Ⅰ 事案の概要
X1は平成29年3月1日までに、X2(X1の母親)は平成29年3月14日までに、それぞれY社と労働契約を締結し、労働契約の締結日から稼働を開始しました。労働契約の締結にあたって、Y社が労働条件の内容を書面で示したことや、書面による労働契約書が交わされたことはありませんでした。
平成29年6月30日、Y社の人事担当者がX1、X2と面談をし、退職勧奨を行いました。X1が、この退職勧奨を拒否したことに争いはありません。
退職勧奨後の対応について、Y社は、X1について、平成29年6月30日がX1の試用期間満了日であり、X1がY社の体制を批判するなどしたことを理由としてX1を解雇し、その解雇に正 当な事由があったと主張しています。
また、X2について、Y社は、平成29年6月30日の面談時に、X2が、X1がY社を退職するのなら、X2も退職すると申し出たために、X2とY社との間で退職の合意がなされ、X2は合 意退職したと主張しています(なお、控訴審において、退職合意が認められないとしても、解雇をしたとの追加主張をしています。)。
Xらは、Y社による解雇や合意退職を争い、労働契約上の権利の地位確認及び未払賃金等の支払いを求めました。
Ⅱ 判決の内容
本判決においては、①XらとY社の書面のない労働契約について、試用期間が設けられていたのか、②Y社がX1に対して解雇の意思表示をしたのか、解雇について正当な事由が存するのか、③Y社がX2との間で退職合意をしたのか、仮に退職合意がないとしても、Y社がX2を解雇したのか、が争点となりました。
1 試用期間の有無及び試用期間の始期について
本判決では、労働契約上、試用期間が設けられていたことは認め、その試用期間は、Y社がXらを雇い入れた日から3ヶ月間であったと認定しました(試用期間の有無やその始期が解雇との関係で有する意味は「本判決の留意事項」をお読みください。)。
XらとY社の面接において、Y社が口頭で労働条件を提示し、試用期間が3ヶ月であると説明したことを認定し、就労開始日から試用期間を3ヶ月とする労働契約が成立したとしています。
Y社は、X1にせよ、X2にせよ、平成29年3月中はアルバイト就労であって、試用期間の開始は平成29年4月1日からであると主張しましたが、裁判所は、①X1については、書面による労働条件の提示も、書面による雇用契約書の取り交わしもなく、平成29年3月と平成29年4月で雇用形態が異なると認めるに足りる証拠がない、②X2についても、書面による労働条件の提示も、書面による雇用契約書の取り交わしもないことを指摘し、X2が平成29年3月中はアルバイト就労であったことをもって、試用期間が平成29年4月からであったと推認することはできないと判断しました。
2 X1に対する解雇について
⑴ 解雇の意思表示の有無について
X1に対する解雇について、一審は、Y社の人事担当者が、平成29年6月30日にX1と面談をした際に、X1が退職勧奨を拒み、これを受けて翌日から出社しなくて結構である旨の発言をしたことを認定し、同日に至るまでの経緯に照らすと、解雇の意思表示自体が認められないと判断していました。
これに対し、本判決は、退職勧奨の内容や面談の内容に照らすと、確定的・一方的にX1との雇用契約を終了させる意思表示であるとして、解雇の意思表示があったと認定しました。
⑵ 解雇の正当性について
Y社は、X1が他の従業員らに対し、研修の必要性を否定する言動をしたり、Y社の体制批判を公言したりしているなどの苦情が複数寄せられていた、それに対し、勤務態度を改めるよう命じたがX1がこれに従わなかった、Y社の人事担当者との複数回の面談においても同人の命令に従うことが期待できなかったとして、解雇の正当性を主張しました。
しかし、本判決では、苦情が解雇時に寄せられていた苦情であるかが不明であり、その内容も専ら従業員間でする愚痴やうわさ話の態様にとどまり、解雇をやむなしとするほどのものではなく、解雇の客観的で合理的な理由に該当するような行動があったとは認められない、解雇に至る前段階としての注意指導や命令があったことも認められないとして、解雇は無効であると判断されました。
3 X2との退職合意の有無及び解雇について
X2との退職合意の有無について、一審及び本判決共に、退職合意は認めませんでした。
その上で、本判決は、X2についても、X1と同様に、平成29年6月30日の面談時に、Y社の人事担当者が翌日から出社しなくて結構である旨の発言をしたことを認定し、それが解雇の意思表示であったと認定しました。
そして、X2に対する解雇についても、客観的に合理的な理由がないものとして、解雇は無効であると判断しました。
Ⅲ 本判決の留意事項
本判決では、解雇等の前提問題として試用期間がいつまでであったのかが争われているところ、判決文上は明記されていませんが、Y社としてはX1らに対する解雇等が試用期間中の解雇であり、それゆえ、解雇の正当性が本採用後の解雇と比較して緩やかに判断されるべきであることを狙っていたのだと推察されます。
試用期間は、雇入れ後の一定期間、面接時では具体的に把握できなかった業務遂行能力や適性を把握するために設けられ、試用期間中の雇用契約は、雇用主側に解約権が留保された「解約権留保付雇用契約」と解されています。
試用期間中の解雇は、試用期間の趣旨・目的に照らし、本採用後の解雇と比較しますと、雇用主側が留保した解約権を通常の解雇よりも広い範囲で行使することは可能とされています(最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536号)。
それゆえ、本件では、Y社によるXらに対する解雇等が試用期間中であったのか、本採用後のものであったのかにより、解雇の正当性判断に差異があり得たため、試用期間がいつまでであったのかが争われたものと思われます。
もっとも、試用期間中の解雇や本採用拒否であったとしても、無制限に認められるものではなく、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認されることが求められます。そのため、単なる勤務先への批判では足りず、それが企業内秩序にいかにして影響を及ぼしているのかが客観的に説明できなければなりませんし、それに対する注意や指導も繰り返しておかなければ、解雇は認められ難いでしょう。
本件での認定は、Y社が解雇の意思表示をしたとされる時期は、本採用となった後の時期でしたが、仮に、Y社が主張するような試用期間中の解雇等であったとしても、他の従業員から陳述書を取得した時期が解雇当時のものではなかったことや、解雇の前段階としての態度改善の注意指導や命令をしたことを記録として残していなかったこと等に照らしますと、なお解雇が認められなかった可能性があります。これらの点からしますと、Y社が、①たとえば、試用期間を6ヶ月とした労働契約書を作成しておく、②Xらに勤務態度等の問題があったのであれば、その内容を問題発覚時点で記録として残す、③解雇の前段階としてXらに対し、注意指導や改善命令を行い、それらを記録として残す、といった対応をもって臨んでいれば、解雇の有効性が認められる余地もあったように思われます。
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