監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働審判の申立てがなされることが想定されるケースとしては、解雇無効、残業代請求、セクハラ・パワハラに基づく損害賠償請求などがあります。今回は、これらの申立てがなされてしまった場合の主な争点や使用者側からの反論のポイントを解説していきます。
目次
答弁書に記載が必要な「予想される争点」とは?
労働審判の申立てがなされた場合、相手方としては、答弁書をもって、申立書で主張されている事実について、認否をし、必要に応じて反論を行わなければなりません。
答弁書に記載が必要な「予想される争点」としては、例えば、残業代請求に関することだと、「申立人は労働者に該当しないとする労働者性」「基礎賃金の算定根拠」「実労働時間の該当性」などが考えられます。
使用者としては、これらの点について、根拠となる証拠とともに答弁書の記載・提出をもって反論していく必要があります。
労働審判で扱うことのできる労使トラブル
労働審判手続とは、裁判官である労働審判官1名、労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名で組織する労働審判委員会が、使用者と労働者間のトラブルを解決するために必要な解決案を定めるものとなっています。
労働審判手続においては、迅速な審理が要求されており、特別の事情がある場合を除き、3回以内の期日で審理を終結することになっています。
労働審判委員会による労働審判に対して、異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有することになります。一方、労働審判に対して異議の申立てがあった場合には、労働審判がなされた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされ、訴訟に移行します。
予想される争点ごとの証拠の必要性
例えば、前述の残業代請求における、申立人の労働者性については、申立人と使用者との間で業務委託契約が締結されていたのであれば、その契約書が証拠として重要になります。もっとも、契約書に「業務委託契約書」との記載があっても、雇用契約であるのか、業務委託契約であるのかは、実際の業務の実情から判断されますので、業務日誌や源泉徴収票の有無なども重要な証拠となります。
労働審判の主な紛争例と想定される争点
雇用に関する紛争例
労働契約には、期間の定めのあるもの(有期労働契約)と期間の定めのないもの(無期労働契約)があります。そして、無期労働契約を終了させる場合には、労働者を解雇する必要があります。
そして、就業規則に従って、労働者を解雇させたとしても、解雇が有効か無効かという点が争いになります。なぜなら、雇用契約は労働者の生活の基盤であるため、使用者が安易に解雇することについては、制限がされており、判例上、「解雇権濫用法理」という考え方があるためです。具体的には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合、解雇は無効とされます。
そのため、雇用に関する争点について、使用者としては、解雇につき、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であったと主張・立証していくことになります。
以下のページでは、退職と解雇のちがいなどをわかりやすく解説していますので、ぜひご覧ください。
雇止めの紛争で想定される争点
前述のように無期労働契約の終了には、労働者を解雇することになりますが、有期労働契約を終了させる場合は、雇止めをすることになります。
ここで、労働契約法19条は、次のように雇止めを一定の要件のもとに制限しています。
①過去に反復して更新されたことがある有期労働契約で、その雇止めが無期労働者を解雇することと社会通念上同視できると認められるもの(同条第1号)
②労働者において有期労働契約の期間満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められるもの(同条第2号)
そこで、雇止めについては、それが有効であるのか否かが主な争点となり、労働契約法19条1号又は2号の要件該当性が重要となります。
より詳しい解説については、以下のページをご参照ください。
残業代の紛争で想定される争点
残業代とは、法定労働時間を超える労働時間に対して支払われる割増賃金をいいます。
残業代が争点となるケースにおいては、①労働者性、②残業命令の有無、③主張する労働時間と実労働時間の乖離などが問題となります。
①労働者性
例えば、雇用契約書・労働条件通知書を作成していない場合や業務委託契約を締結している場合には、申立人の労働者性が問題となります。
使用者の反論としては、申立人との契約は雇用契約ではないため、申立人は「労働者」に該当せず、残業代を支払う義務はない、ということを主張・立証していく必要があります。
②残業命令の有無
例えば、残業に関して、禁止命令が発令されていた場合や許可制が設けられている場合があります。
この場合、使用者としては、申立人は使用者の指揮命令下になく、残業時間ではないとの主張を行って争っていくことになります。
③主張する労働時間と実労働時間の乖離
まず、「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。
そこで、使用者としては、申立人が主張する労働時間について、通勤時間に該当する、業務以外の私用行為を行っていた時間であるなど、使用者の指揮命令下にない時間であることを主張して争っていきます。
参考として、以下のページも併せてご覧ください。
退職金の紛争で想定される争点
退職金は、使用者が、労働者の退職の際に支給する手当をいいますが、賃金とは異なり、法律上当然に生じるものではありません。就業規則などに規定することで、はじめて労働者に支払う義務が生じるものとなります。
そして、退職金の内容などについては、労働契約や就業規則で定められていますが、問題が生じるのは、支給要件の該当性や当事者間の認識にズレがある場合です。
詳細について気になる方は、以下のページも併せてご覧ください。
不利益変更に関する紛争例
労働者について、就業規則の変更によって不利益を被る場合には、労働者から変更前の就業規則に基づく権利を主張されることがあります。例えば、就業規則の一部である賃金規程を変更して、賃金水準を引き下げた場合には、変更前の賃金との差額分を請求されるおそれがあります。
このような場合の主たる争点は、就業規則の変更に対する労働者の合意が有効であるのか、就業規則の変更に合理性があるのかなどになります。
以下のページでは、より詳しく解説していますので、ぜひご一読ください。
パワハラやセクハラ問題における労働審判とその争点
セクハラ(セクシャル・ハラスメント)とは、一般的に、相手方の意に反する性的言動によって、不利益を生じさせたり、職場環境を悪化させたりすることをいいます。
パワハラ(パワー・ハラスメント)とは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます。
ここで、セクハラもパワハラも共に、職場において労働者の人格権を侵害する行為であり、社会通念上許容される限度を超えた場合には民法上の不法行為となり、被害者に対して損害賠償責任を負う可能性もあります。そして、当該セクハラやパワハラをした者を使用していた会社としては、使用者責任を負うことにもなります。
このような損害賠償請求の場合、主たる争点は、セクハラやパワハラの事実の有無、それが業務に関連して行われたものであるのか、会社に職場環境配慮義務違反があったかなどになります。
本内容については、以下のページも参考となりますので、一読をおすすめします。
労働審判で扱うことができない労使トラブルとは?
労働審判は、前述のように使用者と労働者との間の様々な紛争について、審判を行うことができます。もっとも、例えば、労働組合との紛争や労働者間の紛争については、行うことができませんのでご留意ください。
労働審判についてお困りの際は、企業労務の専門家である弁護士にご相談ください
労働審判の申立てがなされた場合、使用者の対応については、事後的なトラブルや高額な支払いを認める審判がなされる可能性もあります。使用者は、事前に予防策を講じることはもちろん、労働審判の申立てがなされた後の対応についても、適切に進めていかなければなりません。
そこで、専門的な知識と経験を有する弁護士に対応を依頼することをおすすめします。弁護士法人ALGでは、企業労務関係のトラブルについて集中的に取り扱う企業法務事業部を設けていますので、蓄積した経験・ノウハウをもって対応することが可能です。
お困りの際は、ぜひ弊所にご相談いただくことからご検討ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士東條 迪彦(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある