監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社がパワハラの相談を受けたとき、最も難しいのは「本当にパワハラがあったのか」を判断することです。当事者の認識が食い違うケースも多く、思い込みや印象だけで結論を出すことはできません。そこで重要になるのが、事実を裏づける証拠の存在です。
この記事では、パワハラの証拠として有効なものや集めるときの注意点、証拠がない場合の対応方法などについて解説します。パワハラ対応でお困りの企業担当者の方は、ぜひ参考になさってください。
パワハラ対応において証拠収集が重要な理由
パワハラ問題では、「そんな発言はしていない」「指導の一環だった」など、加害者と被害者の主張が食い違うケースが少なくありません。特に上司と部下が1対1で話す場面など、第三者の目がない状況で発生したパワハラは、事実関係の確認が難しくなりがちです。
そこで大切になるのが証拠です。録音データやメール、チャットの履歴などの客観的な証拠があれば、パワハラの有無や内容をより正確に把握できます。また、会社が加害者への処分を検討する際や、労働審判・訴訟に発展した際にも、証拠は重要な判断材料となります。
パワハラが疑われる場合は、できるだけ早い段階で証拠を集めておくことが大切です。
企業が講じるべきパワハラ防止措置については、以下で詳しく解説しています。
パワハラの証拠として有効となるもの
音声の録音データ
音声の録音データは、パワハラの証拠として特に有効です。
スマートフォンやICレコーダーなどで録音されていれば、実際にどのような発言があったのか、どのような口調で話していたのかを確認できます。
例えば、「無能だ」「辞めてしまえ」といった暴言が録音されていれば、パワハラを裏づける重要な証拠となる可能性があります。
もっとも、録音の一部だけを確認して結論を出すのは適切ではありません。被害者から録音データを提出された場合は、編集されていない録音データ全体を確認し、問題の発言に至る経緯や、その後のやり取りまで確認する必要があります。
動画の録画データ
動画の録画データは、パワハラの極めて有力な証拠となります。
防犯カメラなどに、殴る、蹴る、物を投げつけるなどの行為が映っていれば、加害者も言い逃れできません。店舗や倉庫、オフィスビルの共用部分などには防犯カメラが設置されていることが多いため、映像が残っていないか確認することが必要です。
なお、パワハラ防止や証拠確保のため、発生リスクのある場所にカメラを設置することも有効です。ただし、従業員のプライバシーに配慮し、設置目的や設置場所を事前に周知するなど、慎重に運用する必要があります。
メール・LINE・チャットなどのやり取り
被害者と加害者のメールやLINE、チャットのやり取りも、パワハラを裏づける重要な証拠となります。これらのデータには送受信日時や既読履歴が残るため、証拠としての信用性も比較的高いです。
例えば、人格を否定・侮辱するメッセージが送られていた場合は、パワハラをうかがわせる事情となります。また、深夜や休日に何度も業務指示を送る、他の従業員が見られるチャットで特定の従業員を何度も非難するといった行為も、パワハラに当たる可能性があります。
メッセージ履歴は、削除せずに保存しておくことが大切です。
医師の診断書
パワハラによってケガをしたり、うつ病などの精神疾患を発症した場合は、診断書がないか被害者に確認しましょう。医師の診断書は、被害状況を示す重要な資料となります。
特に、パワハラがあった時期と近いタイミングで受診している場合は、被害との関連性を説明しやすくなります。また、必要に応じてカルテを確認することで、受診時にどのような症状や経緯が医師に伝えられていたのかを把握できます。
ただし、診断書やカルテだけでパワハラが証明されるわけではありません。録音データやメールなど、他の証拠とあわせて総合的に判断することが重要です。
被害者の日記・メモ
パワハラを調査する中で、被害者から日記やメモが提出されることがあります。これらにパワハラがあった日時や場所、発言内容などが記録されている場合は、重要な証拠となる可能性があります。
ただし、本人が作成するものであるため、内容の信用性については慎重な検討が必要です。例えば、パワハラ発生から長期間経過した後に作成されたものや、内容が抽象的なものは、信用性が低くなります。
一方で、パワハラ発生時から継続的に記録されており、具体的に記載されているものは、信用性が高く評価される可能性があります。
他の従業員による目撃証言
パワハラの現場を見たり聞いたりした従業員の証言も、重要な証拠の一つです。
例えば、会議中の暴言や日常的な叱責を、複数の従業員が目撃していた場合には、パワハラを認定するうえで有力な材料となります。
ただし、証言には、被害者や加害者との関係性が影響することがあるため注意が必要です。好意や反感から、事実と異なる説明や偏った証言が行われる可能性があります。特定の従業員の証言だけに頼るのではなく、幅広い関係者からヒアリングを行い、証言内容に食い違いがないか確認しましょう。
労働審判や訴訟に発展したときに重要になる証拠は?
パワハラが労働審判や裁判に発展した場合、裁判所は当事者の主張だけでなく、客観的な証拠を重視して事実認定を行います。そのため、録音データやメールの履歴、防犯カメラの映像など、実際のやり取りが記録された証拠は、高い信用性を持つものとして扱われるのが一般的です。また、会社が調査の過程で作成した、関係者へのヒアリング記録や、パワハラの調査報告書も、重要な証拠となります。
一方、被害者の日記やメモ、医師の診断書、第三者の証言などは、それだけで事実が認定されるとは限らず、他の証拠とあわせて総合的に評価されるのが一般的です。企業としては、パワハラの相談を受けた段階から適切に調査を行い、証拠を収集しておくことが必要です。
パワハラで労働審判を申し立てられた場合の対応方法については、以下の記事をご覧ください。
企業がパワハラの証拠を集める際の注意点
中立性を確保する
パワハラの社内調査は、中立的な立場で行う必要があります。
調査担当者が被害者や加害者のどちらかに肩入れすると、事実関係を見誤るおそれがあります。
そのため、被害者と親しい同僚や加害者の部下など、利害関係のある従業員を調査担当者に選ぶのは避けるべきです。
聞き取りでは先入観を持たず、加害者と被害者の話に耳を傾けることが大切です。さらに、目撃者や関係者がいる場合は、そのヒアリングも行う必要があります。証言や録音データ、メールなどの客観的な証拠をもとに事実を確認し、公平な視点で判断しましょう。
違法な証拠収集をしない
パワハラの証拠を集めるときは、適法な手続きに沿って行うことが必要です。証拠収集は欠かせませんが、行き過ぎた調査を行うと、企業側の責任を問われるおそれがあります。
例えば、従業員の私物スマートフォンを無断で確認する行為は、プライバシー侵害として違法と判断されるおそれがあります。また、ヒアリングの際に高圧的な態度で証言を求めたり、特定の回答を誘導したりすると、それ自体が新たなハラスメントと受け取られかねません。
関係法令や就業規則などを踏まえながら、適切な方法で証拠を収集しましょう。
ヒアリング時に提供を求める
当事者や関係者がパワハラの証拠を持っている場合は、初回のヒアリング時またはその直後に提出を求めましょう。証拠の有無や内容によって、その後の調査の進め方が大きく変わるためです。
例えば、録音データやメール履歴があれば、確認すべき事実や関係者へのヒアリング項目をより具体的に整理できます。また、証拠の提出を受けたときは、内容だけでなく、いつ作成・取得されたのか、どのような経緯で保存されたのかも確認しておきましょう。証拠の信用性まで検証することで、より正確な調査につながります。
証拠の保存を徹底する
収集したパワハラの証拠は、紛失を防ぐため、確実に保管しておく必要があります。せっかく有力な証拠を確保しても、後から確認できなくなれば、正確な事実認定が難しくなってしまいます。
例えば、録音・動画データは編集せずに原本のまま保存し、メールやチャットの履歴はスクリーンショットや印刷などで残しておきましょう。また、防犯カメラの映像は一定期間で上書きされることがあるため、必要な映像は早めに保存しておくことが大切です。
さらに、収集した証拠は関係者以外が閲覧できないよう厳重に管理し、改ざんや漏えいを防ぐ必要があります。
パワハラの証拠がない・不十分な場合はどう対応する?
パワハラの証拠がない、または不十分な場合でも、事実確認をあきらめる必要はありません。このようなケースでも、当事者や関係者へのヒアリングを通じて、パワハラの有無を判断できる可能性があります。
まずは被害者と加害者から事情を聴き取り、いつ、どこで、どのような言動があったのかを具体的に確認しましょう。当事者間で認識が一致している事実については、基本的に事実として認定できます。
一方で、説明が食い違う場合は、再度ヒアリングを行い、話の内容に不自然な変化がないか、虚偽の申告をする動機がないかといった点を慎重に検討しなければなりません。また、パワハラを目撃していた同僚など関係者の証言も、事実関係を把握するための重要な手がかりとなります。
パワハラの証拠の有無が争点になった裁判例
事件の概要(令和5年(ネ)第2029号 東京高等裁判所 令和5年10月25日判決)
歯科医院に勤務していた女性歯科医師Xが、院長からパワハラを受けたとして、損害賠償を求めた事案です。Xは不当な叱責や職場内での悪口など、70件を超えるパワハラがあったと主張しました。
なかでも注目されたのは、院長が他の従業員との雑談の中で、Xについて「育ちが悪い」「家にお金がない」などの中傷発言をしていた様子が録音されていたことです。Xは、この録音データや被害状況を記録したメモを証拠として提出しました。本件では、これらが証拠として認められるのかが争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、被害者が主張したパワハラについて、メモや第三者から聞いた話だけでは客観的な裏づけが不十分として、その多くを認定しませんでした。
一方で、被害者が控室に設置したボイスレコーダーによる録音については、プライバシー上の問題があるものの、著しく反社会的な方法で取得されたものではないと判断し、証拠能力を認めました。
そして、録音内容から、院長が被害者を中傷していた事実を認定し、パワハラに当たると判断しました。その結果、裁判所は院長と医療法人に慰謝料の支払いを命じました。
ポイント・解説
本件のポイントは、録音データがパワハラの有力な証拠になることを示した点にあります。
裁判所は、証拠収集の方法に問題があっても証拠として採用し、録音内容をもとに事実認定を行いました。また、上司が本人のいない場所で、人格を否定する発言をしていた場合でも、パワハラに当たると判断しています。
企業としては、「本人が聞いていないから問題ない」と考えるのは危険です。全従業員に対してパワハラ防止研修を行い、陰口もパワハラになり得ることを周知することが必要です。
よくある質問
パワハラの証拠がない場合でも会社は調査義務を負いますか?
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はい。会社には従業員の安全に配慮する義務があるため、証拠がなくてもパワハラの申告があれば調査を行う必要があります。被害者や加害者とされる従業員から事情を聴くだけでなく、関係者にもヒアリングを行い、事実関係を丁寧に調査することが重要です。
加害者とされる従業員のスマートフォンを調査できますか?
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従業員のスマートフォンを勝手に調査することは、プライバシー侵害にあたるため基本的にできません。ただし、本人の同意がある場合や、会社所有のスマホであり就業規則などに調査の可能性が明記されている場合は、必要な範囲で確認できることがあります。
録音データの無断取得は違法になりますか?
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パワハラの立証という正当な目的がある限り、当事者間の会話を録音することは、違法ではありません。また、民事裁判でも基本的に証拠として採用されます。ただし、著しく不当な手段で取得した録音は、証拠能力が否定される可能性があるため注意しましょう。
目撃者の証言だけでパワハラを認定できますか?
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目撃証言だけではパワハラ認定は難しく、補強証拠が必要です。
証言は記憶違いや主観が入りやすいため、録音やメールなど客観的な証拠とあわせて総合的に判断する必要があります。複数の証言が一致すると有力な証拠になりますが、単独の証言では不十分です。
被害者の日記だけでパワハラを認定できますか?
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日記はパワハラの状況や継続性を示す重要な証拠になりますが、本人の主観が強く反映されるため単独では認定が難しい傾向があります。録音やメール、第三者の証言、診断書などの証拠と組み合わせることで信頼性が高まり、認定につながりやすくなります。
会社の防犯カメラ映像はパワハラの証拠になりますか?
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防犯カメラ映像はパワハラの有力な証拠になります。
例えば、上司が部下を殴っている様子が記録されていれば、決定的な証拠となるでしょう。ただし、撮影場所や運用方法によってはプライバシー侵害となるおそれがあるため、適切な設置・運用が求められます。
被害者が証拠を持っていない場合、会社は何を確認すべきですか?
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被害者や加害者だけでなく、周囲の従業員からも話を聞き、幅広い情報を集めることが重要です。
複数の証言や社内メール・チャット、業務記録、勤怠データなどを確認しながら、客観的な事実に基づいてパワハラに当たるかどうかを判断する必要があります。
証拠が不十分なまま懲戒処分をしてもよいですか?
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証拠が十分にそろっていない段階で、懲戒処分を行うのは避けるべきです。
根拠が不十分なまま処分すると、無効と判断され、損害賠償請求されるおそれもあります。十分な調査と証拠収集を行ったうえで、就業規則に基づき適切な処分を下すことが重要です。懲戒処分を行うときの注意点についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
パワハラの証拠収集でお困りの際は弁護士にご相談ください
パワハラ対応で企業を悩ませるのが、「どの証拠が決め手になるのか」「証拠が不十分な場合でも処分できるのか」といった判断です。録音データやメールが残っていればよいものの、実際には証拠が十分にそろわないケースも少なくありません。
そのような場合、ヒアリングや周辺事情を踏まえて事実認定を行う必要があります。判断を誤ると、被害者・加害者との法的トラブルに発展するおそれがあるため注意が必要です。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
