乗客とトラブルを起こす運転士に対する退職勧奨の適法性とパワハラの有無~東京高裁令和3年6月16日判決~ニューズレター 2022.9.vol.129

Ⅰ 事案の概要

Y1社の従業員であるXは、乗客に対し、「殺すぞ」等と暴言を吐く、不正乗車と決めつけて対応する等、乗客とのトラブルが複数回ありました。

そこで、Xの上司であるY2~Y6(以下、「Y2」らといいます。)は、Xに対し、事実確認を行ったところ、Xは事実と異なる説明をしたり、自分に非がなく苦情と言われる理由が分からない等との弁明を行いました。

そのやりとりの中でY2は、Xに対し、「チンピラ」、「雑魚」等と発言しました。また、Y2らは、Xに対し「二度とバスには乗せられない」、「会社としてXはいらない」、「一身上の都合で円満退社した方がよい」、「退職願を書け」等と発言しました。Xは、その直後から反応性うつ状態の診断を受け、傷病休暇を取得し約1ヶ月半休職しました。

Xは、その後職場復帰しましたが、約1ヶ月間、運転士服務心得の閲読・筆写、反省文の作成を繰り返し指示され、バスに乗車できない下車勤務が続きました。

Xは、Y2らから退職強要、人格否定、過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)がパワーハラスメント(以下、「パワハラ」といいます。)に当たるとして、Y1社及びY2らに対し、慰謝料200万円及び弁護士費用相当損害金20万円を請求した事案です。

Ⅱ 争点

1 Y2らが連日にわたって「二度とバスには乗せられない」、「会社としてXはいらない」、「一身上の都合で円満退社した方がよい」、「退職願を書け」等と発言し、Xに対し、退職を迫ったことが許容される限度を超えた違法な退職勧奨に当たるか。

2 Y2が、Xに対して行った「チンピラ」、「雑魚」等の侮蔑的発言がXの人格を否定するものであり、パワハラに当たるか。

3 職場復帰をしたXに対し、約1ヶ月間、運転士服務心得の閲読・筆写、反省文や感想文の作成を指示し続けたことがパワハラに当たるか。

Ⅲ 判決のポイント

1 退職勧奨について

(1)一般的な判断基準

「使用者が、就業規則の定めに従った懲戒処分や解雇によるのではなく、あくまでも辞職(自主退職)を求める場合(退職勧奨)には、労働者がこれに応じるか否かを自由に決定することができることを要するのであって、それが労働者の自由な意思形成を阻害するものであってはならない。そうすると、使用者のする退職勧奨は、その内容及び態様が労働者に対し明確かつ執拗に辞職(自主退職)を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難とするものである場合には、労働者は使用者に対し、不法行為として損害賠償を請求することができる」と判断されています。

(2)具体的な事例における判断

本件では、Xが「反省している」、「辞めたくない」等と繰り返し述べているにもかかわらず、Xに対し、連日にわたって「けじめをつけろ」「他の会社に行け」「退職願を書け」などと述べて繰り返し強く自主退職を迫り、「男としてけじめをつけてください」とその場で自主退職の手続をするよう繰り返し迫った行為については、単にこのままでは雇用継続できない旨の会社の判断を伝えて自主退職するか否かの検討を求めるにとどまらず、考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続をさせようとしたものであり、違法な退職勧奨に当たると判断されました。

2 侮蔑的発言のパワハラ該当性について

(1)一般的な判断基準

「労働者の職責、上司と労働者との関係、労働者の指導の必要性、指導の行われた際の具体的状況、当該指導における発言の内容・態様、頻度等に照らし、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には、当該指導は違法なものとして不法行為に当たる」と判断されています。

(2)具体的な事例における判断

本件では、Xは、数回にわたり、運転士として適格性に疑念を生じさせるような問題行動があり、苦情案件や上司の事情聴取に対する対応にも真摯さを欠き、これを放置すれば、同様の苦情案件が引き起こされる懸念がありました。

そのため、Xへの指導の必要性が極めて高く、叱責等の際の発言に厳しいものがあったとしても、それをもって直ちに社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えたことにはならないと判示されています。

そして、Xに対する「チンピラ」、「雑魚」等の発言は、Xが乗客に対し「殺すぞ」といった発言をしたり、乗客を見下すような対応を行う行為が“チンピラ”であり、チンピラないしそれと同視できる雑魚は不要であるという趣旨の発言であり、業務上の指導と無関係にXの人格を否定するものとはいえず、不法行為には当たらないと判断されました。

3 過小な要求のパワハラ該当性について

(1)一般的な判断基準

「使用者が労働者に対してした業務上の指示・指導が、業務上の必要性・相当性を欠くなど、社会通念上許容される業務上の指示・指導の範囲を超えたものであり、これにより労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には、当該指示・指導は違法なものとして不法行為に当たる」と判断されています。

(2)具体的な事例における判断

本件では、Xが惹起した苦情案件について反省を深めさせ再発防止を図るため、一定期間乗務をさせず教育指導を実施することは業務上の必要に基づく指示命令として適法に行い得ると判示されています。

そして、教育カリキュラム実施中、Xの目つきや態度が良くなく、改善意欲が十分でないと判断されたこと、指導に対し、相当の不満や反発心を抱いていたと推認される事情が見受けられていたこと等に照らすと、Xに対してなされた指示・指導が不法行為に当たるとは言い難いと判断されました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

1 退職勧奨について

違法な退職勧奨に当たるかどうかは、従業員が自由な意思決定に基づき退職を選択できる状況であったかということが非常に重要となります。

従業員が明確に退職をしない意思を表明しているにもかかわらず、執拗に退職勧奨を行ったり、自主退職の手続を押し進めようとする場合には、違法な退職勧奨と判断される危険性が高いと考えられます。引き続き退職勧奨を行いたいのであれば、せめて退職時の条件を変更することなどは必要であり、それすらもなく継続することはリスクが高いといえます。

また、退職勧奨を行う場合には、話し合いの時間の長さ、場所、人数等に配慮するとともに、従業員の意思を確認しつつ慎重に行うべきといえます。

2 侮蔑的発言のパワハラ該当性について

本事例における高裁判決では、従業員に対し、「チンピラ」、「雑魚」と発言した行為は、業務上の指導との関連性があると判断され、パワハラには当たらないと判断されました。

しかし、第1審判決では、「チンピラ」、「雑魚」と呼称した部分について、行動に対する指導との関連性が希薄で、発言内容そのものがXを侮蔑するものとして不法行為に当たると判断されました。

高裁判決においては、Xの乗客に対する「殺すぞ」という発言・行動が、接客業として著しく不相当な行動であり、そのような行為に対する評価として「雑魚」、「チンピラ」という言葉が使用されたことを重視し、業務上の指導との関連性があると判断されたと解されますが、裁判所でも判断が分かれたとおり際どい発言であることは否定し難いでしょう。

そのため、問題行動を繰り返す従業員に対して、指導の必要性が極めて高かったとしても、脈絡なくこのような侮蔑的発言を行った場合には、不法行為に該当すると判断される可能性が高いと考えられます。

なお、第1審判決においては、上記のような侮蔑的発言について、業務上の指導との関連性が希薄であると判断されていることから、このような侮蔑的発言と評価される可能性のある発言はリスク管理の観点から極力控えるべきといえます。

3 過小な要求のパワハラ該当性について

本事例では、教育・指導中も従業員に改善意欲が見受けられず、不満や反発心を抱いているような素振りが見受けられていたこと等から、約1ヶ月にわたる運転士服務心得の閲読・筆写、反省文や感想文の作成には、指導の必要性・相当性があると判断されました。

しかし、本件とは異なる裁判例において、不法行為に当たるパワハラ行為の類型として、「業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じられることや仕事を与えないこと(過小な要求)」が挙げられています。厚生労働省の挙げるパワハラの類型においても過小な要求があります。

また、退職勧奨行為と並行して、従業員の担当業務が漸次的に減らされ、数か月後には皆無の状態となった事例において、当該業務減少措置が、人事権の行使に関する裁量権の濫用に当たると判断される場合には不法行為に当たると判断されています。

したがって、業務上の合理性がないにもかかわらず、当該従業員の能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる、又は仕事を与えないといった措置や退職を促進するなどの不当な意図・目的をもって業務減少措置を行ったと判断されるような場合には、不法行為に当たる可能性があります。

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