないため、従業員にも含まないのが基本です。また、企業と雇用契約を締結している役員についても同様です。
従業員300人を超える関係会社が複数ある場合、関係会社ごとに通報窓口を設けなければなりませんか?
この場合、関係会社ごとに通報窓口を設ける必要があります。グループ全体でひとつの窓口を設けるだけでは不十分となります。
公益通報対応業務従事者には、どのような者を就任させるべきでしょうか?
公益通報対応業務従事者には、以下の者を就任させる必要があります。
- 内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報業務を行うことを主たる職務とする部門の担当者
- 上記以外の部門の担当者であっても、公益通報業務を行う者であり、かつ、公益通報者が誰であるか認識できる事項を伝えられる者(監査機関、社外取締役、外部の弁護士等)
保護される通報者の範囲には派遣労働者も含まれますか?
派遣労働者についても、一般労働者と同様に保護の対象となります。
保護される通報者の範囲には外国人労働者も含まれますか?
外国人労働者であっても、保護要件を充たせば、当然に保護の対象となります。
「公益通報者を特定させる事項」には、どのような事項が含まれますか?
「公益通報者を特定させる事項」とは、公益通報をした人物が誰であるか認識することができる事項をいいます。具体的には、以下のようなものです。
- 氏名
- 社員番号
- 性別(他の事項等を照合させることにより、排他的に特定の人物が公益通報者であると判断できる場合)
通報を行った労働者に対し、解雇などの不利益な取扱いをした場合の罰則はありますか?
公益通報を行ったことを理由に不利益取扱いをしても、罰則はありません。ただし、不利益取扱いに当たる処分は無効となる場合があるため注意が必要です。
内部通報制度認証とはどのような制度ですか?
内部通報制度認証とは、内部通報制度を設けている事業者の取組みを、指定登録機関が認証(評価)する制度です。この認証を受けることで、企業イメージが向上し、対外的な信用を得ることができる等のメリットがあります。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所プロフェッショナルパートナー 弁護士田中 真純(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある