Ⅰ 本件事案の概要
1 争点
被告(Y)は自動車の製造、販売及び関連事業を主な事業とする株式会社であり、Aはその従業員であった。Aは執務中に倒れ、脳幹出血で死亡した。Aの相続人(X)は、Aが、労基法41条2号の管理監督者に該当しないにもかかわらず、労基法上の割増賃金が支払われていないとして、労基法上の割増賃金(524万7958円)等を請求した事案である。
一方Yは、Aが管理監督者であることを主張し、請求の棄却を求めた。
2 Aの勤務状況
(1) Xが割増賃金の請求対象としている期間において、Aは以下の勤務状況であった。
(2)ア 平成26年9月から平成28年2月15日までは、αコントロール・コーポレートプラン部(α部)に所属していた。
Aが、α部に所属していた間の役割等級は課長職であり、役職は主担(マネージャー)であった。
イ α部は、特定のプラットフォーム(車両の基本的構造・骨格)について、Y経営陣に対し、プラットフォームがもたらす利益を確約し、全収益責任を負い、収益責任実現のために必要な企画立案を行い、それを実行する部である。
α部の構成員は、Aの他には、部長職が2名、課長職が2名、課長代理職が1名の合計6名であった。
ウ マネージャーのα部における職責及び権限は、以下のとおりである。
エ マネージャーは、商品決定会議に携わる。この会議では、新しい車両に対しての投資額と収益率を決定する。同会議の出席者は、CEOを含む、EC会議(Yの最高決定機関)のメンバーの内9人と、商品を提案するα部の部長職(2名の内の1名、以下「PD」)及びマネージャーである。
商品決定会議におけるマネージャーの職務は、PDが同会議において提案する内容を企画し、その資料を作成するというものである。マネージャーは、提案内容について、PDの了承を得る必要があった。
同会議中、マネージャーは、資料をスライドに投影する職務であった。提案内容を説明するのはPDであり、原則としてマネージャーが発言することはない。もっとも、CEOの質問に対し、PDが返答に窮した時は、マネージャーが回答することもある。マネージャーが同会議に出席するのは、担当する車種が同会議で話題に上がるときに限られる。
(3)ア 平成28年2月16日からは、Aは日本におけるマーケティング・セールス部の一部門であるβ部に所属することになった。β部におけるAの役割等級は課長職であり、役職はマネージャーであった。
イ β部は、ブランドイメージの育成・向上を目的に、車種別ブランディング・マーケティング戦略の企画、収益最大化となる戦略策定等を主要な業務とする。
β部の構成員は、マーケティングチーム及び商品企画チームに分かれており、それを統括するのが部長職N1(E)であった。
商品企画チームは、Aを含む課長職N2が2名、その他一般職やスタッフが5名であった。
ウ Aのβ部における職務は以下のとおりである。
エ マーケティング本部会議では、日本におけるマーケティングプランが決定される。同会議の出席者は、専務執行役員、マーケティングダイレクター、関係部署の部長、議題に関わるマネージャーである。
同会議においてマネージャーは、新しいマーケティングプランを企画し、提案するとともに、進行中のマーケティングプランについては、進捗を報告し、必要に応じ、改善策を提案する。
マネージャーは、同会議の前、マーケティングダイレクターから、提案内容の承認を得る必要がある。また、マーケティングダイレクターと共に同会議に出席し、一緒に提案する立場にある。
Ⅱ 判決の概要
1 管理監督者の該当性判断基準
本判決は、管理監督者の該当性判断基準について、「①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、 権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断すべきである」としている。
2 ②③について
②については、所属先の所定労働時間が定められていたものの、Aが始業時間よりも遅く出勤したり、終業時間より早く退勤したりすることも多かったこと、また、それにもかかわらず、Aの賃金が控除されていなかったことから、自己の労働時間について裁量を有していたと認定されている。
③については、年収が約1234万円であり、部下よりも244万円程度高かったことから、管理監督者にふさわしい待遇を受けていたと認定されている。
3 ①について
(1) ①については、Aが実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責及び権限を付与されていたとは認められなかった。
(2) 本判決は、α部の商品決定会議における職務、β部のマーケティング本部会議における職務いずれにおいても、Aが直接的に経営意思の形成に対する影響力を有していたとは認定していない。
商品決定会議における職務については、会議の場で実際に提案をするのが上司にあたるPDであること、マネージャーが立案した提案も、PDの承認を得る必要があったこと、商品決定会議で発言することは基本的に予定されていないことを踏まえ、経営意思の形成に直接的な影響力を行使しているのはPDであって、マネージャーはPDの補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力は間接的であると認定している。
マーケティング本部会議における職務についても、提案内容についてマーケティングダイレクターから承認を得る必要があること、マーケティングダイレクターと一緒にマーケティングプランを提案する立場にあること、マネージャーは、マーケティングダイレクターと異なり、担当車種が議題に上るときだけ、マーケティング本部会議に出席することなどを踏まえ、マネージャーは、マーケティングダイレクターの補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力は間接的なものにとどまると評価すべきであると判断している。
4 管理監督者該当性について
本判決は、①②③を総合考慮した上で、Aは管理監督者ではないと判断している。
Ⅲ 本件事案からみる実務における留意事項
1 経営者と一体的な立場にあるか否かを判断するにあたり、経営方針決定の場である重要な会議に出席しているかどうかは、重要な要素の一つになると考えられる。
本件で、Aが出席する会議は、CEOや上級役員が出席するような、経営方針の決定等に直接的に関係する重要な会議であった。
しかし、本判決で指摘されているように、そのような重要な会議に出席していたとしても、提案内容について上司の承認が予め必要であったり、会議において主として立ち回るのが上司であったりするというような場合には、経営意思形成への影響力は間接的であると考えられる。
なお、筆者の私見であるが、重要な会議の場に上程される提案内容が、誰の責任において提案されたものかが重要なのであり、実際のプレゼンテーションを担当するのが誰かは重要ではないと考える。
2 管理監督者該当性については、肩書や役職で決まるものではなく、その職務内容、責任、権限を詳細に検討した上で、実質的に経営者と一体的な立場にあったかどうかを検討する。したがって、一定の役職にあるものは管理監督者とするというような社内規定にしていたとしても、実際に割増賃金請求をされたときには、同規定は無意味であり、実際に経営者と一体的な立場にあったことを会社側が立証しなければならない。
本件のように、大企業に所属する相当程度高給な中間管理職で、重要な会議に出席している人物の場合、しばしば、現場では管理監督者と認識されていると思われる。しかし管理監督者として認定されるのは、相当程度ハードルが高いことに留意して、割増賃金等について適切に対応しておく必要がある。
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