育休復帰後の有期契約への変更合意と雇止めの適法性(ジャパンビジネスラボ事件:東京高裁令和元年11月28日判決)ニューズレター 2021.5.vol.113

Ⅰ 事案の概要

本件は、育児休業明けに子供の保育園が見つかっていなかったことから、退職を回避して、就労を継続するために、正社員から契約社員となった一審原告(以下、「Ⅹ」といいます。)が、保育園が見つかった後に、正社員への復帰を一審被告(以下、「Y社」といいます。)に申し出たところ、Y社に契約変更を受け入れてもらうことができず、その後、Y社から雇止めとなったことから、正社員への復帰と未払賃金等の支払いを求めた訴訟の控訴審です。

(1) Ⅹは、平成20年7月9日、Y社との間で正社員契約を締結し、以後、Y社が運営する語学スクールでコーチとして稼働していました。

(2) Ⅹは、平成25年1月、出産のために産前休暇を取得し、同年3月2日、長女を出産した後、産後休暇及び育児休暇を取得しました。Ⅹは、育児休暇を6か月延長し、Ⅹの育児休暇の終期は平成26年9月1日とされていました。

(3) Ⅹは、長女が通う保育園が見つかっていないことから、育児休暇の終期である平成26年9月1日、Y社の代表者らと面談して、労働条件として、契約期間を「期間の定めあり(平成26年9月2日から平成27年9月1日まで)」、雇用形態を「契約社員」、就労日を「原則水・土・日の4時間」などとする雇用契約書に署名し、Y社に交付しました(以下、「本件合意」といいます。)

(4) Ⅹは、平成26年9月2日付で、Y社に復職し、同月3日から週3日勤務の契約社員として就労を開始しました。

(5) その後、Ⅹは、Y社に対して、長女を預ける保育園が見つかったことなどを理由に、週5勤務の正社員に戻すことを求めて何度か交渉をしたものの、Y社は、Ⅹの求めには応じませんでした。

(6) Y社は、Ⅹに対して、平成27年7月11日頃、同月12日以降の自宅待機を命じ、同月31日差出の内容証明郵便をもって、本件合意に関する雇用契約を終了する旨を通知しました(以下、「本件雇止め」といいます。)。そのうえで、Y社は、同年8月3日、Ⅹに対して、ⅩがY社に対する労働契約上の地位を有しないことを確認する訴訟を提起しました。

(7) Ⅹは、平成27年10月22日、保育園が見つからなかったことからY社に対して休職を申し出たものの認められず、やむを得ず本件合意を締結して契約社員として雇用契約を締結した結果、1年後に雇止めをされたとして、正社員への復帰と未払賃金や慰謝料の支払いを求める訴訟を提起しました。なお、Ⅹの訴訟提起があった以上、Y社のⅩに対する訴えは確認の利益がないとして、訴えが却下されています。

Ⅱ 争点

本件の争点は、Ⅹが雇止めをされる過程でなされたⅩ、Y社の双方の行為の不法行為該当性など複数ありますが、大きな争点は以下の2点となります。

(1) 本件合意の解釈及び適法性
(2) 本件雇止めの適法性

なお、一審判決は、争点(1)は、本件合意によって、Ⅹは正社員から契約社員契約に変更になったことを前提に、Ⅹが正社員としての地位を有しているとは認められなかった一方で、争点(2)は、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠くことから違法であると判断しています。

Ⅲ 判決のポイント

(1) 争点(1)について

ア 本判決は、Ⅹが、「雇用形態として選択の対象とされていた中から正社員ではなく契約社員を選択し、Y社との間で・・・雇用契約書を取り交わし、契約社員として期間を1年更新とする本件合意をしたものであるから、本件合意をもって、Ⅹの正社員契約は解約されたもの」としたうえで、「本件合意には、Ⅹの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものといえる」として、本件合意は無効とはいえず、男女雇用機会均等法や育児介護休業法にも違反しないと判断しました。

イ そして、本判決は、「契約社員から再度正社員に戻るためには、Y社との合意が必要であることは、Ⅹにおいても、十分認識していたものと認められることから、本件合意に錯誤はない」と判断し、「Y社の評価や判断を抜きにして、社員の一存で正社員への変更が可能と解する余地はない」ので、「本件合意は、Ⅹが正社員への復帰を希望することを停止条件とする無期労働契約の締結を含むものではない」と判断し、「契約社員について、将来、正社員として稼働する環境が整い、本人が希望した場合において、本人とY社との合意によって正社員契約を締結するとされているとしても、それはあくまで将来における想定に過ぎず、本件契約社員契約締結時において、契約社員が正社員に戻ることを希望した場合には、速やかに正社員に復帰させる合意があったとはいえない」と判断しました。

ウ このように、本判決は、一審判決と同様に、Ⅹの正社員の地位確認請求、未払賃金等請求ならびに正社員契約の不履行に基づく慰謝料請求をいずれも退けました。本判決は、Ⅹが、Y社との間で、自らの自由な意思に基づいて契約社員への転換を決めた以上は、正社員としての契約は解約されており、Ⅹの希望のみで正社員契約に復帰することはできず、正社員契約への復帰にはY社との合意が必要であると判断したといえます。

(2)争点(2)について

ア 本判決は、Ⅹが、無断で執務室の会話を録音したこと、Ⅹが録音データをマスコミ関係者らに提出したことは、Y社との信頼関係を破壊する背信行為であるとともに、Y社の信用を毀損するおそれのある行為であること、Ⅹが多数回にわたり業務上のパソコンおよびメールアドレスを私的に利用したこと、Ⅹがこれらの行為について反省の念を示していないことから、「雇用の継続を期待できない十分な事由があるものと認められる」として、「本件雇止めは、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当である」と判断しました。

イ このように、本判決は、一審判決とは異なり、本件雇止めの有効性を認める判断をしています。本判決と一審判決で結論を異にした理由は、Ⅹの背信行為への評価の違いにあるといえます。一審判決では、労働者と使用者が対等の立場で締結するべき労働契約に係る交渉段階において、当事者の一方であるⅩのみが非難されるべきものではないとして、Ⅹの背信行為が雇止めをする客観的に合理的な理由には該当しないと判断していました。一方で、本判決は、Ⅹが企業秩序維持に反する行為を繰り返し、Y社との間の信頼関係を破壊したこと、Ⅹに反省の念を示す事情がないことなどを重視し、雇止めをする客観的に合理的な理由があることから、本件雇止めは社会通念上相当であると判断しているといえます。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

(1)本件と類似の事案として、フーズシステムほか事件(東京地裁平成30年7月5日判決)があり、裁判所は、有期雇用契約への転換を強いられ、最終的に解雇された労働者について、労働者の真に自由な意思に基づかないで、雇用形態を変更する合意を締結させ、事実上、降格扱いとしたことが労働者に対する不法行為を構成するとしています。
つまり、本判決は、正社員から契約社員への雇用形態の変更が、労働者の自由な意思に基づくものであったことを重要視して、本件合意に基づく正社員契約の解約と契約社員契約の締結が有効であると判断しているといえます。そのため、使用者側において、労働者との間で雇用形態を変更する際には、労働者の自由な意思で合意をしたかどうかを慎重に検討する必要があります。
本判決では、保育園が見つかっていないことから、現実にⅩが正社員として勤務を継続することは困難であることは明白である状況下において、一時は転職や退職も検討していたⅩが、契約社員として復職したい旨を自らY社に伝えていることから、Xが自由な意思に基づいて本件合意をしたと認定されています。

(2)また、本件雇止めについては、Xが、マスコミにY社との交渉経過に関する録音データを提供したことなどから、XとY社の信頼関係が破壊されていることを認定し、本件雇止めが有効であると判断しています。
近年、労働事件などを中心に原告側が訴訟提起と同時に記者会見を開くことも少なくなく、被告となる使用者側からすると、訴訟での反論の機会を得ることのないまま、マスコミの報道によって一方的に信用を毀損されるおそれがあります。本判決は、労働者側がマスコミに情報提供したことを本件雇止めの有効性の根拠の一つとしている点で、使用者側としては、労働者の雇止めをするにあたり、マスコミ対応を理由の一つとできることを示唆している一方で、労働者が自身の権利の回復のためにマスコミを利用することが一律に否定されるべきではなく、本判決の射程がどの程度及ぶのかについて議論のあるところと思われます。

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