Ⅰ 事案の概要
本件は、全国に約300店舗の飲食店を経営するY社が、新型コロナウイルスの影響により経営状況が悪化し多額の損失が生じる状況となったため、最終的に約10店舗を残し他の飲食店は閉鎖するなど大規模な経費削減措置を行うのとともに、Xを含む従業員に対し整理解雇を断行したことにつき、XがY社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び未払賃金等の請求並びに慰謝料請求を求めた事案です。
<前提事実>
⑴ Xは、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結し、Y社の経営していた複数の店舗の店長でした。
⑵ Y社は、令和2年4月の新型コロナウイルスの流行に伴う緊急事態宣言の影響を受け、当時展開していた約300店舗の飲食店のうち、利益率が高い約10店舗を残し、Xが勤務していた3店舗を含む残りの店舗経営から撤退する経営判断をしました。それに伴い、Y社は店舗の賃貸借契約解約を進めるとともに、店舗従業員は必要最小限の人数を残し、それ以外の従業員に対して令和2年6月18日付で解雇予告通知書を送付して同年7月20日付で解雇しました。
⑶ Y社の経営状況は、令和元年9月1日から令和2年2月29日までの半年間の営業利益が約3億4700万円であったのに、その後の5か月間で営業損失が約12億3600万円も生じ、令和2年7月31日時点での営業利益はマイナス8億8900万円に至りました。
⑷ Y社は、Xを含む解雇対象者に対し、電話で「近日中に重要な書類が届くので確認しなさい。」という趣旨の連絡をしただけで、それ以上の説明をすることはありませんでした。
⑸ Y社は、その他の経費削減措置として、令和2年7月以降の役員報酬を全額カットし、代表取締役を除く全ての役員は辞任しています。
Ⅱ 争点
整理解雇の有効性(整理解雇の4要素についての判断)
Ⅲ 判決のポイント
⑴整理解雇の4要素
裁判所は、まず前提として、解雇は労働者から生活の手段を奪うなど深刻な影響を及ぼすものであるから、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものでなければならず、これらを欠く場合には解雇権を濫用したものとして無効になる(労働契約法第16条)としたうえで、いわゆる整理解雇の場合には、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③被解雇者選定の合理性及び、④解雇手続の妥当性を総合的に考慮し、当該解雇に客観的に合理的な理由があるか、社会通念上相当なものと認められるかを判断するという枠組みを示しています(整理解雇の4要素)。
なお、Y社は、事業の廃止に準ずるような状況であることから、①人員削減の必要性及び④解雇手続の妥当性から相関的に判断すべきとしましたが、事業の存続を目指していたことを理由に、整理解雇の4要素を考慮して判断することが妥当とされています。
⑵本件解雇の効力(人員削減の必要性)
裁判所は、Y社が本件解雇当時、早急に固定費等(月額6億円以上)を削減する措置をとらないと資金ショートを起こし事業継続ができなくなるおそれがあったことから、約10店舗を残して他の店舗経営から撤退するとの経営判断をしたことは不合理ではなく、それに伴い多数の店舗従業員が余剰になることは明らかであるから、人員削減の必要性は高かったと認定しています。
⑶解雇回避努力
裁判所は、Y社が96%以上の店舗を閉鎖したことで、配転や出向といった方法は現実的に不可能であって、とりうる解雇回避努力は非常に限定的であったとしたうえで、Y社が令和2年7月以降、代表取締役以外の役員に辞任してもらうとともに、役員報酬を全て削減したことを評価し、解雇回避努力を行ったと認定しています。
⑷被解雇者選定の合理性
Xが勤務していた3店舗は利益率が高くなかったため、Y社は損益分岐点比率の観点からそれらを存続店舗として選定せず、経費削減のために店舗経営から撤退するという判断をしました。裁判所は、Y社が96%以上の店舗から撤退することで多数の店舗従業員が余剰となることは当然であって、撤退対象となった店舗で従業員として働いていた者を解雇の対象者として選定することは不合理とはいえないと判断しました。
⑸解雇手続の妥当性
この点につき裁判所は、Y社が本件解雇予告通知書を発送する直前に、「近日中に重要な書類が届くので確認しなさい。」という趣旨のことを電話で伝えただけで、Xらに対し整理解雇の必要性や、その時期・規模・方法等について全く説明しなかったとし、これをもって解雇手続の妥当性がないと判断しています。
Y社は、新型コロナウイルスが流行した状況下では、全国に点在する労働者を集めて説明会を行うことは困難であったとし、大規模な事業縮小に伴って撤退店舗の選定や整理解雇の時期・規模・方法等を決めるには時間的余裕がなかったと主張しましたが、裁判所は、解雇予告通知書発送のおよそ3か月前には大規模な事業縮小の方針を決めていたことなども考慮し、労働者に深刻な影響を及ぼす解雇、特に労働者に帰責性のない整理解雇においては、信義則上十分な説明・協議が必要であると判示しています。
⑹総合判断
以上から、裁判所は、人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者の選定の合理性の各要素につきY社の主張を認めましたが、解雇手続が著しく妥当性を欠いていたとして、総合的に考慮した結果、本件解雇は社会通念上相当とは認められず、解雇権を濫用したものとして無効と判断しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
整理解雇については、上記の4要素を総合的に考慮することでその有効性を判断するという枠組みが通説的な見解とされています。つまり、4つのポイントはあくまで「要素」であって「要件」ではないため、一つでも欠いた場合に整理解雇が認められないわけではなく、4つの「要素」を全体的に評価することで解雇が有効か否かについて判断することになるはずです。
しかし本件では、裁判所は3つの要素につきY社の主張を容れながら、解雇手続が著しく妥当性を欠くということを理由に解雇を無効と判断しており、ややバランスを欠いているようにも思えます。
また、Y社は極めて重大な経営状況の悪化により、廃業に近いほどの状況に追い込まれていますが、このような状況であっても、裁判所は、仮にY社の事業の完全停止が事業の廃止に準ずるといえるような状態であったとしても、事業の存続を目指していたことから、人員削減の必要性や解雇回避努力、被解雇者選定の合理性を考慮要素から除外すべき理由はないと判示していることにも注意が必要です。なお、たとえ、事業を完全に廃止することを想定したとしても、解雇手続が手続的配慮を「著しく」欠く場合には無効になり得るとの裁判例(本ニューズレター Vol.135 参照)もあり、本件のような解雇手続では、手続的配慮を著しく欠くものとして解散したとしても解雇無効の結論が導かれる可能性は否定できません。
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