パートタイム労働者のシフトを削減することの有効性等 (シルバーハート事件)~東京地裁令和2年11月25日判決~ニューズレター2023.10.vol.142

Ⅰ 事案の概要

本判決は、パート従業員Yが、高齢者介護事業所及び放課後児童デイサービス事業所を運営するX社に対し、反訴として提起した、①主位的に、勤務時間を週3日・1日8時間・週24時間、勤務地・職種を介護事業所・介護職とする合意を前提に、X社の責めに帰すべき事由により当該合意に基づく就労ができなかったとして賃金等請求、②予備的に、シフトの削減が違法かつ無効であるとして賃金等請求などについて、当否の判断を示したものです。

なお、本訴は、X社がYに対し、(1)勤務時間・勤務地・職種限定合意に基づき、週3日・1日8時間・週24時間、X社の介護事業所にて介護職として労務を提供させる債務の不存在、(2)給与振込手数料支払債務の不存在、(3)通勤手当支払合意に基づく自転車通勤手当支払債務の不存在等の確認を求めるものでしたが、確認の利益がないとして不適法却下されています。

Ⅱ 争点

本件は、反訴請求が事案の概要記載①②のほか、通勤手当支払請求や賃金支給の際に控除した振込手数料の返還請求等の複数に及び、本訴の確認の利益も絡む等、論点が多岐にわたります。

本稿では、勤務時間をシフト制とする合意の適否(争点1)、シフト決定権限の濫用の有無(争点2)に焦点を当てて解説します。

Ⅲ 判決のポイント

1 争点1について

(1)当事者の主張

Yは、X社との間で労働契約(以下「本件労働契約」といいます。)を締結する際に、勤務時間を週3日・1日8時間・週24時間とする合意をしたと供述するとともに、シフトによる旨の合意をすることは考えられない旨主張しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、本件労働契約の雇用契約書には、勤務時間につき、手書きの「シフトによる。」という記載があるのみであり、週3日であることをうかがわせる記載がないこと、Yの勤務実績からすると、1か月の出勤回数は9~16回と幅があり、勤務開始当初2年間においても、週3日のシフトが組まれていたわけではないこと、他の職員の配置との兼ね合いからも、Yの1か月の勤務日数を固定することは困難であったことを指摘し、勤務時間を固定する合意の成立を否定しました。

さらに、Yが「『シフトによる』という文言さえ雇用契約に記載すれば、…自由にその裁量で勤務させることが可能になりかねず、賃金を唯一の収入とする労働者の利益を害する…から、シフトによる旨の合意をすることは考えられない」と主張するのに対し、裁判所は、「翌月の勤務に関する希望を踏まえて、シフトによって勤務日及び勤務日数を決定する方法は、労働者の都合が反映される点で労働者にとっても都合のよい面もあるのであって、シフトによるという合意自体があり得ないものとはいえ」ないとし、勤務時間をシフト制とする合意を適法と判断しました。

2 争点2について

(1)当事者の主張

Yは、平成29年5~7月のシフトが13~15日(勤務時間65.5~78時間)であるのに対し、平成29年8月のシフトは5日(勤務時間40時間)、同年9月のシフトは1日(勤務時間8時間)のみとされ、同年10月のシフト以降は1日も配属されなくなったことは、使用者のシフト決定権限の濫用であると主張し、平成29年8月分以降の、直近3か月間(平成29年5~7月)の月額賃金の平均額との差額賃金を請求しました。

(2)裁判所の判断

裁判所は、「毎月のシフトによって勤務日や勤務時間が決定していたことからすれば、適法にシフトが決定されている以上、」Yは、X社に対し、「シフトによって決定された勤務時間以外について、」X社の「責めに帰すべき事由によって就労できなかったとして賃金を請求することはできない」としたうえで、「しかしながら、シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得る」との規範を示しました。

そして、平成29年8月のシフトが5日(勤務時間40時間)であることについては、「勤務時間も一定の時間が確保されている」としてシフトの大幅な削減と認定しませんでしたが、勤務日数を1日(勤務時間8時間)として平成29年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したものとし、合理的理由がなければ、シフト決定権限の濫用に当たると示しました。

X社は、シフト削減の理由として、Yが平成29年9月29日の団体交渉当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしていたことを挙げましたが、これに対し裁判所は、Yが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは平成29年10月30日であり、一切の児童デイサービスでの勤務に応じない旨表明したのは平成30年3月19日であったと認定し、平成29年9月29日時点でYが一切の児童デイサービスでの勤務に応じないと表明していたと認めるに足る事情がないとして、平成29年9月及び同年10月のシフト大幅削減について合理的理由を否定、シフト決定権限の濫用であると判断しました。なお、平成29年11月以降については、すでにYが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明しており、原則として半日勤務である児童デイサービス事業所でのシフト組み入れが困難となったとして、シフト大幅削減の合理的理由を認め、Yの主張を退けています。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決によって、勤務時間をシフト制とすることは、使用者が必要性に応じて労働者の勤務日を自由に決定できるというメリットがある反面、労働者も自己の都合によって勤務日を選択できる点でメリットがあるため、勤務時間をシフト制とする合意自体は適法であることが明確に示されました。

一方で、シフト制の合意に基づくシフト決定においては、使用者の広範な裁量を認めながらも、シフトの大幅削減が労働者に与える不利益を考慮し、①シフトの大幅削減は、②合理的理由がなければ、シフト決定権限の濫用に当たり違法となると説示しました。

①シフトの「大幅」削減に当たる程度や②理由の合理性については、個々の事案における具体的事情ごとに検証していく必要があるでしょう。

厚生労働省は、令和4年1月7日付で「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」を公表しており、シフト制の労働契約締結方法、シフトの決定方法や変更方法、有給休暇取得の申請方法などが整理されており、参考になります。

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