監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
2018年度の司法統計によると、労働審判事件は年間3000件以上。
その内訳は解雇等労働者の地位確認と、残業代請求等とでおおむね半数ずつ。
日本の企業数全体から見れば大した数ではないともいえそうです。
しかし、インターネットが発展し、弁護士の存在も以前より身近になってきた現代で、雇用している従業員からいつ労働審判を申し立てられるとも限りません。労働審判はスピード重視なうえに、法的知識・反論書面の起案能力が不可欠な手続きといえます。それゆえ、労働審判では初動対応が重要となってきます。
そこで、本稿では、労働審判手続の概要と、労働審判を申し立てられたときの対応方針について紹介していきます。
目次
労働審判手続はどのような流れで行われるのか?
労働審判の特徴は、何といっても「迅速性」にあります。労働審判委員会は、常に「早期解決」を念頭に置いて期日に臨みます。さらに、手続きの制度も、「迅速性」、「早期解決」を意識した仕組みとなっています。
手続きの目次を先出しすると、おおむね次のとおりです。
- ①労働者からの申立て、会社に対する期日指定・呼出し
- ②会社からの答弁書提出
- ③期日
- ④調停・審判等(終了)
なお、裁判所のHPにも大まかな全体像について解説されています。
以下のページでは、制度の手続きを含めた【労働審判制度の概要】について解説していますので、併せてご覧ください。
労働審判手続の具体的な流れ
労働審判手続の全体像は上記のとおりですが、これだけではイメージがつかみきれません。具体的なイメージを持てるよう、各経過について掘り下げてみていきましょう。
労働者からの申立て
労働審判は、労働者から裁判所への申立てによって始まります。
申立ての際、労働者は、申立書と証拠書類(会社に送る分も含む。)等を裁判所に提出します。申立書には、例えば残業代請求事件では、「この証拠によれば、申立人は平日毎日3時間以上の残業をしてきたことが明らかであるが、給与明細書をみてもこの残業代が支払われている形跡は一切ない。」、「したがって、会社は申立人に対して未払残業代○○万円支払わなければならならない。」等と記載されています。また、証拠として、雇用契約書、労働条件通知書、作業日報や業務日誌、給与明細書等も提出されます。
申立てに形式的な不備がなければ、裁判所はこれを受理し、次のステップに進みます。
第1回期日の指定・呼び出し
裁判所は、労働者からの申立てを受理した後、第1回目の期日を原則として【申立てから40日以内の日】に指定します。そのうえで、裁判所は、その期日を記載した呼出状と、労働者から提出された会社分の申立書等を、会社に送ります。会社側は、通常、この呼出状等が会社に届いて初めて、従業員から労働審判が申し立てられたことを知ります。そして、その約1ヶ月後には期日を迎えることになります。
期日までに準備しておくべきこととは?
第1回期日は、あっという間に来ます。会社は、その期日までに、労働者からの申立書に対して反論をする答弁書と、その反論を基礎づける証拠を提出しなければなりません。そして、会社側にとっては、その答弁書こそが、労働審判の帰趨(きすう)を決める最も重要な書面といっても過言ではありません。
答弁書の重要性
会社側にとって、答弁書は、労働審判において最も重要な書類と考えられます。労働審判員会は、第1回までに提出されている申立書、答弁書、及び各証拠を見て、心証を形成、すなわち、大まかな見通しを立てることがあります。例えば、「答弁書は申立人の主張に対して反論し切れていないし、この事件は、労働者側が有利そうだ。」、「労働者側が有利そうだから、会社側に多めに払わせるよう会社側を説得してみようか。」といった具合です。
このように、労働審判委員会が、最初から大まかな見通しを立てることがあるのは、本稿の冒頭でも述べたとおり、労働審判が「スピード重視」の手続きであるからなのです。それゆえ、審判を申し立てられる会社側としては、最初の答弁書において、いかに法的に不足なく、説得的な反論をすることができるかが最重要となります。
第1回期日
第1回審判期日は、かかる重要な答弁書や申立書について、実際に議論をする重要な手続きになります。以下、具体的にみていきましょう。
労働審判委員会からの質問
第1回期日では、まず、労働審判委員会(裁判官である審判官1名と、審判員2名)が、申立書と答弁書の内容を踏まえて両当事者に質問をします。質問は、申立てが認められるか否かという観点から、審判委員会が気になったこと等、自由に聞かれます。
例えば、「会社側は、申立人が〇年△月の会議で厳重注意したにもかかわらず、同じミスを繰り返したから解雇したと反論しているが、申立人はこれについて更に再反論することはありますか。」、「会社側では申立人に対して、具体的にどのような注意をしていたのですか。」等、労働審判委員会が、当事者に対して、その場で主張・反論をさせることもよくあります。
調停成立に向け、片方ずつからの聴取
労働審判委員会は、一通り質問が終わったら、調停成立に向けて、両当事者同時にではなく、片方の当事者を退席させ、残った当事者から、どこまでなら譲歩できるか、どの辺りで折り合いをつけることができるか、等を聞きます。それらを聞き終えたら、当事者を交代させて、今度は退席していた方の当事者から同じような話を聞きます。このように、労働審判委員会は、片方ずつから話を聞くことで、両当事者がどこまで譲歩できるのか、調停成立の見込みはどの程度なのかを探っていきます。
委員会からの心証開示、調停成立の可能性の探索
事案や各当事者のスタンス等にもよりますが、片方ずつの聴取の中で、審判委員会は、その心証、すなわち、事件の見通しを開示することがあります。より具体的に言えば、「このまま審判をするとしたら、このような審判を出すことになります」というような内容です。
委員会からの心証が開示された場合、各当事者は、その委員会の心証を前提に、調停を成立させるのか、それとも、このまま審判手続きを継続するのか、を検討することになります。
ここで調停が成立すれば、それで事件は終了となり、他方、当事者からさらに主張を補充する必要があるということになれば、第2回期日が指定され、それまでにまた書面を作成・提出する必要があります。
労働審判手続は公開されるのか?
労働審判手続は、原則、非公開です。手続きが行われる部屋の中には、審判委員会3名、申立人(とその代理人)、相手方(とその代理人)のみとなります。
会社はどのような姿勢で臨むべきか?
会社側は、審判委員会から答弁書の内容や、申立人に対する反論について口頭で直接質問されるため、その準備をしておくとよいでしょう。なお、弁護士を付けた場合、基本的には弁護士が質問に対して回答をしますが、実際に事件で問題になっている事実を直接体験した会社側担当者や社長から直接話を聞きたいと言われることもあります。
第2・3回期日
第2回、第3回期日においても、基本的には第1回の場合と流れは同じです。期日までに準備書面を作成、提出し、それをもとに質問や片方ずつの聴取が行われます。
前述の通り、労働審判委員会は、第1回で大まかな見通しを立ててしまいます。もっとも、ハードルは低くはないのですが、準備書面の内容や、期日対応次第では、第1回時点で審判委員会が想定していた事件の落としどころ(解決金として会社が支払う具体的な額)を下方修正させることも可能です。
審判の終了
以上のような期日を経て、労働審判は終了しますが、その終了の仕方にも様々な種類があります。調停成立のケースと不成立のケースに分けてご紹介します。
調停が成立した場合
申立人と会社側で、「これだけの解決金の支払いで、今回は終わりにしましょう」という合意ができた場合、調停成立によって、労働審判手続は終了します。労働審判委員会がその合意内容等を記載した調書を作成します。両当事者は、その調書に従って、解決金の支払い等の義務を履行することになります。
調停不成立の場合
調停不成立の場合には、労働審判委員会は、審判をします。審判は、審判委員会から、審判主文と審判理由の要旨が口頭で伝えられます。これにより、労働審判手続は終了します。
なお、労働審判委員会は、審判をする以外にも、「この事件は3回の期日では終わらない程複雑な事件である」等と判断した場合には、「迅速性」、「早期解決」を主眼とした労働審判手続に馴染まないものとして、終了させることもあります。
労働審判の確定
労働審判がなされたときから(審判書の送達または口頭の告知を受けた日から)、2週間以内に当事者から異議の申立てがなければ、労働審判は確定します。
つまり、2週間以内に申立てを行えば、会社側としては、不利な労働審判が下されたときには、異議の申立てを行い、争いを訴訟の場に移すことも可能です。ただし、訴訟では審判よりも時間やコストがかかること、さらに、訴訟で解雇無効の判決がなされたときには、いわゆるバックペイとして、解雇した時からの給料を支払わなければならなくなる等のリスクもあります。
なお、申立人にとって不利な審判が下された場合には、申立人側から異議の申立てが行われることもあります。
申立てから解決までにかかる期間はどれくらい?
労働審判の7割は3ヶ月以内に終了します。訴訟では半年以上の期間がかかることも多くあるため、この点からも労働審判が「迅速性」、「早期解決」を重要視していることがわかります。
労働審判手続で不備がないよう、労働問題の専門家である弁護士がサポートいたします
本稿では労働審判の概要をお伝えしましたが、ポイントは、「第1回期日までに提出する答弁書の重要性」です。 労働審判は「迅速性」、「早期解決」を主眼においているため、会社側の最初の反論書面である答弁書によって、労働審判の帰趨(きすう)が左右されるといっても過言ではありません。そのような答弁書を、会社側は、呼出状が送られてきてから、約1ヶ月で作成して提出しなければならないのです。提出できなかった場合はもちろん、提出してもその内容に不足があり、裁判官を含む労働委員会を説得できなければ会社側にとってかなり不利な見通しが立てられる可能性もあります。
弁護士は答弁書等の訴訟書類を作成することの専門家です。もっとも、弁護士といえども、相続や離婚事件を多く扱っている弁護士や、労働事件を扱っていても、会社側に付いて労働審判に対応した経験がないという弁護士も数多くいます。初動対応が重要な労働審判においては、会社側で労働審判事件を扱った経験のある弁護士に、早期に依頼することが何よりも大事です。
弊所では会社側にご依頼いただき、数多くの労働審判を扱ってきた経験があります。お困りの際には、まずは迷わずご相談いただければ、お力になれることがあるでしょう。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士中村 和茂(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある