元従業員の勉強会への参加が労働時間に含まれるか等が争点となった事案(前原鎔断事件)~大阪地裁令和2年3月3日判決~ニューズレター 2021.12.vol.120

Ⅰ 事案の概要

本件は、金属の販売・加工等を目的とする株式会社であるY社において、期間の定めのない労働契約を締結したXが、Y社が開催した「安全活動」及び「勉強会」に参加したことが時間外労働に該当するとして、それらの割増賃金の支払等を求めた事件です。

2 事実関係

⑴ Xは、平成17年2月21日に、Y社と期間の定めのない労働契約を締結し、勤務を開始し、平成30年7月27日に普通解雇されるまで、勤務していました。

⑵ Xは、新入社員が3か月程で習得する作業もできず、能力不足による怪我やクレーン事故を起こし、複数回の懲戒処分を受けました。

⑶ Y社内に置かれた安全委員会は、「安全活動」という月に1回30分程度、安全標語の作成、ライン引き及び工場内の整理整頓等の工場の安全に関する活動を行っており、Xは、この「安全活動」に数回参加しました。

⑷ Y社は、Y社の労働組合からの要望を受け、平成28年8月以降、所定労働時間外において、月1回、Xに対する指導内容等を振り返る「勉強会」を行いました。この「勉強会」の参加者は、基本的には、X、Xの上司などの3名であり、Y社の取締役が参加したこともありました。

Ⅱ 争点

「安全活動」への参加に関して出欠は取られておらず、「安全活動」への不参加に対する制裁はなく、「安全活動」への参加で査定や待遇面で有利になることもありませんでした。また、「勉強会」の目的は技術向上、トラブルや事故の回避等専らXのためのものであり、Xの予定を確認して日時を決め、Xの都合により日程変更をしたこともありました。

これらの事情から、Y社は、「安全活動」及び「勉強会」への参加は任意のものであり、労働時間にはあたらないと主張しました。

もっとも、Y社の就業規則上には、「安全活動」に関する規定はありませんでしたが、従業員の指導教育について、Y社が従業員に対して業務上必要な知識、技能等を高めるために必要な教育訓練を行うこと及びY社従業員は、Y社から教育訓練を受講するよう指示された場合は特段の事情がない限り受講しなければならないという記載はありました。

Ⅲ 判決のポイント

1 労働基準法上の労働時間の定義

本判決は、労働基準法上の労働時間について、この点を具体的に明らかにした判例を引用して、「労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるもの」と指摘し、Xが参加した「安全活動」及び「勉強会」への参加が労働時間に含まれるかを判断しました。

2 Xが「安全活動」に参加した時間が労働時間に含まれないこと

本判決は、「安全活動」は、Y社の業務に関連する活動ではあると指摘しつつも、①就業規則上「安全活動」に関する規定は存在しないこと、②出欠が取られるものでも不参加の場合制裁が課されるものでもないこと、③参加によって査定等で有利になるものでもないことを指摘して、Xが「安全活動」に参加する時間は、Y社の指揮命令下に置かれている時間(労働基準法上の労働時間)にあたらないと判断しました。

3 Xが「勉強会」に参加した時間が労働時間に含まれること

本判決は、①「勉強会」がXに対する指導内容等を振り返ることを内容とするものであるから、Xが参加せずに開催されることはそもそも予定されていないこと、②Xは、平成20年の時点において、Y社の従業員から、なかなか仕事の技術が身に付かないと認識されており、Xが「勉強会」に参加せず、その後も技術が身に付かないままであれば、Xの賃金や賞与の査定、従業員としての地位に影響することが明白だったこと、③Y社の就業規則には、Y社が従業員に対して業務上必要な知識、技能等を高めるための必要な教育訓練を行うこと及びY社従業員はY社から教育訓練を受講するよう指示された場合は特段の事情がない限り教育訓練を受講する義務を負うことが規定されていたことから、Xが「勉強会」に参加する時間は、Y社の指揮命令下に置かれている時間(労働基準法上の労働時間)にあたると判断しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

1 労働基準法の労働時間について

労働基準法の労働時間について、本判決も引用したとおり、「使用者の指揮 命令下に置かれている時間」に客観的に該当するか否かで判断されます。そして、就業時間外の研修への参加について、行政の通達では、「労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば、時間外労働にはならない」(昭26.1.20基収2875、平11.3.31基発168)と示されています。

そのため、就業時間外の研修に参加した時間が労働時間に該当するかの検討では、「従業員が就業時間外の研修への参加を自由に判断できるか否か」が重要な事情だと考えられます。

2 本件を踏まえての留意点について

上記1でもみたように、「従業員が就業時間外の研修への参加を自由に判断できるか否か」の判断では、就業時間外の研修への参加が「事実上」強制されているかどうかという事情も重要視されています。

例えば、会社が行う研修内容は、ほとんどの場合で会社の業務に関連する内容だと思いますが、出席を原則とし、欠席をすると不利に扱われるケースでは、「勤務態度不良、能力不足等と評価され、給与や賞与が下がる可能性がある」⇒「従業員は研修への参加を事実上強制されている」といった関係性が推認されやすいといえます。そのため、就業時間外の業務に関連する研修について出欠を原則とし、欠席をすると不利に扱われるケースは、従業員にとって事実上強制されていると推認されやすいと考えるべきです。

この点、Xの「安全活動」への参加が労働時間に含まれないとされた理由は、出欠をとっていなかったことに加え、就業規則上に制裁等の不利益取扱がなかったこと及び事実上、不参加による不利益取扱も参加による有利な取扱いもなかったため、Xが自由な意思で「安全活動」に参加したと判断されたからです。

ワークライフバランスが重視される昨今の情勢を鑑みれば、就業時間外の研修を減らすことが、従業員のQOL向上に繋がるだけでなく、労働基準法違反に該当するおそれをなくすことにより、コンプライアンスを遵守する体制を確保することにつながることは間違いありません。そのため、就業時間外の研修を減らすだけでなく、そもそも受講させるべき研修を見直す等した上で、受講するべき研修は、なるべく就業時間内に受けられるよう、従業員の業務量の調整やスケジュール調整をするべきでしょう。また、就業時間外に従業員に研修を受けさせる場合でも、その時間が労働時間に該当しないようにするためには、研修内容が業務と関連していても、出席を原則とせず、欠席による不利益な取扱いがないように留意する必要があるでしょう。

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