アルバイト従業員の配転命令無効が争われた事件~津地裁平成31年4月12日判決~ニューズレター 2020.7.vol.103

Ⅰ 事案の概要

1 本件は、自動車の貸付業等を目的とするY社において、有期労働契約を反復継続して更新していたXが、雇止めが無効であると裁判で認められて復職した直後に、就業場所をA3店(三重県鈴鹿市所在)からB店(愛知県名古屋市所在)とする配転命令が無効であると主張し、B店で勤労する労働契約上の義務がないことの確認を求めた事件です

2 事実関係
(1)Xは、平成4年3月からY社にてアルバイトとして勤務を開始し、平成20年頃までは6か月に1回、同年以後は2か月ごとに契約の更新を繰り返していました。契約期間中、Xは、以下①~⑤のとおり、三重県下のY社の各店舗で勤務していました。

①平成4年3月から約1年9カ月はA1店(三重県津市所在)
②平成6年1月から約2カ月はA2店(三重県名張市所在)
③平成6年3月から約14年7カ月はA3店
④平成20年10月から約3カ月はA1店
⑤平成21年1月から約5年5カ月はA3店

(2)Y社は、Xの勤務態度不良などを理由に、平成26年12月20日をもってXを雇止めする旨通知したところ、Xはこれを不服として訴訟を提起しました。訴訟の結果、平成29年6月3日に上記雇止めは無効とされ、Xの復職が決まりました。

しかし、その後、Y社は、Xに対し、平成29年6月22日に、B店で勤務するよう命じました(以下、本件配転命令といいます。)。

(3)Y社の就業規則には、業務の都合により、アルバイトに対し、職場・職務の変更、配置転換等、人事上の異動を命じることができる旨の規定があり、アルバイトに配転を命じる規定が存在していました。

また、Xの雇用契約書上の就業場所について、「A3店」との記載から平成25年6月21日以降は「A3店及び当社が指定する場所」と記載が変更されていました。しかし、労働契約を更新する際、Y社は、Xに対し、雇用契約書を渡すだけで、契約書の記載内容に変更があったことをXに全く説明しませんでした。

なお、Y社は、平成30年3月7日時点で、東海3県(愛知・岐阜・三重を指す。)における正社員について、「自宅から通勤範囲内での店舗間の異動はありますが、転居を伴う転勤はありません」という内容で募集し、また、同年5月17日時点で、A2店及びA3店のアルバイトについて、「勤務地もたくさんあるので、通いやすい場所を選んでOK」等という内容で募集していました。

(4)上記した事実関係を踏まえて、Xが本件配転命令の有効性を争ったのが本件です。

Ⅱ 本判決の内容

1 Xの就業場所に関する合意による本件配転命令の無効
本判決は、Y社において、アルバイトに配転を命じる旨の規則は存在するが、Y社とXとの間では、少なくともXの勤務地について、A3店又はA1店などの近接店舗に限定する旨の合意があったと認定し、合意に基づく配転命令は無効とされました。その判断の要素は以下のとおりです。

①基本的には、アルバイトは通いやすい場所を選んで、具体的な店舗にするとされていること
②正社員さえも、通勤圏内での異動とされていること
③Xは、平成6年3月以降、長年専らA3店で勤務していること
④雇用契約書上、Xの勤務地について、当初「A3店」とだけ限定した記載がされ、その後「A3店及び近隣店舗」ないし「A3店及び当社が指定する場所」と記載が変更されているが、このことについて、Y社からXへの説明はされていないこと

2 権利濫用による本件配転命令の無効
本判決は、上記①から④などの事実から、Y社には、Xの勤務先がA3又は近接店舗に限定するようにできるだけ配慮すべき信義則上の義務があることも認定し、合意によらない配転命令の効力について制限されることを示しました。その上で、本判決は、アルバイトにすぎないXを配転して、B店に補充しなければならない事情はなかったと、本件配転命令の必要性を否定しました。

また、本判決は、Xの勤務態度等に問題があっても、Y社が会社としてXに正式に指導するなどした事実が認められないことから、会社としてXを異動させなければならない事態に至ってはおらず、Y社がXを指導するなどして、Xに改善の機会を何ら与えることなく、Xを異動させることは、上記信義則上の義務からして正当化できないと判断しました。

さらに、本判決は、本件配転命令により、XがB店への長時間の通勤を要することを不利益だとしました。

これらの事情から、本判決は、本件配転命令は権利濫用により無効であると判断しました。

Ⅲ 本件事案からみる実務における留意事項

1  就業場所に関する合意
本判決で問題となったように、配転に関する規定が契約書や就業規則にあったとしても、就業場所の合意によって、配転命令が制限されるかという問題が生じることがあります。

本判決は、Xが反復継続して契約を更新し、長期間A3店で働いていたという事実やY社での正社員の扱い等の前記①~③の事実を指摘しています。特に、Xのようなアルバイトの場合には、Y社自身の募集内容にも現れているように、自身が通いやすい場所を選んで具体的な店舗に勤務するということになるでしょうから、就業場所に関する合意が正社員よりも認められやすい点には注意が必要です。

また、Xの雇用契約書上では、④「当社が指定する場所」を勤務場所とする体裁となっていましたが、Y社がその旨をXに説明していなかったことを指摘しています。雇用契約書の記載に関しては、勤務地の変更に関する記載がある雇用契約書に労働者の署名等があるだけでは不十分であり、例えば、更新や締結の際には、勤務地の変更について十分に説明を尽くしたことが不可欠であり、なるべく同意の下で勤務地の変更を進めるべきといえるでしょう。

2 次に、配転命令が可能である場合でも、権利濫用によって無効になることもあり、本判決では、本件配転命令が権利濫用か否かを、必要性、相当性(手段及び不利益の程度)の観点から判断していると思われます。

本判決が正社員ではなくアルバイトであるXを配転するほどの人員不足の事実は認定できないと指摘しているように、配転命令を行う際には、労働者の職種や配転先の事情などから、なぜ配転が必要なのかを裏付けられるかという点を踏まえた検討をするべきです。

次に、本判決は、相当性について、アルバイトの就業場所に配慮する義務が会社にあることを前提に、Y社がXの勤務態度を指導し、業務態度を改善する機会を与えなかった事実も指摘して、配転命令を正当化する事情はないと示しました。会社としては、業務態度に問題のある従業員に対して、問題がある度に指導・警告をし、それを書面等の形に残しておく等、会社として十分に対応したことを証明できるよう準備しておくべきことを示しています。

最後に、本判決はB店への通勤時間は長時間であり、Xが不利益を負うと判断したように、最近では、ワークライフバランスへの意識が高まり、従業員の生活への配慮が社会的に求められつつあるため、配転命令を出すにあたっては、通勤への負担等従業員のワークライフバランスへ配慮するべきでしょう。

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