監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員から残業代を請求された場合に、漫然と残業代の一部を支払って終了の処理をしてしまったり、従業員に残業代の放棄をさせたりすると、後々紛争が再燃するおそれがあります。
すなわち、残業代の未払いがある場合には、会社が従業員に対して残業代をいくら支払って解決したのか・放棄させたのか等を書面にて合意(和解)し、内容を明確化するとともに証拠化する措置を採らないと、後々従業員から争われるリスクが残ってしまうということです。特に、従業員に残業代を放棄させた場合には、従業員の自由な意思によるものであるのか疑わしいため、和解をするにあたっては十分に注意して取り組む必要があります。
従業員から残業代を請求され、和解で解決する場合の注意点について、本ページで確認していきましょう。
目次
未払い残業代の請求と和解による解決
和解の意義と効力
和解、すなわち会社と従業員間で合意をする意義は、残業代請求に関する争いを再燃させないことにあります。
和解をせずに残業代の一部を漫然と支払ったり、残業代を放棄させたりした場合には、残業代に関し、後日再び請求されるおそれもありますし、最悪の場合には訴訟となるおそれもあります。
そこで、有効な和解をすることによって、後日紛争を起こさない、と確約させることが可能となります。
和解後に紛争を蒸し返すことは許されるのか?
和解した後に従業員が紛争を蒸し返す可能性はゼロとは言えませんが、和解が従業員の自由な意思に基づくものではない等の事情がない限り、従業員が紛争を蒸し返すことは難しくなります。従業員の自由な意思に基づいてなされた和解といえるためには、和解書面を残すことが必須となるものと考えます。
賃金全額払いの原則と賃金債権放棄の関係
賃金全額払いの原則
賃金は、直接労働者にその全額を支払わなければならない、という賃金全額払いの原則があります(労働基準法24条1項)。過去の判例でも、賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で日常必要とされるものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにさせることは、労働政策の上から極めて必要と判示しています。
賃金全額支払いの原則について、詳しい内容は下記のページをご覧ください。
賃金債権を放棄することの有効性
従業員が賃金債権を放棄した場合には、使用者が放棄された賃金を支払わないことは、上述した賃金全額払いの原則に反しません。ポイントは、従業員の自由な意思に基づいて放棄がなされることです。
賃金請求権放棄の有効性に関する判例
事件の概要
Xは、Y会社において部長として勤務していましたが、Y会社の経営不振により、賃金を減額されることとなりました。Xは、後になって、賃金が減額されたことに異議を唱えましたが、それまでに、ある月分の賃金が20%減額して支払われた際は異議を唱えず、その後さらに賃金が減額して支払われても異議を唱えませんでした。以上の事実関係で、賃金の減額分の放棄の効力等が争われた事例です。
裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所は、以下のとおり判示しました。
労働基準法24条1項に定める賃金全額払の原則の趣旨に照らせば,既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければならないと解すべきである(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)。前記事実関係等に照らせば,原審の認定した同意の意思表示は,かかる明確なものではなく,上告人の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということはできないから,既発生の賃金債権を放棄する意思表示としての効力を肯定することができない。
ポイントと解説
最高裁判決で示されているように、賃金債権放棄の和解をするにあたっては、従業員の自由な意思に基づいてなされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを要します。
賃金債権放棄は、原則として従業員にとってメリットがありません。ご紹介した判例に鑑みても、従業員が自由な意思で合意をしたと認められるためには、合意をする経緯や合意内容等に配慮し、慎重な判断が求められるものといえます。
和解が「賃金債権の放棄」として問題になり得る可能性
既発生の賃金債権を放棄する内容の和解の場合、放棄の時期や態様、経緯、対価の有無等の諸般の事情から従業員の自由な意思に基づくものではないと判断されたら、和解で定めた内容は無効になってしまう可能性があります。
和解で解決するにあたって使用者が注意すべき点
和解をするにあたって気を付けるべき点としては、まずは書面で証拠化すること、従業員の地位に配慮しつつ威圧的な態度等で従業員に放棄を強要しないこと等が挙げられます。また、できれば放棄させる対価として従業員にインセンティブを用意することが望ましいです。
未払い残業代請求で和解による早期解決を目指すなら、経験豊富な弁護士に依頼することをお勧めします。
和解によって、後日の紛争を回避することができますが、和解の仕方、内容によっては有効な和解とならないおそれがあります。従業員から未払い残業代を請求されたものの、和解で解決したいと考えている場合には、どのように和解を進めていくべきなのか、和解が成立したことをどのように証拠として残した方が良いのか等、和解に際しての注意点をきちんと把握しておくことが重要です。
有効な和解をするためには、経験豊富な弁護士への依頼が有用です。労働トラブルについて、数多くの解決実績を有する弊所にご依頼いただければ、貴社の状況に即した和解案や締結までの道筋をご用意できるかと存じます。和解による早期解決を、共に目指していきましょう。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所プロフェッショナルパートナー 弁護士田中 真純(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある